浄土真宗本願寺派


住職の池田行信です。
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カテゴリ:聖教講読   
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正信偈講読[135]    2015年 07月 27日
 補遺[87] 5 善導の教え ⅲ 信心の利益

 正信偈講読[38](2013年9月4日)を補足します。

 ⅲ 信心の利益

【本文】
 開入本願大智海 行者正受金剛心 慶喜一念相應後 與韋提等獲三忍 即證法性之常樂

【書き下し文】
 本願の大智海に開入すれば、行者まさしく金剛心を受けしめ、慶喜の一念相応して後、韋提と等しく三忍を獲、すなはち法性の常楽を証せしむといへり。

【現代語訳】
 「本願の大いなる智慧の海に入れば、行者は他力の信を回向され、如来の本願にかなうことができたそのときに、韋提希と同じく喜忍・悟忍・信忍の三忍を得て、浄土に往生してただちにさとりを開く」と述べられた。

【先徳の釈】
《六要鈔》
 「行者」等とは、菩薩等覚の後心を指すものではなく、ただ一心念仏の行は一念慶喜金剛の信心であることを明かす。「与韋提」とは、『序分義』の意で、その釈には第三巻の末に載せられているので下に譲る。「三忍」とは、喜と悟と信である。「即証」等とは、『往生礼讃』の前序の釈に「捨此穢身即証」等という意である。(和訳六要鈔一三三~一三四頁、宗祖部二七二頁)

《正信偈大意》
 「開入本願大智海 行者正受金剛心」といふは、本願の大智海に帰入しぬれば、真実の金剛心を受けしむといふこころなり。「慶喜一念相応後 与韋提等獲三忍 即証法性之常楽」といふは、一心念仏の行者、一念慶喜の信心さだまりぬれば、韋提希夫人とひとしく、喜・悟・信の三忍を獲べきなり。喜・悟・信の三忍といふは、一つには喜忍、二つには悟忍、三つには信忍なり。喜忍といふは、これ信心歓喜の得益をあらはすこころなり。悟忍といふは、仏智をさとるこころなり。信忍といふは、すなはちこれ信心成就のすがたなり。しかれば、韋提はこの三忍の益をえたまへるなり。これによりて真実信心を具足せんひとは、韋提希夫人にひとしく三忍をえて、すなはち法性の常楽を証すべきものなり。(註釈版一〇三五~一〇三六頁)


【講義】

◎開入本願大智海 行者正受金剛心
 「開入本願大智海」以下五句は獲信とその得益を明かします。
 「開入本願大智海 行者正受金剛心」は【現代語訳】に「本願の大いなる智慧の海に入れば、行者は他力の信を回向され」とあります。「開入」とは、開は開示にして、入は悟入の意です。「本願大智海」に気づき、そこに入ることです。『玄義分』には「いま二尊(釈尊・阿弥陀仏)の教に乗じて、広く浄土の門を開く。」(七祖篇二九九頁)、「長劫の苦因を開示し、永生の楽果に悟入せしむ。」(七祖篇三〇〇頁)とあります。
 恵空は「開入は○傍観念法門(七祖篇六三八頁・池田注)開示悟入なり。」(『略述』三二頁)と釈し、さらに、問答をもうけ、「問。悟入は愚者の鏡に非ず、爾れば宗義に違う、如何。答。悟は深智を云ふに非ず、証知(宗祖部四五頁・池田注)の証の如く、又証得往生(三経七祖部五一四頁・池田注)の証の如き。ただ疑惑心無きを悟と云ふ。即ち明了仏智の明了。」(『略述』三二頁)と釈しています。
 慧琳は「開入等ノ二句ヲ。略文類ニハ「入涅槃門値真心」(宗祖部四五〇頁・池田注)ノ一句ニ頌ス。涅槃門即念仏[舟讃曰。念仏即是涅槃門(三経七祖七二〇頁・池田注)]ナレバ。入涅槃門ハ開入ノ句ニ同シ。値真心ハ正受ノ句ニ同シ」(『帯佩』五七〇頁)と釈しています。
 「大智海」とは、弥陀の「本願」、すなわち仏智を海に譬えて「大智海」といいます。善導の『往生礼讃』「初夜讃」には「弥陀の智願海は、深広にして涯底なし。」(七祖篇六七一頁)とあります。この「本願大智海」を、親鸞は『唯信鈔文意』に「仏の智願海」(註釈版七〇〇頁)と語っています。普門は「大智海は、則ちこれ六八(四十八・池田注)の誓願、仏智を顕す故に。弘誓は深く海のごとしというがごとくなり。」(『發覆』二二五頁)と釈し、隨慧は「本願大智海トハ礼讃ニ弥陀ノ智願海ト云フ。スナハチ名号ノ徳海ニ入ル也。(中略)本願ノ大智海ニ開示引入スルナリ。」(『説約』四一八頁)と釈しています。

