浄土真宗本願寺派


住職の池田行信です。
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カテゴリ:聖教講読   
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正信偈講読[60]    2014年 04月 17日

  『真宗大辞典』巻二

 正信偈講読[60]

 補遺⑮ 「師資相承について」

 正信偈講読[23](2013年7月28日掲載)で言及した「師資相承」について補足します。
 慧琳は三国七祖の「師資相承」を論じるなかで、「凡ソ相承ニ四種アリ。一ニ面授相承。二ニ自帰相承。三ニ感応相承。四ニ同志相承。出選択要義鈔 龍樹ハ自帰。天親・玄忠(曇鸞・池田注以下同)・西河(道綽)ハ皆同志。光明(善導)ハ西河ノ面授。楞厳(源信)・黒谷(法然)ハ。光明ト同志相承ナリ。又元祖(法然)ノ光明ニ於ル。感応相承ノ趣アリ。七祖相承ニコノ別アル。」(『正信念仏偈駕帯佩記』510~511頁)と、四種の相承をあげています。
 この「相承」について『真宗大辞典』巻二には、「相承 同一轍の教義を次第に承け継ぐこと。師資相承(選択集第一章)とも次第相承(同上)とも付法相承とも血脈相承(起信論註疏一及び選択集第一章)とも伝灯(支那の道彦の伝灯録)とも云ふ。大灌頂神呪経巻二には『師資相承して此の経典を受く』とある。師資相承とは師匠は弟子に教義を授け、弟子はそれを受けつぎて次第に授受して、同一轍の教義を維持するを云ふ。この師資相承は恰かも世間の父子相継いで一家を立つる血統相続に酷似したるを以て血脈相承とも称する。伝灯とは法灯を伝承すると云ふ意味である。(中略)我が真宗に於ては龍樹・天親・曇鸞・道綽・善導・源信・源空の七祖を以て相承とする。而して禅宗の如きは師資相承は面授口訣の師弟関係にある者に限るとすれども、他の宗派に於ては其れに限ったことはない、或は遺書を読みて其の思想と信仰をつぎし如き、或は芳蹟を慕ふて師弟の礼を執りし如きも、亦一宗の系譜に加へることがある。天台宗には知識相承と経巻相承とを別つ、前者は面授口訣して親しく相承するを云ひ、後者は故人の遺書を読みてその思想信仰をつぐを云ふ。我が真宗の七祖相承に於て、面授口訣の師弟関係あるは、僅に道綽と善導との続柄であつて其の他はさようではない。そこで天台の名目に倣ふて云はば、親受相承と教典相承の二種に分かつことを得る、故に道綽と善導との相承をば親受相承と名け、善導源信源空の続きがらをば教典相承と称するも可なりとすべし。」(1394~1395頁)と解説しています。
 『歎異抄』第二章には善導と法然の二祖相承が明かされ、さらに存覚上人の『浄土真要鈔』にも、「とほくは善導和尚の解釈にそむき、ちかくは源空聖人の本意にかなひがたきものをや」(註釈版959頁)と二祖相承が語られています。
 この七祖相承に対する二祖相承の意味を稲葉秀賢師は、「尚、七祖相承に対して、二祖相承が立てられることは『歎異抄』第二条、或は『真要鈔』(本四左)に明かである。宗祖が念仏往生の本願の旨趣を受得せられたのは恩師源空であり、その源空は善導の「一心専念」の文において獲信し、その善導は釈尊の教意を望仏本願と見定めて二尊一致の旨を明かにせられた。それが真影の銘文として若我成仏の文に示されたのである。されば七祖相承は教相、二祖相承は安心において立てられたといっていいはずである。然も教相と安心は別なるものではないから、二祖相承をくわしくたどれば自ずから七祖相承となる。元祖を善導に導いたのは源信であり、善導は道綽にその教えを受け、道綽は曇鸞の碑文を見て浄土に帰し、曇鸞は天親の浄土論を註解してその意底をえぐり、天親は龍樹の易行道を開顕したのであって、こうした伝承の必然性の上に七祖相承が成立したのである。」(『念仏正信偈講草』120頁)と解説しています。
 なお、親鸞聖人は法然聖人と、同じ時代・社会に生きた面授の弟子ですが、善導大師と法然聖人は時代も異にし、中国と日本と生きた社会も異にしています。こうした場合の相承を「超越(ちょうおつ)相承」ともいいます。
by jigan-ji | 2014-04-17 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[59]    2014年 04月 16日

