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浄土真宗本願寺派


住職の池田行信です。
正信偈講読[150]     2015年 10月 02日
 補遺[102] 第二編 本文講義 Ⅰ 帰敬偈 「補遺」

 正信偈講読[4](2013年6月10日)を補足します。

 第二編 本文講義  Ⅰ 帰敬偈 「補遺」

[補遺] 「南无」の読み仮名について
 浄土真宗本願寺派では、「南無阿弥陀仏」の「南無」を「ナモ」と読み慣わしています。その理由は、親鸞の真蹟本『唯信鈔文意』や『西方指南抄』などに、「ナモ」と読み仮名が付されていることから、古くから「南無」を「ナモ」と読む読み方が伝承されてきたことによります(篠島善映「『南無阿弥陀仏』の読み仮名について」、浄土真宗本願寺派発行『宗報』平成元年九月号)。
 また、玄智の『考信録』には「南無ノ無ノ字。祖書ニミナ模(モ)ノ声トス。他家ノ書ニモコノ様アリ。声明家ニ甲念仏・八句念仏ノ如キ。マタ模ノ声ニ唱ヘリ。按スルニ広韻[唐天寶十載。孫恛作]初巻十慮ノ部ニ。無(ム)武夫切。有無也ト。又十一模ノ部ニ無(モ)莫胡切。南無出釈典ト出セリ。コレニヨルニ、南無ノトキハ別音模ニシテ。有無ノ無ニ同ジカラス。」(真宗全書第六四巻一三頁)と記しています。
 今日、真宗大谷派では「南無」を「ナム」と読ませていますが、隨慧は「帰命トハ梵ニ南无ト云フ。无ハ字彙ニ古無字。又莫胡之切音模。南無出釈典。句會小補云。无與旡不同。旡音既。娜謨曩謨南謨娜麽[文軌ニ諸文ヲ引カ如シ]等ノ音一ナラズ。應師音義七曰。南無或作南謨。或言那謨。皆以帰礼訳之。」(『説約』三二七頁)と釈し、「南无」を「ナモ」と読んでいます。
 さらに深励は、「南无不可思議光。南无ト云、新訳ノ梵語テハ納麽トモ曩莫トモ云。文軌(『真宗叢書』第四巻所収「文軌旁通」一〇~一一頁・池田注)ニ釈アリ。今ハ旧訳ナリトキニ、コノ南无ニ祖師訓シテナモトアリ。コレハ広韻模ノ韻ノ下ニアリ。コノ下ノ註ニ南无出釈典トアリ。コレニ依テトキトキ南无ヲナモト付玉フ。仏書テハ大部補註七七云「南无無莫胡切」」(『深励』四九頁)と釈し、「南无」の「無」は「莫=maku」「胡=ko」の反切で「mo=モ」と読むと釈して、「南无」を「ナモ」と読んでいます。深励は具体的な「祖師」の「訓」を示していませんが、親鸞の真蹟聖教を指していることは明らかです。
 なお篠島善暎は「「南无」の読み仮名についての一考察」にて、親鸞の真蹟聖教にみられる「南无」の用例(漢文二十例、和文五十七例、合計七十七例)を確認した上で、次のように述べています。

 「南无阿弥陀仏」の「南无」を「ナム」と読むことは、一般大衆の間で古くからあったようである。室町末期に来日したキリシタン宣教師(日本イエズス会)が、日本語学習のために編纂した辞書に『日葡辞書』(慶長八年・一六〇三年刊)がある。その「南無」の項に「Namu ナム(南無)。仏に対して称名をしたり、拝礼をしたりするのに使う言葉。例、Namu Amidabut」(四四七頁)とあり、当時の一般の人々は、「南無阿弥陀仏」を「ナムアミダブツ」と発音していたことが知られる。しかし、「ム」と読むのは「有無」の「無」の字音であり、「南无」の「无」の場合は「モ」の音が字音にかなった読み方である。そして、上来みてきたように、親鸞聖人の「南无」の読み仮名には「ナモ」と「ナム」とがあるが、「ナム」は聖人の意図的な読み分けによるものとみられるのであり、聖人の読み仮名は基本的には「南无」の「无」の字音にかなった「ナモ」であり、また、親鸞聖人以降の歴代宗主も、江戸期の玄智の唱読音もすべて「ナモ」である。従って、本派本願寺において伝承されてきた「南无阿弥陀仏」の「南无」の読み仮名は「ナモ」であるということができよう。
(篠島善映「「南无」の読み仮名についての一考察―本派本願寺に伝承されてきた読み仮名を中心に―」、『親鸞教学論叢』一九九七年所収)