 「行者正受金剛心」は『玄義分』帰三宝偈の「正受金剛心 相応一念後 果徳涅槃者(まさしく金剛心を受け、相応する一念の後、果徳涅槃のものに)」(三経七祖四四一頁、七祖篇二九八頁)に拠ります。普門は「以下四句、これ弘願他力の勝益を明かすなり。」(『發覆』二二六頁)と述べています。
 「行者」とは、念仏の行者の意です。普門は「行者は念仏修行者なり。」(『發覆』二二六頁)と釈し、隨慧は「行者トハ語観経ニイテタリ。スナハチ哀愍スルトコロノ定散逆悪ノ諸機、玄義ノ道俗時衆等ナリ。」(『説約』四一九頁)と釈しています。「正受」とは、「思惟」(精神統一して浄土の姿を思い浮かべること)が完成して、浄土のすがたが行者の心と一つになること。すなわち「観」が成就することです。恵然は「凡そ正受の名、三昧の異名。観照の心、境處と一なり。」(『會鈔』三一一頁)と釈しています。『観経』流通分には「此経名観極楽国土無量寿仏観世音菩薩大勢至菩薩(この経をば〈極楽国土・無量寿仏・観世音菩薩・大勢至菩薩を観ず〉と名づく。」(三経七祖六六頁、註釈版一一七頁)とあります。
 善導は『観経』の「教我思惟教我正受」(註釈版九一頁)の「正受」を解説し、『玄義分』にて「「正受」といふは、想心すべて息み、縁慮並び亡じて、三昧相応するを名づけて正受となす。」(七祖篇三〇八頁)と釈し、『序分義』にて「「教我正受」といふは、これ前の思想漸々に微細にして、覚想ともに亡ずるによりて、ただ定心のみありて前境と合するを名づけて正受となすことを明かす。」(七祖篇三七八頁)と釈しています。
 恵空は「行者とは前の逆悪及び定散人。廻心して名号の因を得る時、行者の称を受る。正受等とは、玄義に云ふ。正受金剛心相応一念後文。此の文の正受とは三昧漢語、則ち金剛喩定。」(『略述』三二頁)と釈し、月筌は「「行者」とは所哀の諸機なり。正受等とは、正は邪雑の念を離るるを謂ふ、受は仏智の信を領するを謂ふ。」(『勦説』四七頁)と釈し、慧琳は「正受トハ定ノ名。唯善ニシテ悪無記ニ通セス。梵ニ三昧或ハ三摩提。新ニハ三摩地ト云。旧ニ正受。新ニ等持ト云ふ。」(『帯佩』五六九頁)と釈し、隨慧は「正受等トハ正シク他力ノ大信ヲ領納スルナリ。」(『説約』四一九頁)と釈しています。また、僧叡は「「行者」とは有縁の人を挙ぐ。「正受」とは本はこれ三昧の翻語、邪乱を離るを正という。法を領納するを受という。今は則ち聞信の異称なり。」(『要訣』四九六頁)と釈しています。
 「金剛心」とは、他力の信心のこと。ダイヤモンドを金剛石といいますが、決して破壊されることがないものを比喩的にいいました。善導は『散善義』に「この心深信せること金剛のごとくなるによりて、一切の異見・異学・別解・別行の人等のために動乱破壊せられず。」(七祖篇四六四頁)と、『玄義分』に「ともに金剛の志を発して、横に四流を超断すべし。」(七祖篇二九七頁)と、『序分義』に「金剛の志を発すにあらざるよりは、永く生死の元を絶たんや。」(七祖篇三七四頁)と述べ、『定善義』には「「金剛」といふはすなはちこれ無漏の体なり。」(七祖篇四一九頁)と釈しています。
 親鸞は「化身土文類」に「「教我正受」といふは、すなはち金剛の真心なり。」(註釈版三八二頁)と釈し、さらに、「信文類」にて大信心の特質を十二(十二嘆名)挙げるなかで「金剛不壊の真心」(註釈版二一一頁)と述べ、また『散善義』の二河白道の譬喩を解説して、「「能生清浄願心」といふは、金剛の真心を獲得するなり。本願力の回向の大信心海なるがゆゑに、破壊すべからず。これを金剛のごとしと喩ふるなり。」(註釈版二四四頁)と釈しています。
 『高僧和讃』「天親讃」には「信心すなはち一心なり 一心すなはち金剛心 金剛心は菩提心 この心すなはち他力なり」(註釈版五八一頁)と和讃しています。
 覚如は「「金剛心成就」といふ、金剛はこれたとへなり、凡夫の迷心において金剛に類同すべき謂なし。凡情はきはめて不成なり。されば大師(善導)の御釈(序分義 三四〇)には、「たとひ清心を発すといへども、水に画せるがごとし」と云々。」(『改邪鈔』註釈版九四四頁)と釈しています。
 慧琳は「疏主ノ意。等覚ノ金剛心定ニ住スルヲ正受トス。然ルニ祖師ハ義ヲ転シテ。化巻本ニ「言教我正受者。即金剛真心也」ト釈ス。」(『帯佩』五六九頁)と釈しています。なお恵然は「金剛これ喩え、三義を以て釈す。一に不壊の義。即ち堅固義。貪等のために障げらるところにあらざる故に。二に不動義。この心移転せず。外邪[異覚、異見]のために傾動せられず故に。三に無漏義。仏智回向の故に。この金剛心亦真心と名づく。」(『會鈔』三一二頁)と釈しています。


◎慶喜一念相応後 與韋提等獲三忍
 「慶喜一念相応後 與韋提等獲三忍」は【現代語訳】に「如来の本願にかなうことができたそのときに、韋提希と同じく喜忍・悟忍・信忍の三忍を得て」とあります。この二句は信心によって得るところの現世の利益を明かし、後の「即証法性之常楽」は当来の利益を明かします。
 「慶喜」とは信心の異称です。親鸞は「信文類」に「大慶喜心はすなはちこれ真実信心なり。真実信心はすなはちこれ金剛心なり。」(註釈版二五二頁)と、『浄土文類聚鈔』には「真実の浄信を獲れば、大慶喜心を得るなり。」(註釈版四八〇頁)と、また、『親鸞聖人御消息』には「慶喜と申し候ふことは、他力の信心をえて、往生を一定してんずとよろこぶこころを申すなり。」(註釈版八〇六頁)と述べています。また、月筌は「慶喜とは乃ち身心悦豫の貌にして是れ信の用なり。」(『勦説』四七頁)と釈し、隨慧は「慶喜ハ信ノ用ナリ。一念ハ信ノ体ナリ。信心二心無キ故ニ一念ト云フ。玄義ニハ等覚ノ菩薩、金剛定ニ座シテ、一念始覚ノ智起テ、本覚ノ理体ニ相応スルヲ、一念相応ト云フ。今ハ念仏ノ行者、正シク如来廻向ノ金剛心ヲ受レバ、慶喜ノ一念、仏智ニ相応シ本願ニ相応ス。」(『説約』四一九頁)と釈しています。
 「相応後」とは、『玄義分』に「妙覚および等覚の、まさしく金剛心を受け、相応する一念の後、果徳涅槃のものに帰命したてまつる。」(七祖篇二九八頁)とあるのを転用したものです。すなわち、一念慶喜の他力の信心を得た後との意です。恵空はこの「相応後」の後を、「今信とは本願相応の一念に三忍を獲。実に信と倶なる時、得忍すと雖も、説必次第の義によって後と云ふなり。」(『略述』三四頁)と釈しています。

 「與韋提等獲三忍」とは、現世の利益を明かします。「韋提」とは韋提希を指します。釈尊時代のインドのマガダ国、王舎城の頻婆娑羅王の妃で阿闍世の母です。『観経』は、王舎城の悲劇を契機として説かれました。
 「忍」とは、認可決定の意で、ものをはっきりと確かめて受け入れることです。六波羅蜜の「忍辱」や『大経』の「三法忍」(註釈版三四頁)や『序分義』の喜・悟・信の三忍(七祖篇三九〇頁)があります。今いう「三忍」とは、喜・悟・信の三忍にして、真理にかない形相を超えて不生不滅の真実をありのままにさとる無生法忍を三方面より名づけたものです。喜忍とはよろこびのこころ、悟忍とは仏智をさとること、信忍とは疑い晴れて決定するこころに名づけられたもので、共に信心のことです(大原性実『正信偈講讃』一六〇頁)。『念仏正信偈』では「かならず信・喜・悟の忍を獲。」(註釈版四八八頁)と三忍の名を挙げています。隨慧は「喜忍トハ心歓喜故。悟忍トハ廓然大悟。仏智ヲ悟ルナリ。信忍トハ信心成就スルナリ。○冠除苦悩法ノ法体即此ノ弥陀仏ナリト悟ルハ悟忍ナリ。是ニ於テ自ラ慶心ヲ生スルハ喜忍ナリ。其ノ心明了ニシテウタカハヌハ信忍ナリ。」(『説約』四二一頁)と釈しています。
 『序分義』に、「「心歓喜故得忍」といふは、これ阿弥陀仏国の清浄の光明、たちまちに眼前に現ず、なんぞ踊躍に勝(た)へん。この喜によるがゆゑに、すなはち無生の忍を得ることを明かす。また喜忍と名づけ、また悟忍と名づけ、また信忍と名づく。これすなはちはるかに談じていまだ得処を標せず、夫人等をして心にこの益を悕はしめんと欲す。勇猛専精にして心に〔仏を〕想ひて見る時、まさに忍を悟るべし。これ多くこれ十信のなかの忍にして、解行以上の忍にはあらず。」(七祖篇三九〇頁、註釈版二六一~二六二頁)と、聖道諸師が韋提希を高位の聖者と解するのに対して、善導は韋提希を十信位の凡夫であると解し、『玄義分』にて「韋提の得忍は、出でて第七観の初めにあり。」(七祖篇三三二頁)と、第七華座観の初めにおいて韋提希は「無生の忍」を得たと述べています。
 すなわち聖道の諸師は『観経』の「得益分」(註釈版一一六頁、三経七祖部六五頁)にて「無生忍」を得たと解釈し、浄影は「七八九地ノ忍」と釈し、天台は「初住初地」と釈しましたが(隨慧『説約』四二〇頁)、善導は『玄義分』にて『観経』では釈迦が定散の要門の教えを説き、弥陀が弘願の教えを説いたと解釈し(七祖篇三〇〇~三〇一頁)、「安楽の能人」たる弥陀の弘願の利益である「無生忍」を、韋提希は「華座観」(七祖篇三三二・四二五頁)で得たと解釈しました。なお恵空は「華座観」の韋提希の見仏について『涅槃経』を引用し、「見に二種有る。一つには眼見、二つには聞見。文 昔韋提眼見の益。今我等聞見の益なり。」(『略述』三五頁)と釈しています。
 「無生の忍」とは「無生法忍」のことで、第三十四願には「たとひわれ仏を得たらんに、十方無量不可思議の諸仏世界の衆生の類、わが名字を聞きて、菩薩の無生法忍、もろもろの深総持を得ずは、正覚を取らじ。」(註釈版二一頁)とあり、親鸞は第三十四願を「信文類」真仏弟子釈(註釈版二五七頁)に、信心に生きる者の現生の利益として引用し、「まことに知んぬ、弥勒大士は等覚の金剛心を窮むるがゆゑに、竜華三会の暁、まさに無上覚位を極むべし。念仏の衆生は横超の金剛心を窮むるがゆゑに、臨終一念の夕べ、大般涅槃を超証す。ゆゑに便同といふなり。しかのみならず金剛心を獲るものは、すなはち韋提と等しく、すなはち喜・悟・信の忍を獲得すべし。これすなはち往相回向の真心徹到するがゆゑに、不可思議の本誓によるがゆゑなり。」(註釈版二六四頁)と自釈しています。また、『尊号真像銘文』の「無生忍」には「フタイノクラヰナリ」(宗祖部五八三頁、註釈版六四九頁)と左訓しています。