『増補 親鸞聖人真蹟集成』第四巻328~329頁、 註釈版683頁


『増補 親鸞聖人真蹟集成』第四巻340~341頁、 註釈版685頁

正信偈講読[59]

 補遺⑭ 親鸞聖人の文献解釈の方法について

 親鸞聖人の文献解釈の方法として、他力回向の義をあらわすための読みかえはよく知られていますが、他にも指示語を転じて釈すという方法が知られます。
 慧琳は「是人名分陀利華」について釈するに、「是人トハ。聞信ノ念仏者ヲ指ス。一多証文曰。「是人トイフハ。是ハ非ニ対スルコトハナリ。真実信楽ノヒトヲハ。是人トマフス。虚仮疑惑ノモノヲハ。非人トイフハ。ヒトニアラストキラヒ。ワルキモノトイフナリ。是人ハヨキヒトトマフス」(註釈版683頁・池田注)。助語ノ是ヲ転シテ釈ス。則是具足ノ則ヲ。法則ノ義トスルモ。コレニ同シ。詩経ノ緝熈敬止ノ止ヲ。転シテ説カ如シ」(『正信念仏偈駕帯佩記』501~502頁)と述べています
 慧琳は「助語ノ是ヲ転シテ釈ス」例として、『一念多念文意』の「則是具足」の「則」を「法則」と転じた解説(註釈版685頁)と『詩経』大雅の文王篇の二例をあげています。
 『一念多念文意』には、「「則是具足無上功徳」とものたまへるなり。「則」といふは、すなはちといふ、のりと申すことばなり。如来の本願を信じて一念するに、かならずもとめざるに無上の功徳を得しめ、しらざるに広大の利益を得るなり。自然にさまざまのさとりをすなはちひらく法則なり。法則といふは、はじめて行者のはからひにあらず、もとより不可思議の利益にあづかること、自然のありさまと申すことをしらしむるを法則とはいふなり、一念信心をうるひとのありさまの自然なることをあらはすを、法則とは申すなり。」(註釈版685頁)と釈しています。
 『一念多念文意』(『浄土真宗聖典(註釈版』)の脚註には、「是人 「是」の字は『観念法門』の原文では単なる指示語であるが、親鸞聖人はこれを「非」に対する語とみて、真実信楽の人を「是人」と讃嘆した。」(註釈版684頁)と解説しています。
by jigan-ji | 2014-04-16 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[58]    2014年 04月 14日


 正信偈講読[58]

 補遺⑬ 「言葉の働きについて」

 慧琳は「重誓名声聞十方」について、「名声トハ即名号ナリ」と述べ、さらに問いをもうけて、「問。名ハコレ仮法ニシテ実体ナク。実ノ賓也。水ヲ呼テ口潤ハス。火ヲ呼テ口焚ケス。名号何ソ衆生ヲ利セン。答。名詮自性ナレハ。名ハ自体ヲ詮シ顕ハス。故ニ名と法ト即スレハ。梅林止渇ト云カ如ク。名ヲ呼ニ口ニ涎味ヲ生シ。木瓜ヲ呼へハ転筋ヲ治ス。世間浅近ノ事スラカクノ如シ。豈仏ノ名号ヲヤ。(中略)況ヤ吾弥陀ハ。因位ニ名ヲ以テ物ヲ摂セント願スルカユヘニ。一称ノトコロニ無尽ノ聖徳識心ニ攬入シテ。耳ニ聞口ニ誦スルニ。罪ヲ滅シ徳ヲ薫シ。苦ヲ抜キ楽ヲ與フ。実ニ選択易行ノ至徳ナルモノ乎。故ニ経ニ「其有聞彼仏名号歓喜踊躍乃至一念為得大利則是具足無上功徳」ト説テ。末代ニ付属スルニ予法ヲ以テセス。唯名号ノ一法ヲ付属ス。」(『正信念仏偈駕説帯佩記』真宗全書第39巻455~456頁)と述べています。
 この恵琳の解説の前半部分は、『論註』下巻「起観生信章」(『真宗聖教全書』第一巻314~315頁、『浄土真宗聖典』七祖篇104~105頁)に依るものです。
 曇鸞は、「名の法に即するあり。名の法に異するあり」といいます。すなわち、名と名によって示されるもの(法)のはたらきが一体であるものと、そうでないものがあるといいます。「名の法に即する」ものとは、「諸仏・菩薩の名号」「般若波羅蜜」「陀羅尼の章句」「禁呪の音辞」等であり、その中で「師に行くに陣に対ひてただ一たびも切歯のなかに『臨兵闘者皆陣列前行』と誦するがごとし。この九字を誦するに五兵の中らざるところなり。『抱朴子』これを要道といふものなり。また転筋を苦しむもの、木瓜をもつて火に対てこれを熨すにすなはち愈えぬ。また人ありて木瓜の名を呼ぶにまた愈えぬ。わが身にその効を得るなり。」と述べています。
 この点について相馬一意師は、「無礙光如来の名号の徳を、いわゆる九字の真言、あるいは木瓜の効能なとど同視していることや、その無礙光如来の名号を称える功徳を、呪文や禁呪を称える効果や『木瓜』と大きく声に出すことの効果と同置していることは、曇鸞としては何の不思議もないことであるかも知れないが、真宗の教学上にはなかなか厄介な問題を提供するであろう。それに、よしんば曇鸞のいうとおりであるとしても、質問は、名号を称する(口に音声として出す)ことにものがら自体のはたらきそのものがあるのか、というものであった。答えは、ときに『名の法に即する』といい、またときに『句を云ふ』といい『此の九字を誦す』と語って、名と称をごっちゃにしている。曇鸞の考えでは、名にものがらのはたらきがあればそれを称することにも、当然同じはたらきがあるというのであろうが、後世に名号と称名とを分けることからすれば、少しばかり厳密性に欠ける表現となっているようにも思う。」(相馬一意『曇鸞『往生論註』の講究』平成25年、308~309頁)と述べています。
 南無阿弥陀仏という言葉(名)によって示される働き(法)を考えるとき、言葉(名)の働き(法)を実体的に捉えると、「禁呪の音辞」(呪文)を称える効果と等しく理解される危険があることに留意する必要がありましょう。