[補遺] 「梵漢次第ス何ソ今南无ヲ後ニシ帰命ヲ先ニスルヤ」
 深励は「扨南无ヲ帰命ト翻スルコトハ、玄音七(六左)云「南无或作南謨或言那模皆以帰礼訳之乃至此云礼也或言帰命訳人義以安命字」ト。南无ニハ帰礼ノ訳語アレドモ、帰命トハイハヌ。ナレトモ、義ヲ以テ帰命ト云。ナルホト帰敬ト云言ハ、唐ヘ仏法未伝ノ昔ヨリ有リ。賈誼新書第二(五)美篇日輻湊並進而帰命天子トアリ。コレ理綱院(慧琳『正信念仏偈駕説帯佩記』四四〇頁・池田注)ノ考ナリ。何ニモセヨ善導ステニ言南无者即是帰命トアリ。コノ帰命カ梵ノ南无ナリ。問云。梵漢次第ス、何ソ今南无ヲ後ニシ帰命ヲ先ニスルヤ。答云。南无不可思議光ノ名ハ鸞師ニ依玉フユヘニ、帰命ノ言ヲ先ニ置玉フ。其上帰命ト如来ト梵漢組合セ玉フハ浄土論ノ帰命尽十方如来ノ意ニ依玉フ。コレ天親ニヨル、第一句ユエ帰命アリ。鸞師ニ依玉フユヘ、第二句ニ南无トアリ。巧妙ナル御釈ナリ。」(『深励』四九頁)と述べています。
 すなわち、深励は帰敬偈の二句について、南無を帰命と翻訳したならば梵漢次第して「南無不可思議光 帰命無量寿如来」でなければおかしいのではないかと問いを立て、それに対して、「帰命無量寿如来」は天親の『浄土論』「帰命尽十方無碍光如来」(三経七祖部二六九頁)により、「南無不可思議光」の名は曇鸞の『讃阿弥陀仏偈』(三経七祖部三六五頁)によるから天親・曇鸞と次第した「巧妙ナル御釈ナリ」と述べています。
 この「光前寿後」「光後寿前」(『深励』三九頁)については、深励に先だって普門が次のように論じています。

 問。今上人(親鸞・池田注)壽光次第これ置く。爾に願文十二光、十三壽、何ぞ願文に順わずや。答。総じて物を列するに横竪次第有り、竪横次第有り。今、竪横次第に依る。何がゆえに爾るや。答。大経これ横竪次第。これ光明名号摂化十方ゆゑに。光、抜苦の徳ゆえ、利益初め抜苦有るゆえ。利益衆生、光を以て先と為すゆえ。不思議智に発心の徳有り。或いは斯の光に遇ふ者、三垢を消滅す。或いは若し三途在り、此の光明を見れば、皆休息を得等。皆此の意なり。問。爾れば何ぞ、今、壽を以て初めと為すや。答。今偈文、三宝次第を述ぶ。先ず仏に帰すゆえに。竪横次第を用いる。況んや壽は体、光は用なり。玉有るがのゆえに必ず光に用有り。ゆえに法事讃に三無量を判ず。而して壽光を以て次第す。此の意なり。(『發覆』一〇八~一〇九頁)

 普門の釈を要約すれば、願文は光明無量の願(十二願)、寿命無量の願(十三願)と光寿次第である。それは『大経』が光明と名号で十方を摂化する横(光は横で十方を談ず)竪(寿は竪で三世を統べる)次第であり、利益衆生は光を以て先となすからであるといいます。しかれば、親鸞は帰命無量寿如来・南無不可思議光と寿光次第であるのは、今、偈文は三宝次第であるから、まず仏(=無量寿仏)に帰するゆえ、寿光次第になっているといいます。
 こうした議論を承けて、先学は次のように述べています。

 初めに「帰命無量寿如来 南無不可思議光(無量寿如来に帰命し、不可思議光に南無したてまつる)」(「正信偈」聖典二〇四頁)とあるが、これは『六要鈔』によると「先づ寿命・光明の尊号を挙げて帰命の体と為す」(真聖全二、二六六頁)と言ってある。これは、南無帰命する体としての本願の御名を挙げられたのである。本願の御名を掲げて、そこに親鸞聖人の一心帰命を表白してある。言葉の上から言うと、寿命と光明であるが、これは『大経』にかえると、第十二・十三願成就の如来の徳である。光・寿は広く三経に説かれているが、『大経』では特に本願の上に明らかにしてある。無量寿については帰命と言い、不可思議光については南無と言う。南無(サンスクリット語ではnamas)の訳語が帰命だから、南無を先にすべきであるが、「南無不可思議光」が「帰命無量寿如来」の後になったのはどういうわけか。さらに『大経』に依っても、第十二願は光明無量の願、第十三願は寿命無量の願だから、十二、十三の順序からしても、「南無不可思議光」が「帰命無量寿如来」の先でなければならないし、また一般的に言っても、光は寿の先に言うべきである。にもかかわらず、尊号である南無阿弥陀仏を「帰命無量寿如来 南無不可思議光」と言ってあるのは、天親菩薩『浄土論』の「帰命尽十方無碍光」、曇鸞大師『論註』『讃阿弥陀仏偈』の「南無不可思議光如来」の順序によっているからである。ただ経典だけなら、「南無不可思議光」を先にし「帰命無量寿如来」を後にしなければならない。内容は経典であるが、形が経典と異なる。「帰命無量寿如来」と「南無不可思議光」の順序は、『浄土論』ならびに『論註』の順序である。(安田理深『正信偈講義Ⅰ』五五~五六頁)
by jigan-ji | 2015-10-02 01:02 | 聖教講読
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