◎即証法性之常楽
 「即証法性之常楽」は【現代語訳】に「浄土に往生してただちにさとりを開く」と述べられた」とあります。
 「即証等」とは、『玄義分』の「ただ勤心に法を奉けて、畢命を期となして、この穢身を捨ててすなはちかの法性の常楽を証すべし。」(七祖篇三〇一頁)と、『往生礼讃』前序の「前念に命終して後念にすなはちかの国に生じ、長時永劫につねに無為の法楽を受く。」(七祖篇六六〇~六六一頁)との文に拠ります。
 親鸞は「真仏土文類」に『涅槃経』を引用して「凡夫の楽は無常敗壊なり、このゆゑに無楽なり。諸仏は常楽なり、変易あることなきがゆゑに大楽と名づく。」(註釈版三四六頁)と、さらに『入出二門偈頌』に「安楽土に到れば、かならず自然に、すなはち法性の常楽を証せしむとのたまへり。」(註釈版五五〇頁)と述べています。また、『高僧和讃』「善導讃」には「煩悩具足と信知して 本願力に乗ずれば すなはち穢身すてはてて 法性常楽証せしむ」(註釈版五九一頁)と和讃しています。
 「法性」とは真如・涅槃・滅度などに同じ意味です。「常楽」とは、涅槃に具する常・楽・我・浄の四徳のことです。涅槃のさとりは、永劫に変わらず(常)、一切の苦しみを離れ(楽)、自在であり(我)、煩悩の汚れを少しも止めない(浄)。いまはこの四徳の中の初めの二徳をあげて、後の二徳を略しました(『會鈔』三一三頁、『帯佩』五七三頁)。
 『唯信鈔文意』には、「法性のみやこといふは、法身と申す如来のさとりを自然にひらくときを、みやこへかへるといふなり。これを、真如実相を証すとも申す、無為法身ともいふ、滅度に至るともいふ、法性の常楽を証すとも申すなり。このさとりをうれば、すなはち大慈大悲きはまりて生死海にかへり入りてよろづの有情をたすくるを、普賢の徳に帰せしむと申す。」(註釈版七〇二頁)と釈しています。
 若霖は「即証」について「因(三忍)より果(法性常楽)に至る、或は年時を隔つれども、而も彼五十六億七千萬歳に望むれば、此一生は乃ち須臾の間なるが故に即証と云ふ、此三忍は因位の頂を極むるが故なり、亦はいふべし、定散諸機の化土に生ずる者の如きは多生曠劫を経て乃ち証入するが故に、今は則ち爾らず、故に即証と云ふ。」(『文軌』七六頁、隨慧『説約』四二一頁)と釈しています。また、僧叡は「「即証」等というは、即とは証すること捨身の刹那に在るが故に、「法性の常楽」とは即ち滅度をいう。」(『要訣』四九九頁)と、「捨此穢身」であるがゆえに「法性之常楽」は往生浄土の益であるといいます。
 ところで『正信念仏偈』では「與韋提等獲三忍 即証法性之常楽」とありますが、『念仏正信偈』は「得難思議往生人 即証法性之常楽」(宗祖部四五〇頁、註釈版四八八頁)とあります。「難思議往生」とは、真実報土の往生のことで、化土の往生である「双樹林下往生」、「難思往生」に対しています。この三往生は『法事讃』(七祖篇五一四頁)に出て、親鸞はこれを『愚禿鈔』(註釈版五〇五頁)で「難思議往生は、『大経』の宗なり。」「双樹林下往生は、『観経』の宗なり。」「難思往生は、『弥陀経』の宗なり。」と三経に配しています。また、「難思議往生」は「証文類」標挙(註釈版三〇六頁)に、「双樹林下往生」「難思往生」は「化身土文類」標挙(註釈版三七四頁)に挙げられています。
 『正信念仏偈』よりも『念仏正信偈』のほうが、『愚禿鈔』の「三往生」(註釈版五〇五頁)の意が、より明確に主張されているように思います。
by jigan-ji | 2015-07-27 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[134]    2015年 07月 26日
 補遺[86] 5 善導の教え ⅱ 光明・名号の因縁

 正信偈講読[37](2013年9月3日)を補足します。

 ⅱ 光明・名号の因縁 

【本文】
 矜哀定散与逆悪 光明名号顯因縁

【書き下し文】
 定散と逆悪とを矜哀して、光明・名号因縁を顕す。

【現代語訳】
 善悪のすべての人を哀れんで、光明と名号が縁となり因となってお救いくださると示された。

【先徳の釈】
《六要鈔》
 「矜哀」等とは、所被の機はあまねく善悪をかねることを明かす。「定散」とは、ただ簡機で受法ではないから、造逆・造悪の衆生に対して定と散とを挙げて、善機とする。「光明」等とは、上に引くところの『礼讃』の前序の釈意である。(和訳六要鈔一三三頁、宗祖部二七二頁)