by jigan-ji | 2014-04-14 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[57]    2014年 04月 10日

 慧琳『正信念仏偈駕説帯佩記』(『真宗全書』第三十九巻、465頁)


 四声の圏発点(『浄土高僧和讃』)
 『増補 親鸞聖人真蹟集成』第三巻144頁


 朱の圏発点が付された『浄土和讃』(『増補 親鸞聖人真蹟集成』第三巻71頁)

正信偈講読[57]

 補遺⑫ 「能行所行」の四声(シセイ)に基づく解釈

 慧琳(1715~1789、真宗大谷派講師)は「本願名号正定業」の「正定業」を解説するなかで、次のように述べています。

 行ニ能行所行ノ別有テ。一箇ノ行ノ字。去声ニ従ヘハ所行。平声ニ従ヘハ能行ナリ。選択ニ「依往生経行行」ト云カコトシ。(慧琳『正信念仏偈駕説帯佩記』、『真宗全書』第三十九巻、465頁)

 慧琳は「行」の「能行所行」の例示として、『選択集』二行章の「依往生経行行」(『真宗聖教全書』第一巻934頁)の「行行」を、初めの「行」は「去声(キョショウ)」で読めば「所行」で、後の「行」は「平声(ヒョウショウ)」で読めば「能行」であると述べています。
 『選択集』の何本にもとづいた圏発点かは未確認ですが、『真宗全書』第三十九巻465頁には、初めの「行」の右上に去声を示す圏発点が、さらに後の「行」の左下には平声を示す圏発点が付されています。
 この四声にもとづく解釈は、その後、僧朗(1769~1851、本願寺派の学僧)の『選択本願念仏集戊寅記』に「行の字は上のは所行と為し下のは能行に属す」(『真宗叢書』第六巻653頁)と、さらに鈴木法琛(1852~1935、本願寺派の学僧・元龍谷大学学長)の『選択集概説』(昭和9年、142頁)にも「上の行の字は所行、下の行の字は能行である」と受け継がれています。
 ちなみに浄土宗の石井教道『選択集全講』(平成7年第9刷、94頁)では、「之に二釋あり。一に上の行は動詞である。即ち正行(下の行)を行う(上の行)ことの意。二には何れも名詞であって、往生行に種類が多いから行々というたのであるとの意である」と述べています。

by jigan-ji | 2014-04-10 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[56]    2014年 04月 05日


正信偈講読[56]

 補遺⑪ 「光寿の順序」について〈二〉

 正信偈購読[55][4]で触れた「光寿の順序」について補足します。
 慧琳(1715~1789、真宗大谷派講師)は「光寿の順序」について、次のように述べています。