《正信偈大意》
 「善導独明仏正意 矜哀定散与逆悪」といふは、浄土門の祖師その数これおほしといへども、善導にかぎり独り仏証をこうて、あやまりなく仏の正意を明かしたまへり。されば定散の機をも五逆の機をも、もらさずあはれみたまひけりといふこころなり。「光明名号顕因縁」といふは、弥陀如来の四十八願のなかに第十二の願は、「わがひかりきはなからん」と誓ひたまへり、これすなはち念仏の衆生を摂取のためなり。かの願すでに成就してあまねく無碍のひかりをもつて十方微塵世界を照らしたまひて、衆生の煩悩悪業を長時に照らしまします。さればこのひかりの縁にあふ衆生、やうやく無明の昏闇うすくなりて宿善のたねきざすとき、まさしく報土に生るべき第十八の念仏往生の願因の名号をきくなり。しかれば、名号執持することさらに自力にあらず、ひとへに光明にもよほさるるによりてなり。このゆゑに光明の縁にきざされて名号の因は顕るるといふこころなり。(註釈版一〇三五頁)


【講義】

◎矜哀定散与逆悪
 「矜哀定散与逆悪」は【現代語訳】に「善悪のすべての人を哀れんで」とあります。隨慧は「此ノ一句ハ所被ノ機ヲ楷定スルコトヲ明ス」(『説約』四一七頁)と釈しています。
 「矜哀」とは矜は憐れむ、哀は愍の意で、慈悲の心をもって哀れむことです。『大経』には「如来、無蓋の大悲をもつて三界を矜哀したまふ。」(註釈版九頁)と、「信文類」別序には「大聖(釈尊)矜哀の善巧」(註釈版二〇九頁)と、「化身土文類」後序には「深く如来の矜哀を知りて」(註釈版四七三頁)とあります。恵然は「矜哀等はこれを愍れむ、これを悲しむ。その所哀の機、定散と逆悪となり。定は息慮凝心の禅人と謂ふなり。散は廃悪修善の道人と謂ふ。即ち定善の機、上六品の人なり。」(『會鈔』三一〇頁)と釈しています。
 「定散」とは、定とは『観経』十三観の定善の機で、散とは『観経』上六品散善の機です。定善とは高度な精神集中である定に入って、浄土や仏を心の目で見る行の意です。散善とは定に入ることができない人が行う善根で、不殺を行じたり、戒律を守り、経典を読誦したりすることです。善導は『玄義分』に「「定」はすなはち慮りを息めてもつて心を凝らす。「散」はすなはち悪を廃してもつて善を修す。」(七祖篇三〇一頁)と、さらに、「日観より下十三観に至るこのかたを名づけて定善となし、三福・九品を名づけて散善となす。」(七祖篇三〇七~三〇八頁)と釈し、『散善義』にて「前には十三観を明かしてもつて「定善」となす。すなはちこれ韋提の致請(=韋提希の懇請の意・池田注)にして、如来(釈尊)すでに答へたまふ。後には三福・九品を明かして、名づけて「散善」となす。これ仏(釈尊)の自説なり。」(七祖篇四九七頁)と釈しています。
 「逆悪」とは、『観経』下三品の機で、「五逆の人」と「十悪の人」を意味します。「五逆」とは「五逆罪」のことで、親鸞は「五逆」について「信文類」(註釈版三〇三~三〇五頁)に「小乗の五逆」と「大乗の五逆」を挙げています。「十悪」とは、殺生、偸盗、邪婬、妄語、綺語、悪口、両舌、貪欲、瞋恚、愚痴をいいます。初めの三は身業で、次の四は口業、あとの三は意業の悪で、身三口四意三ともいいます。恵然は「逆悪とは五逆十悪亦四重の罪を摂す。即ち下三品の人なり。」(『會鈔』三一〇頁)と釈しています。
 善導は『散善義』において、「下品上生」は「十悪を造る軽罪の凡夫人」(七祖篇四八八頁)、「下品中生」は「破戒次罪の凡夫人」(七祖篇四九一頁)、「下品下生」は「五逆等を造れる重罪の凡夫人」(七祖篇四九三頁)と釈しています。今はこの下輩の三人を総じて「逆悪」といいます。上の「一切善悪凡夫人」に同じです。以上、善導の『観経』解釈では、定善とは定善十三観、散善とは『散善義』の九品の中の上六品の機、「逆悪」とは下三品の機を指します。
 深励は、「定散ト逆悪ト間ニ與ノ字ヲ置タハ、定散ハ善機、逆悪ハ悪機ユヘニ、差別セン為ニ、與ノ字ヲオクナリ。」(『深励』一八二頁)と釈しています。