 問。本願ニ光寿次第シ。小経ノ説モ亦爾リ。何ソ翻倒シテ頌スルヤ。謂称讃浄土経ニ。「其中世尊名無量寿及無量光」(『真宗聖教全書』第一巻242頁・池田注以下同)莊嚴経(同前227頁)亦同之 寿ヲ先ニシ光ヲ後ニス。然レハ光寿ノ先後一概ナラス。寿ハ体。光ハ用。イマ体用次第シテ頌ス。又無量寿ハ仏ノ本号ナリ。経ニ是故無量寿仏号無量光等ト説ク。十二光モ不可思議光モ仏ノ異名ナリ。故ニ大観二経。無量寿ヲ以テ経題トス。(中略)次ノ句ニ南無ト云ヒ。今帰命ト云。タゝ梵漢ノ異耳。並ヘ頌スルハ何ソヤ。謂ク讃弥陀偈ニ。「南無不可思議光。一心帰命稽首禮」(同前365頁)ト。例知スヘシ。無量寿ト次ノ不可思議光トハ一体ノ異名。即体用ノ二徳ナリ。故ニ六要五曰。「無量光者。仏智観照之妙用也。無量寿者。法身常住之妙理也。」(同二巻348頁) 寿ハコレ常徳。光ハコレ智用。コノ二徳ヲ挙テ。真報身ノ体用ノ相ヲ示ス。(中略)光寿二徳ヲ以テ真報身ノ体トス。カノ法華ニ。「慧光照無量。寿命無数劫」ト説ニ同シ。小経ニ「光明無量故名阿彌陀。寿命無量故名阿彌陀」(同一巻69頁・取意)ト説ニ依ルニ。光寿二徳は。弥陀ノ名義ヲ成スル真報身ノ体ナリ。」(慧琳『正信念仏偈駕説帯佩記』、『真宗全書』第三十九巻、四三九~四四二頁)

 また、渡邉顯正師も、「光寿二無量は必ずしも阿弥陀仏に限って論ぜられるものではない。『法華経』(如来寿量品第十六)には、釈迦の本門について「慧光照無量 寿命無数劫」(大正蔵第九巻四三頁)と説かれている。此の如来寿量品の偈文を「自我偈」という。」(渡邉顯正『正信念仏偈講述』四三頁)と述べています。
by jigan-ji | 2014-04-05 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[55]    2014年 03月 30日


 正信偈講読[55]

 補遺⑩ 「已能雖破」の読み方について

 正信偈講読[19]でふれた「已能雖破無明闇」について補足しておきたく思います。
すなわち、月筌師は「已能は是れ仏徳を標す、雖破無明は行者の失を示す、故に能の字は雖の上に在り、作文の奇なる處なり、恆格を以て看ること勿れ」(『正信念仏偈勦説』一四頁)と述べています。
 また、僧叡師は「「已能」等とは正しくは即ち雖の字、宜しく已の上にあるべし。意うに当時は蓋しこの格多からん、今は彼に従うなり。」(『正信念仏偈要訣』稲城四三六頁)といい、「能破は即ち心光の徳なり、「無明闇」とは法喩並べ挙ぐ。」(『正信念仏偈要訣』稲城四三六頁)と釈しています。
 つまり、「摂取の心光」によって、「すでに能く無明の闇を破すと雖も」と訓読するならば、「雖」は仮定の条件ではなく、既定の条件を表しているのであるから、「已能」の上に「雖」を付けて、「雖已能破無明闇」としなければならないということのようです(多久弘一・瀬戸口武夫『新版 漢文解釈辞典』平成10年、参照)。
 この「已能雖破無明闇」の句について浜田耕生氏は、その著『正信念仏偈の研究』(昭和60年)にて、次のように述べています。

 この一句は「スデニ能ク無明ノ闇ヲ破スト雖ドモ」と訓読されていて、「雖已能破無明闇」という文章の訓読と同様によまれる。「雖」の位置が問題視され、しばしば論議され、『説約』、『帯佩記』などには臥雲老人なる人の『蓮窓塵壺』という古人の書の用法をのべて転位していても誤ではないと会通している。今日はそれが確認されず、またそれが確認されても極めて稀な例となろう。単にそうした用例が認められるというにすぎないであろう。そうした特殊用例としてみるのでなくて、一般的な用法として理解することはできないであろうか。(252頁)

 浜田氏は以上のように問題提起し、そのうえで、「已能」を「信心の世界を確認せしめる」(262頁)、言い換えれば、「その不思議の用にあずかることを示し」(264頁)、「本願他力に帰入せることを意味させ」(265頁)る、「独立の接続語」(263頁)として、「已能、雖破無明闇」の立場で文を考察すれば、文が通ずるのではないかと提言しています。
 まさに「已能」は、「解義から体解への展開をあらわしているのである」(265頁」というわけです。
by jigan-ji | 2014-03-30 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[54]    2014年 03月 27日