◎光明名号顕因縁
 「光明名号顕因縁」は【現代語訳】に「光明と名号が縁となり因となってお救いくださると示された」とあります。この一句は、光明・名号の摂化の義を明かします。
 この偈文は善導の『往生礼讃』に拠りますが、光明・名号をもって十方を摂化することは、七高僧の上にも知られます。すなわち、天親の『浄土論』には、国土荘厳の光明功徳・妙声功徳で示され、また如来荘厳功徳のなかの身業功徳(光明)・口業功徳(名号)として出ています。
 曇鸞は『論註』において「仏の光明はこれ智慧の相なり。この光明は十方世界を照らしたまふに障礙あることなし。よく十方衆生の無明の黒闇を除くこと、日・月・珠光のただ空穴のなかの闇をのみ破するがごときにはあらず。「かの名義のごとく、如実に修行して相応せんと欲す」とは、かの無礙光如来の名号は、よく衆生の一切の無明を破し、よく衆生の一切の志願を満てたまふ。」(七祖篇一〇三頁)と「光明」と「名号」に破闇満願の徳があると明かしています。親鸞は『高僧和讃』「曇鸞讃」に「無礙光如来の名号と かの光明智相とは 無明長夜の闇を破し 衆生の志願をみてたまふ」(註釈版五八六頁)と、光明と名号を同一に語っています。
 さらに、道綽は『安楽集』第一大門にて「またかの『経』(大集月蔵経・意)にのたまはく、「諸仏の世に出でたまふに、四種の法ありて衆生を度したまふ。なんらをか四となす。一には口に十二部経を説く。すなはちこれ法施をもつて衆生を度したまふ。二には諸仏如来には無量の光明・相好まします。一切衆生ただよく心を繋けて観察すれば、益を獲ざるはなし。これすなはち身業をもつて衆生を度したまふ。三には無量の徳用・神通道力・種々の変化まします。すなはちこれ神通力をもつて衆生を度したまふ。四には諸仏如来には無量の名号まします。もしは総、もしは別なり。それ衆生ありて心を繋けて称念すれば、障を除き益を獲て、みな仏前に生ぜざるはなし。すなはちこれ名号をもつて衆生を度したまふ」と。いまの時の衆生を計るに、すなはち仏世を去りたまひて後の第四の五百年に当れり。まさしくこれ懺悔し福を修し、仏の名号を称すべき時なり。」(七祖篇一八三~一八四頁)と「光明・相好」と「名号」が示されています。
 そして、善導は『往生礼讃』「前序」に「問ひていはく、一切の諸仏三身同じく証し、悲智の果円かにしてまた無二なるべし。方に随ひて一仏を礼念し課称せんに、また生ずることを得べし。なんがゆゑぞ、ひとへに西方を歎じて、勧めて礼念等をもつぱらにせしむるは、なんの義かあるや。答へていはく、諸仏の所証は平等にしてこれ一なれども、もし願行をもつて来し収むるに因縁なきにあらず。しかるに弥陀世尊、本深重の誓願を発して、光明・名号をもつて十方を摂化したまふ。ただ信心をもつて求念すれば、上一形を尽し下十声・一声等に至るまで、仏願力をもつて易く往生を得。このゆゑに釈迦および諸仏勧めて西方に向かはしむるを別異となすのみ。またこれ余仏を称念して障を除き、罪を滅することあたはざるにはあらず、知るべし。」(七祖篇六五八~六五九頁)と述べています。
 法然は『和語灯録』「三経釈」にて、「しかれば光明の縁と名号の因と和合せば、摂取不捨の益をかうぶらん事うたがふべからず。」(拾遺部上五五四頁)と述べています。
 この法然の釈を承けて親鸞は「行文類」の「両重因縁釈」に、「まことに知んぬ、徳号の慈父ましまさずは能生の因闕けなん。光明の悲母ましまさずは所生の縁乖きなん。能所の因縁和合すべしといへども、信心の業識にあらずは光明土に到ることなし。真実信の業識、これすなはち内因とす。光明・名の父母、これすなはち外縁とす。内外の因縁和合して報土の真身を得証す。ゆゑに宗師(善導)は「光明・名号をもつて十方を摂化したまふ、ただ信心をして求念せしむ」(礼讃 六五九)とのたまへり。」(註釈版一八七頁)と述べています。
 これは善導『序分義』の「孝養父母(きようようぶも)」の釈に出る両重の因縁に拠ります。すなわち、「一に「孝養父母」といふは、これ一切の凡夫みな縁によりて生ずることを明かす。いかんが縁による。あるいは化生あり、あるいは湿生あり、あるいは卵生あり、あるいは胎生あり。この四生のなかにおのおのにまた四生あり。経に広く説きたまふがごとし。ただこれあひよりて生ずればすなはち父母あり。すでに父母あればすなはち大恩あり。もし父なくは能生の因すなはち闕け、もし母なくは所生の縁すなはち乖きなん。もし二人ともになくはすなはち託生の地を失はん。かならずすべからく父母の縁具して、まさに受身の処あるべし。すでに身を受けんと欲するに、みづからの業識をもつて内因となし、父母の精血をもつて外縁となして、因縁和合するがゆゑにこの身あり。この義をもつてのゆゑに父母の恩重し。」(七祖篇三八一~三八二頁)とあります(なお『観念法門』六二八頁には、信心=内因、願力=外縁の、内外の因縁和合して見仏することを得とあります)。
 親鸞はこの「孝養父母」の因縁を、「徳号」(名号)=因、「光明」=縁と明かすとともに、「真実信の業識」=内因、「光明・名の父母」(光明と名号)=外縁と、二重の因縁で「報土の真身を得証す」と明かしています。初重は「徳号」=行によって「報土の真身」=証が得られると行証直接(じきせつ)の法義によりて他力の極致を示し、後重は「真実信の業識」=信によって「報土の真身」=証が得られると信証直接の法義によりて機受の極要を示しています(『講述』二三〇頁)。すなわち、光明と名号をもって如来のはたらきを象徴し、衆生救済の方法を明かしているわけです。
 覚如は『口伝鈔』に「光明・名号の因縁といふ事」(註釈版八七四頁)と題して、「十方世界を照曜する無礙光遍照の明朗なるに照らされて、無明沈没の煩惑漸々にとらけて、涅槃の真因たる信心の根芽わづかにきざすとき、報土得生の定聚の位に住す。すなはちこの位を、「光明遍照 十方世界 念仏衆生 摂取不捨」(観経)と等説けり。また光明寺(善導)の御釈(礼讃 六五九)には、「以光明名号 摂化十方 但使信心求念」とものたまへり。しかれば、往生の信心の定まることはわれらが智分にあらず、光明の縁にもよほし育てられて名号信知の報土の因をうと、しるべしとなり。これを他力といふなり。」(註釈版八七五頁)と述べています。同趣旨の内容が『執持鈔』(註釈版八六三頁)にも述べられています。
 なお、慧琳は「光明名号ハ名義不離一體一具ノ果徳ニシテ。摂化ノ根本。衆生獲信ノ大因縁ナリト。」(『帯佩』五六七頁)と釈し、隨慧は「観経ニ光明遍照ト云ハ、光明ノ縁ナリ。念仏衆生ト云ハ名号ノ因ナリ。故ニ和語登録(一四紙)云。「光明ノ縁ト名号ノ因ト和合シテ、摂取不捨ノ益ヲ蒙ルコトウタカフヘカラズ」(拾遺部上五五四頁)ト。是ヲ顕ハスモノハ今師ノ功ナリ。」(『説約』四一七頁)と釈し、僧叡は「前修言へることあり、曰く、光明は無声の名号、名号は有声の光明なり、説得て好し。」(『要訣』四二二頁)と釈しています。また、先学は「親鸞においては、光明とは、より具体的には教法を意味し、名号とは称名を意味するものとうかがわれます。光明が教法であるとは、親鸞が「聞光」(『浄土和讃』真聖全二、四八七頁)という言葉で光明を聞くと表現していることからも知られるところで、私における仏道とは、この教法に帰依し、それを深く聴聞し、聞思していくことを縁とし、また日々いよいよ心して称名念仏することを因としてこそ、よく成り立っていくということを示したものでしょう。」(信楽峻麿『教行証文類講義 第三巻 正信偈』二二九頁)と述べています。
 「顕因縁」の因縁とは、往生浄土の因縁の意です。すなわち、慈悲の心をもって、五逆・十悪の人を救う、その方法が「光明名号顕因縁」であり、それを親鸞は「行文類」(註釈版一八七頁)に「両重因縁」で明されたわけです。
 以上から「光明の縁」といわれる場合の「光明」とは視覚的に見える光りではなく、阿弥陀仏のはたらき、すなわち智慧のはたらきと理解すべきです。また、「名号の因」といわれる場合の「名号」とは、名号のいわれを私の心の中に受けとめること、すなわち信心と理解すべきです。

by jigan-ji | 2015-07-26 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[133]    2015年 07月 25日

 補遺[85] 5 善導の教え ⅰ 仏の正意を顕す

 正信偈講読[36](2013年9月1日)を補足します。

5 善導の教え
ⅰ 仏の正意を顕す

【本文】
 善導獨明佛正意

【書き下し文】
 善導独り仏の正意をあきらかにせり。

【現代語訳】
 善導大師はただ独り、これまでの誤った説を正して仏の教えの真意を明らかにされた。

【先徳の釈】
《六要鈔》
 大師の讃で、「善導」等とは、『選択集』の意であり、諸師は多いといえ、ひとりこの師に依って仏証を請い、古今を楷定して別意弘願の正旨を明顕するからである。これによって弥陀の化身ともいい、経文を勘えて直に教主釈尊の再誕ともいうのである。さらに余師に准ずるものではない。(和訳六要鈔一三三頁、宗祖部二七二頁)

《正信偈大意》
 「善導独明仏正意 矜哀定散与逆悪」といふは、浄土門の祖師その数これおほしといへども、善導にかぎり独り仏証をこうて、あやまりなく仏の正意を明かしたまへり。されば定散の機をも五逆の機をも、もらさずあはれみたまひけりといふこころなり。(註釈版一〇三五頁)


【講義】

◎善導独明仏正意
 「善導独明仏正意」は【現代語訳】に「善導大師はただ独り、これまでの誤った説を正して仏の教えの真意を明らかにされた」とあります。
 恵然は「善導独明仏正意」以下の八句は善導の釈功を讃じるに、「初の三句は教。第四句は行。第五六七句は信。第八句は証なり。」(『會鈔』三〇九頁、慧琳『帯佩』五六五頁)と述べています。

 『漢語燈録』「浄土五祖伝」には善導の伝記として六伝(拾遺部上四八九頁以下)が挙げられています。それらによると、善導(六一三~六八一)は山東省の臨淄に生まれ(『瑞応伝』には安徽省四洲とあります)、俗姓を朱といいました。隋の煬帝大業九年(六一三)の出生です。はじめ『法華経』や『維摩経』を研鑽しましたが、のち経蔵に入って『観経』を手に入れ、常に十六観法を修しながらついに念仏の一道に帰依しました。その後、慧遠(三三四~四一六)の芳躅を慕って廬山の白蓮社に行き、特に般舟三昧に専心しました。たまたま唐の貞観の頃、晋陽の地で道綽が浄土の法門を説かれているのをきき、千里の道をいとわないでその講筵に列しました。その求道の念の熾烈であり、厳冬の寒風をおかして道綽に会い、親しく『観経』の法義を面授され、ついに弥陀の本願に帰依しました。善導は持戒が非常に厳格で、三十余年のあいだ自分の寝所もさだめず、念仏の声は絶えなかったといいいます。その後、長安に行って道俗を教化し、終南山や光明寺にも住しました。時の高宗皇帝は大師の徳を讃仰し、光明寺という寺額を賜うたので、後世の人はこれを称して終南大師とあがめ、また光明寺の和尚とも呼びました。唐の高宗永隆二年(六八一)三月十四日、六十九歳で入寂しました。
 善導の行跡で見逃せないことは、『法事讃』の「大唐の皇帝」「皇后」「皇太子」の長命等を祈願する一節(七祖篇五九三頁)からも知られるように、洛陽に赴き、高宗の勅命により、皇后武氏(後の則天武后)の二万貫の寄進によって、上元二年(六七五)に完成した龍門奉先寺の大毘廬舎那仏造の検校僧(監督の僧)として関係するなど、当時の唐の帝室との深い関係を持っていたことです(爪田一寿「善導と国家」参照。『印度学仏教学研究』第五十四巻第一号、二〇〇五年、所収)。
 なお、善導の伝記に関して、善導は柳樹より身を投じて自絶したと捨身往生が伝えられるものがありますが、それは『続高僧伝』第二十七遺身篇の「時に光明寺に在りて法を説く。人あって導に告げて曰く。今、仏名を念ぜば定んで浄土に生ずるやいなや。導曰く。仏を念ぜば、定んで生ず。その人礼拝おわりて、口に南無阿弥陀仏と誦し、声声相次いで光明寺の門を出て、柳樹のうえに上がり合掌して西に望みてさかさまに身を投じ、下りて地に至って遂に死ぬ、事台省に聞く。」(「浄土五祖伝」拾遺部上四八九頁、大正大蔵経第五〇巻六八四頁)の内容を、宋の戒珠の『浄土往生伝』や王古の『新修往生伝』等に善導が捨身往生したと誤伝したといわれます(『要義』六九頁、「善導十徳」拾遺部上五〇二頁、『發覆』二一八~二二〇頁参照)。
 先学は、「大師の伝記は種々あるが、なかんづく道宣(五九六~六六二)の著わした『続高僧伝』は大師の生存中の成立でもあり、最も信憑できる。南山律の開祖道宣が、自身より十七年後輩であり、かつ生存中の善導大師の伝記を『続高僧伝』に収録した事実は、以て大師の徳を証するに足る。」(『讃述』一七一頁)と述べています。先学の指摘からも、善導が生存中の伝記に記載された、柳樹より身を投じて自絶したとの、善導の捨身往生は誤伝であることが明らかです。
 親鸞は『尊号真像銘文』に「善導の別徳をほめたまうていはく、「善導は阿弥陀仏の化身なり」とのたまへり。」(註釈版六五五頁)と釈し、『高僧和讃』「善導讃」には「大心海より化してこそ 善導和尚とおはしけれ」(註釈版五八九頁)と、善導を「阿弥陀仏の化身」と尊崇しています。
 なお、善導の著述としては、次の五部九巻が数えられます。

  ①『観無量寿経四帖疏』四巻(観経の注釈書)  
    本疏ともいう。教義について明かした教門で、化他を本とす。教相安心を明かす。
  「玄義分」
  「序分義」
「定善義」
「散善義」

  ②『法事讃』 二巻 
  ③『観念法門』一巻
  ④『往生礼讃』一巻 
  ⑤『般舟讃』 一巻 安心に付随する行儀を明かす。
   この四部を具疏ともいう。法事行法を明かす行門で、自行を主とする。