正信偈講読[54]

補遺⑨ 「光寿の順序」について

 安田理深師の『正信偈講義』第1巻が法蔵館(2014年2月19日)から出版されました。「序文」(本多弘之親鸞仏教センター所長)の解説によると、同著は安田理深師が1960(昭和35)年を挟んで数年間、毎月一度講義されていたものを、仲野良俊師がノートに整理し保存されていたものだそうです。
 若霖師は『正信念仏偈文軌』(享保20年刊)にて、「問ふ、言ふ所の如きは、帰命と南無と其語複するに似たり、寧ろ是の如きの例ありや、答ふ、『讃阿弥陀仏偈』に云く「南無不可思議光、一心帰命稽首礼」と是れなり」(『真宗叢書』巻四、22頁)と述べています。しかし、「光寿の順序」についてはふれていません。
 安田理深師は、この「光寿の順序」について、次のように述べています。

 初めに「帰命無量寿如来 南無不可思議光(無量寿如来に帰命し、不可思議光に南無したてまつる)」(「正信偈」聖典二〇四頁)とあるが、これは『六要鈔』によると「先づ寿命・光明の尊号を挙げて帰命の体と為す」(真聖全二、二六六頁)と言ってある。これは、南無帰命する体としての本願の御名を挙げられたのである。本願の御名を掲げて、そこに親鸞聖人の一心帰命を表白してある。言葉の上から言うと、寿命と光明であるが、これは『大経』にかえると、第十二・十三願成就の如来の徳である。
 光・寿は広く三経に説かれているが、『大経』では特に本願の上に明らかにしてある。無量寿については帰命と言い、不可思議光については南無と言う。南無(サンスクリット語ではnamas)の訳語が帰命だから、南無を先にすべきであるが、「南無不可思議光」が「帰命無量寿如来」の後になったのはどういうわけか。さらに『大経』に依っても、第十二願は光明無量の願、第十三願は寿命無量の願だから、十二、十三の順序からしても、「南無不可思議光」が「帰命無量寿如来」の先でなければならないし、また一般的に言っても、光は寿の先に言うべきである。にもかかわれず、尊号である南無阿弥陀仏を「帰命無量寿如来 南無不可思議光」と言ってあるのは、天親菩薩『浄土論』の「帰命尽十方無碍光」、曇鸞大師『論註』『讃阿弥陀仏偈』の「南無不可思議光如来」の順序によっているからである。
 ただ経典だけなら、「南無不可思議光」を先にし「帰命無量寿如来」を後にしなければならない。内容は経典であるが、形が経典と異なる。「帰命無量寿如来」と「南無不可思議光」の順序は、『浄土論』ならびに『論註』の順序である。(第1巻55~56頁)
by jigan-ji | 2014-03-27 01:02 | 聖教講読
正信偈講読〔53〕    2014年 01月 11日


正信偈講読[53]

補遺⑧ 「他作自受」について

 正信偈講読[32]で触れました「他作自受」の問題について、少し考えてみたいと思います。
 仏教は因果の道理を説きます。自因自果、自業自得(自作自受)は因果の鉄則といわれます。親鸞聖人も「自業自得の道理」(『正像末和讃』註釈版六一一頁)を述べています。
 『大乗義章』卷九には「仏法には自作にして他人の報を受くること有ることなく、亦他作して自己の果を受くることなし」(大正四四・六三六C)と説いて、業道の正理は「自作自受」であり、「他作自受」「自作他受」のあるべからざることを教えています。
 今問題となる「他作自受」とは、親鸞聖人の他力往生の教えは、仏の方からいえば「自作他受」であり、衆生の方からいえば「他作自受」であり、正しい因果の法則に背くのではないかとの批判を指します。
 この批判に対して村上速水氏は、次のように述べています。

 煩をいとわず、重ねてこの間の事情を要約するならば、真宗に於ける他力往生義は、(一)法蔵が発願修行して自ら阿弥陀仏という覚体を成ずること(自作自受)、(二)弥陀は正覚の全体を施名して衆生に回向する(回自向他)、(三)衆生はその果号を領受して、信心の因をもって往生の果を得る(自因自果)、という三つの段階を経て完うされるのである。(中略)されば真宗の他力往生義は他作自受の難をうけるべき性質のものでなく、それまでの自作自受に非ざるがゆえにいわれるならば、合理的他作自受とでもいうべきであろうか。(村上速水『親鸞教義の研究』一九六八年、一八五~一八六頁)

 村上氏は「真宗の他力往生義」は「合理的他作自受」であるといいます。はたしてこの「合理的他作自受」で、「他作自受」は因果の法則に背くのではないかとの批判に応えたことになるのでしょうか。
 この村上氏の「合理的他作自受」の見解に対して、佐藤三千雄氏は「他作自受の問題」(『伝道院紀要』第二〇号、一九七八年)にて、〝名号は仏の名号でありながら衆生が貰い受くべきものだから、貰っても少しも不合理でない。親の財産を子が貰って何がおかしいか〟といった「他作自受」理解は、「他作自受ということの含んでいる問題性を真面目に深めることなく、合理的他作自受というような極めて曖昧な概念をこしらえて、むしろこの問題を回避する」ものであると批判し、さらに「人格的思考」なるものを例示します。

 有的な同一性ではなく、人格的な連帯性のなかにこそ他作自受は成立する。仏と人の間に同一性はない。にもかかわらず、仏は「もののみとなり」給い、衆生との連帯を成就された。これによって私の仏に対する関係は一変し、私の「意識の転換」が始まる。自力から他力へとひるがえる。自作自受的な主体が転換するのである。(佐藤三千雄「教学における思考の問題」、佐藤三千雄教授還暦記念『真宗教学の諸問題』一九八三年、二五頁)

 佐藤氏は真宗の救済論が「他作自受」であることを否定していません。そうかといって「合理的他作自受」ともいいません。「他作自受」の「思考法」を問題にすべきであるといいます。
 佐藤氏の指摘は適切であると思います。では「他作自受」との批判に、いかに応えるべきでしょうか。
 村上氏は、「親鸞教義の一大特色である他力廻向義は、わずらわしい論理の手続きを経て組立てられたものではなく、極めて現実的な自己自身の信仰体験によって直観的に把握せられたものと思われる。自力行の破綻絶望、地獄必定という厳粛な現実の自己の中に、はからずも恵まれた往生成仏の確信。その不思議な出来事の中に、親鸞は廻向法としての阿弥陀仏力を感得したものと考えられる。」といいます。
 さらに谷口龍男氏は「親鸞における遇の概念」「親鸞における宗教的実存の展開」(『他力思想論攷』所収、昭和五十六年)にて、次のように述べています。

 親鸞にとって「遇」ということは、自己のこれまでの宗教的生き方を根本的に変革させ、新たな宗教的生き方を開始させる、それほどの大いなる出来事であり、いわば自己存在のあり方の変革をもたらす決定的な出来事であった。この「遇」によって、具体的には、師法然に遇い、法然を通して弥陀仏に、その本願力に真に遇うことによって、かれは自力的立場から一転して他力あるいは他力信の立場へと転入してゆくことになり、その自力から他力への歴程がかの有名な「三願転入」として表白されるのである。(六五頁)

 こうして親鸞は第十八願へと転入してゆくことになるが、すでに第十九願・第二十願の、人間から如来へ向かう立場は、かれにとって不可能になっている。かれは自己の煩悩性を心底から自覚しているがゆえに、自力的立場では自己が救われえないということを、それゆえに、凡夫の汚濁の心からは第十八願の至心・信樂・欲生という疑蓋のまじわらざる真実心は決して起こりえないということを自覚している。もしそれが人間の起こす三心であるならば、自分は到底救われないであろう、と親鸞は思う。ここにおいてかれは、この三心を人間の三心としてではなく、如来より人間に廻(回)向された三心と解するのである。かく解するがゆえに、親鸞は第十八願の「本願成就の文」における「至心回向」を人間から如来へという意味で「至心に回向して」と読まず、如来から人間へという意味で「至心に回向せしめたまへり」と読みかえるのである。かく読みかえるには、もちろんそう読まざるをえなかった深い信念と確信が親鸞にあったからであるが、その信念と確信とは、自力の立場では到底自分は救われないという自己自身の深き煩悩性、有限性の自覚から来ている。こうした自覚に基づいて、回向は如来から人間へと方向転換して、三心は如来から人間に廻向されたものになり、しかも三心はいずれも疑蓋のまじわれざる真実心であり、結局は一心、すなわち信という一心に収められるとするのである。(八三~八四頁)