 「善導独明仏正意」の「善導」とは、善導を指します。「独明」の「独」とは、七高僧中の他の六祖に対するのではなく、古今の聖道諸師に対し、まず「古今楷定」の功を讃えます。恵空は「独明等は、問、七祖各仏意を明かす。何ぞ今師に限つて独明と云ふや。答。これ今六祖に簡んで云ふに非ず。独は、観経を解するについて、諸師多く謬り、経の本意を失す。今師独り証を得て、仏意を開く。故に独明と云ふ。」(『略述』三〇頁、隨慧『説約』四一六頁)と釈しています。
 法然は『選択集』「後述」にて「問ひていはく、華厳・天台・真言・禅門・三論・法相の諸師、おのおの浄土法門の章疏を造る。なんぞかれらの師によらずして、ただ善導一師を用ゐるや。答へていはく、かれらの諸師おのおのみな浄土の章疏を造るといへども、浄土をもつて宗となさず、ただ聖道をもつてその宗となす。ゆゑにかれらの諸師によらず。善導和尚は偏に浄土をもつて宗となして、聖道をもつて宗となさず。ゆゑに偏に善導一師に依る。」(七祖篇一二八五~一二八六頁)と述べています。
 すなわち、地論学派の浄影寺の慧遠(五二三~五九二)や天台宗を開いた智顗(五三八~五九七)、三論宗の嘉祥寺の吉蔵(五四九~六二三)、法相宗の窺基なども『観経』の注釈書を著していますが、それらの諸師は自らの宗の上で『観経』を解釈しました。特に無着の『摂大乗論』による通論家(摂論家)は、十声の称名で悪人や凡夫が往生できるというのは方便、すなわち「別時意」であると主張しました。通論家による念仏批判は、すでに道綽も『安楽集』「第二大門」(七祖篇二一八頁以下)において取り上げています。この通論家の念仏批判に対して善導は『玄義分』にて「いまこの『観経』のなかの十声の称仏は、すなはち十願十行ありて具足す。いかんが具足する。「南無」といふはすなはちこれ歸命なり、またこれ発願回向の義なり。「阿弥陀仏」といふはすなはちこれその行なり。この義をもつてのゆゑにかならず往生を得。」(七祖篇三二五頁)と、悪人や凡夫の称える力をあてにするのではなく、南無阿弥陀仏の名号には、仏になるための願いと阿弥陀仏の修行とが具わっている、つまり「願行具足」していると「六字釈」を展開しました。
 また、聖道門の諸師は「断惑証理」の立場から、『観経』は悪人凡夫のための教えではなく聖者のための教えであると解釈し、悪人や凡夫が往生できる浄土は本当の浄土ではなく、程度の低い浄土、すなわち化土であると主張しました。それに対して、善導は道綽の『安楽集』第一大門「三身三土」の意(七祖篇一九一頁)を承けて、弥陀の浄土は「これ報にして化にあらず。(是報非化)」(七祖篇三二六頁)と主張しました。
 さらに、諸師が阿弥陀仏の浄土が報土というなら、声聞や縁覚のような二乗のものはとても往生できない。垢障の凡夫がどうして往生できようかと問うたのに対して、「答へていはく、もし衆生の垢障を論ぜば、実に欣趣しがたし。まさしく仏願に託してもつて強縁となすによりて、五乗をして斉しく入らしむることを致す。」(七祖篇三三〇頁)と、五乗(人・天・声聞・縁覚・菩薩)も斉しく報土に入ることができると明かしました。
 こうした善導の主張や諸師の解釈に対する反論を指して、「善導独り仏の正意を明かせり」というわけです。
 恵然は「仏正意」を「正意はなほ本意と言うがごとし。弥陀の本誓、本は凡夫のため。釈迦の発遣は女人のため説く。」(『會鈔』三一〇頁)と、『観経』を凡夫と女人の視点から解釈したと理解しています。「善導独り」古今の諸師の『観経』に対する誤解をただして『観経』解釈の手本を示したという意味で「古今楷定」(七祖篇五〇二頁)といいます。楷は手本、規準の意。解釈の正しい規準を定めるという意味です。そして「この義すでに証を請ひて定めをはりぬ。」(七祖篇五〇四頁)と「仏証」を得た、だから「一句一字加減すべからず。写さんと欲するものは、もつぱら経法のごとくすべし、知るべし。」(七祖篇五〇四頁)といつて『散善義』を結んでいます。
 若霖は「独明仏正意」を「即ち釈尊の諸善を廃して念仏を立つるの正意を明かにするが故なり、此釈尊の正意は即ち弥陀の願意なり。」(『文軌』七〇頁)と釈し、隨慧は「独明仏正意トハ、釈尊観無量寿経ヲ説テ、諸善ヲ廃シテ念仏ヲ立ルノ正意ヲ明ス。此ノ釈尊ノ正意即弥陀ノ願意ナリ。(中略)コレヲ独明仏正意トイヘリ。仏トハ釈尊ナリ。釈尊ノ正意スナハチ弥陀ノ願意、諸仏ノ教意ナリ。」(『説約』四一六頁)と釈しています。
 なお、善導の「古今楷定」の具体的な内容について、先学は「是報非化」「九品唯凡」「別時意会通」「化土」「韋提は権者、上中品は大小乗の聖者」「別時意」「凡夫入報」を数えています(『讃述』一七二~一七三頁)。「古今楷定」の内容については、『大原』(一五四~一五五頁)、『要義』(九〇~九六頁)、『講述』(二二〇~二二一頁)、『仰法幢』(五七八~五七九頁)、日野振作『正信念仏偈講讃』(二〇八頁)なども参照して下さい。


[補遺] 「善導独明仏正意」から、なぜ音階が変わるのか?
 「正信偈」のお勤めの時、「善導独明仏正意」の句から音階が変わります。その理由について、普門は『選択集』を引用して、次のように述べています。

 静かにおもんみれば、善導の『観経疏』は、これ西方の指南、行者の目足なり。乃至 玄義を指授する僧は、おそらくはこれ弥陀の応現なり。しかればいふべし。この疏はこれ弥陀の伝説なりと。いかにいはんや、大唐にあひ伝へていはく、「善導はこれ弥陀の化身なり」と。しかればいふべし、またこの文はこれ弥陀の直説なり。すでに「写さんと欲はば、もつぱら経法のごとくせよ」といふ。この言誠なるかなや。仰ぎて本地を討ぬれば、四十八願の法王なり。十劫正覚の唱へ、念仏に憑みあり。俯して垂迹を訪へば、専修念仏の導師なり。三昧正受の語、往生に疑なし云々。これ則ち伝伝導師を以て本となすゆゑなり。今独明と云ふ、その意知るべし。また宗門は報恩のため、朝夕此の偈文(正信偈・池田注)を読誦す。文類中、善導独明の句に至り、同音を止め、ここにおいて調声は、これを始め、これを誦す。亦此の謂なり。(『發覆』二二一頁)

 つまり、善導は「弥陀の化身」であり、その本地は「四十八願の法王」(阿弥陀仏)であるから、「善導独明仏正意」の句から調声が音階を変えて誦するというわけです。


[補遺] 釈迦の発遣・弥陀の招喚
 「五劫思惟」し「兆載永劫」の修行をした法蔵菩薩と、西方浄土の阿弥陀仏と、空や縁起や無我を説いた釈尊との、三者の関係をどう理解するかは現代人には難しいことです。
 この三者の関係は、西方浄土で仏になる浄土教において、歴史上の釈尊と、信仰上の弥陀とを、どう統一的・総合的に理解すべきかの問題となります。
 この歴史上の釈尊と信仰上の弥陀を統一的・総合的に理解するために努力したのが道綽であり、その弟子善導です。
 道綽は『安楽集』「大八大門」の「二尊比校」にて、「二仏(阿弥陀仏・釈尊)の神力また斉等なるべし。ただ釈迦如来おのが能を申べたまはずして、ことさらにかの[阿弥陀仏の]長を顕して、一切衆生をして斉しく帰せざるはなからしめんと欲す。このゆゑに釈迦処々に[阿弥陀仏を]嘆じ帰せしめたまへり。」(七祖篇二七七頁)と述べています。
 さらに、善導は『散善義』の「回向発願心釈」において、信心を守護して外邪異見の難を防ぐために、「二河白道」の譬喩をもって説明します。その二河譬喩の説明の最後に、「仰ぎて釈迦発遣して指して西方に向かはしめたまふことを蒙り、また弥陀悲心をもつて招喚したまふによりて、いま二尊(釈尊・阿弥陀仏)の意に信順して、水火の二河を顧みず、念々に遺(わす)るることなく、かの願力の道に乗じて、捨命以後かの国に生ずることを得て、仏とあひ見えて慶喜することなんぞ極まらんといふに喩ふ。」(七祖篇四六九~四七〇頁)と述べています。
 親鸞はこの『散善義』の文の「釈迦の発遣」「弥陀の招喚」を「信文類」の「大信釈」(註釈版二二三頁以下)に引用し、さらに『愚禿鈔』「二河譬釈」にて「「仰いで釈迦発遣して、指へて西方に向かへたまふことを蒙る」といふは、順なり。「また弥陀の悲心招喚したまふによる」といふは、信なり。「いま二尊の意に信順して、水火二河を顧みず、念々に遺るることなく、かの願力の道に乗ず」といへり。」(註釈版五三九頁)と釈し、「弥陀の招喚」が「信」で、「釈迦の発遣」が「順」で、「弥陀の招喚」と「釈迦の発遣」の二つで「信順」であると述べています。
 さらに『高僧和讃』「善導讃」には「釈迦・弥陀は慈悲の父母 種々に善巧方便し われらが無上の信心を 発起せしめたまひけり」(註釈版五九一頁)と和讃し、『尊号真像銘文』には「「言南無者」といふは、すなはち帰命と申すみことばなり。帰命は、すなはち釈迦・弥陀の二尊の勅命にしたがひて、召しにかなふと申すことばなり。このゆゑに「即是帰命」とのたまへり。」(註釈版六五六頁)と述べ、また『唯信鈔文意』には「この信心のおこることも、釈迦の慈父・弥陀の悲母の方便によりておこるなり。」(註釈版七〇二頁)、「釈迦は慈父、弥陀は悲母なり。われらがちち・はは、種々の方便をして無上の信心をひらきおこしたまへるなりとしるべしとなり。」(註釈版七一三頁)と述べています。
 まさに「釈迦の発遣」と「弥陀の招喚」という「二尊の意に信順」することが〝二尊一致の仏勅〟に「信順」することとなり、この「信順」において、「歴史上の釈迦」と「信仰上の弥陀」を統一的・総合的に理解しているわけです。