 ともあれ、弥陀の本願力との「遇」(値)は、われわれにとって、たまたま、有ることが難い、突然の出来事として生起するのであるが、その偶然に生起した「遇」(値)を振り返ってみると、そこに弥陀の本願力のおのずからしからしむる自然の働きが働いていることが感得される。われわれにとって偶然に生起した「遇」(値)は、実は、如来のはからいによってわれわれに生起したのであり、如来の広大無辺な慈悲の力によってつかまされてわれわれに生起したのである。「遇」(値)は、ひとえに如来の恵みである。偶然の背後に如来の本願力が働いている。だからたまたま信心を獲たならば、「遠く宿縁を慶べ」(遠慶宿縁)と親鸞は教えるのである。獲信は遠い過去世から如来がお育てくだされた因縁によるのであり、その如来の因縁によって信心を獲ることができたことを慶べ、と言うのである。それは偶然とおもわれるものの背後に必然を指摘したものである。弥陀の本願力との「遇」(値)は偶然でありながら、その偶然の根底に必然が働いているということである。偶然とおもわれる「遇」(値)が弥陀の本願力によって遇わされるという必然性に基づいているのであり、この必然性が偶然性と固く結びついている。偶然性の根底に仏の必然性が働いており、したがって、「遇」(値)は、この必然性が偶然性を介して生起する、と言うことができよう。眼に見えぬ弥陀の、その本願力による必然性が偶然性を通じて貫徹しているのである。「偶遇い」は「必遇い」である。「たまたま行信を獲ば」という「この一見偶然のごとくおもわれる出会いは、実は如来からの必然の出会いであったという実感が、後に親鸞教義の根幹をなす他力廻向義を導き出すこととなったのではあるまいか。つまり他力廻向義は、このとき体験的直観的に把握されたと思うのである。」「遇」(値)は、あくまでも如来の一方的な働きによるのであり、人間はただ遇わしめられて遇うのである。親鸞における「遇」(値)は、かくのごとき他力の「遇」(値)である。(九〇~九一頁)

 親鸞と弥陀の本願力との「遇」(値)は、法然を通して生起したのであり、そのことは弥陀の本願力が法然を通して親鸞に働きかけたと見ることができる。先に、親鸞と法然との「遇」が法然という他者の力によってしからしめられて遇った「必遇い」であると言ったが、実は、その法然の力の根底に弥陀の本願力が働き、その本願力によって親鸞は法然に遇わされ、また、法然を通して弥陀仏に、その本願力に遇わしめられたのである。だから親鸞は源空聖人を弥陀の化身としてとらえるのである。 阿弥陀如来化してこそ 本師源空としめしけれ 化縁すでにつきぬれば 浄土にかへりたまひにき (九二頁)

 谷口氏も「他力廻向義」は、「体験的直観的に把握されたと思う」と指摘しています。 すなわち、親鸞聖人にとって「他力回向」は、「極めて現実的な自己自身の信仰体験によって直観的に把握せられたもの」(村上速水氏)であり、「体験的直観的に把握された」(谷口龍男氏)ものに思います。
 かつて源哲勝氏は、「体験の極致においては自作他作の論は泯滅する」(「浄土業因に於ける自作・他作の問題に就いて」『龍谷学報』第三一〇号、昭和九年。『親鸞大系 思想篇第三巻』二七三頁)と述べていますが、あえて、この「体験的直観」「体験の極致」を分析すれば、二つの意味があるように思います。
 その一つ(A)は、「師法然」=「弥陀の化身」との把握です。この意味での「体験的直観」は、あくまでも「自作自受」です。しかし二つ(B)に、「師法然」が「弥陀の化身」と把握されたとき、本願成就文の「至心回向」を「至心に回向せしめたまへり」と読みかえねばならなくなり、この読みかえを必然とする「体験的直観」は「他作自受」で表現せざる得ないのではないかと思います。
by jigan-ji | 2014-01-11 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[52]     2013年 12月 25日



正信偈講読[52]

補遺⑦ 「還相社会学」は可能か?

 宮城顗師はその講義録にて、「曽我先生は一貫して、還相回向とは個人の歩みの上にはないと言われる。仏道を歩むことが、個人の歩みである限り、そこには往相、還相は成り立たん。曽我先生は還相社会学という言葉まで使っておられます。一つは社会生活という事実の上に還相という問題があるんです。個人の生活・信心であるならば、そこに往相、還相ということはないとおっしゃっておいででございます。」(『同和・靖国問題と真宗Ⅲ』。なお、引用は池田真「還相回向論の検討(二)」、龍谷大学大学院信楽ゼミ編『大学院信楽ゼミ論集 親鸞の道 特集・教学と現代』所収、1989年4月よりの孫引き)と述べています。
 このような「還相」理解に対して、伝統的には還相の利益は現生の利益ではなく、証大涅槃の悲用として当来の利益であると解釈してきました。
 三木照国師は、「還相のはたらきについて・・・現実において他者へのかかわりを強調しようとして、何とか『還相のはたらき』を実人生で『せねばならぬ』とすすめる人がある。しかしこれに対して宗祖はどう思われるだろうか。まずなぜ還相を浄土へ生まれてからの利益とされるのであろうか(『証文類』のように)を考えてみなければならぬ。浄土教は「歎異抄」に『浄土の慈悲といふは、念仏していそぎ仏になりて大慈大悲心をもて、おもふがごとく衆生を利益するをいふべきなり。今生にいかにいとをし不便とおもふとも存知のごとくたすけがたければ、この慈悲始終なし。・・・』と仰せられているように浄土に生まれる目的を『自由自在の他者救済』にあると教えられる。往生を願い欲する欲生心の訓に『成作為興の心なり』と出して成仏作仏する衆生済度のはたらきを為し還相の活動を興すにあると示されるのもこのためである。『他者へのかかわり』を叫びながら所詮『小慈小悲もなき身』であり、みずからを愛するところより脱しきれぬ自分の姿を如来のみ光の前に照らし出されてその身の現実を知るならばどうして『還相』をこの世で語り得ようか。」(三木照国『三帖和讃講義』昭和54年、272~273頁)と述べています。
 伝統的に宗学では獲信後、直ちに還相の利益を語ることを「信後還相の異義」としてきました。三木師の還相回向解釈は、この伝統的な解釈に立って主張されています。
 発想としては大変興味深く思いますが、はたして「還相社会学」は可能でしょうか?

by jigan-ji | 2013-12-25 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[51]    2013年 12月 20日

       『真宗全書』第4巻




正信偈講読[51]

補遺⑥ 実話と説話

 金子大栄師は、「我等はまた『大経』の説を以て、法蔵比丘に関する実歴談を伝へられしものと理解することができる。これに依りて法蔵の父母の名も尋ねられ、『阿弥陀仏(ママ)因行記』慧空も著作せられた。それは道理を説くといふに対して、事実を説くものと領解せるのである。その方は経説を読むに素直であるに違ひはない。されど単なる事実としただけでは、経説の教法性が見られぬのみならず、その歴史性すらも看過さるることとなるであろう。(中略)されど世自在王仏の前で建立せられ発起せられたといふことは、真実なる如来の本願を聞法求道者たる法蔵菩薩が感得せられたということを顕はすものではないであろうか。若しさうとすれば、法蔵菩薩は念仏者の祖先にて在すということとなる。この点に於て、古人が法蔵の名を聞法説法、心懐悦豫の経説を以て解釈せることは意味深いことである。併し如来の本願を感得せる法蔵は念仏者であるとしても、それは唯人とは思われない。その徳に於て最初の教化者であり、正しく四十八願を建立せられし者と仰がれるるのである。」(『正信偈講読』昭和24年、53~54頁)と述べました。
 慧空の『阿弥陀因行記』巻下には「玄一師大経疏曰。法蔵者此出家名。俗名龍珍王。」(『真宗全書』第4巻11頁)と、法蔵菩薩を歴史的実在の人物として扱っています。
 また、今日、中国の山西省にある曇鸞大師・道綽禅師・善導大師にゆかりのある玄中寺で使用されている聖典(『玄中寺浄土道場功課念誦儀規』)には、阿弥陀仏の誕生日は11月17日と記されています。 
 歴史的に証明できることだけを事実とする立場からは、法蔵菩薩の両親の名、生まれた場所、生まれた日時を明確にすることが出来ないならば、その話は虚構と批判されましょう。しかし、法蔵菩薩は単なる歴史上の一国王の話ではなく、法蔵菩薩の上に「念仏者の祖先」を、さらには「最初の教化者」を感得する、言い換えれば「道理」をうかがう立場があります。
 稲葉秀賢師は、「姥捨山の説話は、それが何処であった事実であるかが問題ではなくて、それに依って親心の真実が語られているというところにこそ、その意義がある。」(稲葉秀賢『念仏正信偈講草』昭和54年、76~77頁)と述べています。
 まさに、この歴史的に何処でおこった「事実」を問題にしたのではなく、「親心の真実」、言い換えれば、救いの「道理」を問題にしたのが、法蔵菩薩の「説話」といえましょう。
by jigan-ji | 2013-12-20 01:02 | 聖教講読