[補遺] 「五正行」と「雑行雑修」
 善導の教学については、「二種深信」(七祖篇四五七頁、三経七祖部五三四頁)、「二河白道」(七祖篇四六六頁以下、三経七祖部五三九頁以下)、「抑止門」(七祖篇四九四頁以下、三経七祖部五五五頁)なども大切ですが、今、「五正行」と「雑行雑修」について述べておきたく思います。
 天親は『浄土論』にて、阿弥陀仏の浄土に往生するための五種の行を「五念門」として明かしました。しかし、善導は『観経』の浄土往生の行を『大経』の本願の意に依拠して解釈し、『観経』では釈迦が定散の要門の教えを説き、弥陀が弘願の教えを説いたと主張しました。よって第十八願に依拠した称名を往生の行とするため、往生浄土の行業として『散善義』の「就行立信」(七祖篇四六三頁、三経七祖部五三七頁)にて、「読誦」「観察」「礼拝」「称名」「讃嘆供養」の五つを明かし、「読誦」「観察」「礼拝」「讃嘆供養」の前三後一を釈迦の要門、「称名」を「正定業」と位置付けました。親鸞はこの「五正行」を「化身土文類」(註釈版三八六頁以下)に引用しています。
 善導の明かした「五正行」を図示すると、左のようになります(豊原大成『三帖和讃ノート 高僧和讃』一六五頁)。

  称名 正業(正定業)              専修
        読誦
正行  観察     助業    雑修
  礼拝
 往生の行 讃嘆供養
雑行(阿弥陀仏以外の諸仏を念じ、他の行を修すること)

 なお、親鸞は「化身土文類」(註釈版三九五以下)にて「雑行雑修」について詳説し、さらに『高僧和讃』「善導讃」にて「釈迦は要門ひらきつつ 定散諸機をこしらへて 正雑二行方便し ひとへに専修をすすめしむ」「助正ならべて修するをば すなはち雑修となづけたり 一心をえざるひとなれば 仏恩報ずるこころなし」「仏号むねと修すれども 現世をいのる行者をば これも雑修となづけてぞ 千中無一ときらはるる」「こころはひとつにあらねども 雑行雑修これにたり 浄土の行にあらぬをば ひとへに雑行となづけたり」(註釈版五八九~五九〇頁)と和讃しています。また、『領解文』には「雑行雑修自力のこころ」(註釈版一二二七頁)とあります。この「雑行雑修」とは、正行と雑行の区別を知らずに称える正雑未分が「雑行」であり、正定業と助業の区別を知らずに称える助正未分が「雑修」となります(三木照國『三帖和讃講義』三二八~三三〇頁)。


by jigan-ji | 2015-07-25 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[132]    2015年 07月 20日
 補遺[84] 4 道綽の教え ⅱ 末法の救い

 正信偈講読[35](2013年8月27日)を補足します。

◎像末法滅同悲引
 「像末法滅同悲引」は【現代語訳】に「正法・像法・末法・法滅、いつの時代においても、本願念仏の法は変わらず人々を救い続けることを明かされる」とあります。
 この一句は、『安楽集』第三大門「輪廻無窮」の結尾に「当今は末法にして、現にこれ五濁悪世なり。ただ浄土の一門のみありて、通入すべき路なり。」(七祖篇二四一頁)と述べ、同第六大門「経教住滅」において「第三に経の住滅を弁ずとは、いはく、「釈迦牟尼仏一代、正法五百年、像法一千年、末法一万年には、衆生減じ尽き、諸経ことごとく滅す。如来痛焼の衆生を悲哀して、ことにこの経を留めて止住すること百年ならん」(大経・下意)と。」(七祖篇二七一~二七二頁)あるに拠ります。
 深励は、「正法五百年、像法一千年、末法一万年」説について、「コノ説ハ、経テハ摩訶摩耶経、論テハ大論ナリ。綽師ノミナラス、鸞師、善導モ、正五像千末法萬年ヲ取玉フ。浄影大経疏下(四十五左)ニモ此説出ル。」(『深励』一七八~一七九頁)と釈しています。
 道綽は「当今は末法」との自覚に立っていましたが、親鸞もまた「化身土文類」に「まことに知んぬ、聖道の諸教は、在世・正法のためにして、まつたく像末・法滅の時機にあらず。すでに時を失し機に乖けるなり。浄土真宗は、在世・正法、像末・法滅、濁悪の群萌、斉しく悲引したまふをや。」(註釈版四一三頁)と述べて、「今の時(中略)すでにもつて末法に入りて六百七十三歳なり。」(註釈版四一七頁)と算出しています。
 普門はこの「像末法滅同悲引」は、「釈尊之悲引」か「道綽之悲引」かと問答をもうけ、「釈尊、特留此経を以て、今また悲引のゆゑなり」と「釈尊之悲引」と解するとともに、「釈尊之悲引。則道綽之悲引也。」(『發覆』二一六頁)と述べています。この「非引」の主体は誰かについては、月筌(『勦説』四四頁)、若霖(『文軌』六八頁)、隨慧(『説約』四一四頁)も論じていますが、深励は従前の解釈に満足せず、「同悲引」は「綽師ノ悲引」であると、次のように述べています。

 此句ニ付テ古来論アリ。コノ悲引ハ釈迦ノ悲引カ、綽師ノ悲引カト云ニ、コレハ綽師ノ悲引ナリ。爾レハ綽師ハ末法ニ入テ十一年ノ后ニ出玉フ。爾ハ像法ノ時機マテ悲引スヘキ筈ナシ。若又綽師ノ所弘ノ法カ、像末法滅同悲引トイハヽ、綽師斗リニ限ラス、七祖ミナ弥陀ノ本願ヲ弘玉フカラハ、綽師ニ限ヘカラスト云ニ付テイロイロノ説アリ。云何心ウヘキヤト云ニ、是コノ一句ノ言遣ヲミレハ、綽師所弘ノ法カ、二時悲引トノ玉フト思レル。ナセナレハ、化土巻ニ云「信知聖道諸教為在世正法而全非像末法滅之時機乃至浄土真宗在世正法像末法滅濁悪群萌齋悲引」(註釈版四一三頁)。今コヽモ言遣ハ化巻ト同シ。是ハ綽師ニ限タルニアラス、七祖ミナ三時ニ通入スルケレドモ、聖道ノ教ハ在世正法ノ為ニシテ、末ノ代ニ合ヌユヘニ、別シテ像末悲引ナリ。故ニコノ一句化巻ニ対映シテミレハ綽師所弘ノ法ナリ。爾レハ七祖ミナ所弘ノ法ナルニ、綽師ノ下斗リテ云タハ云何ト云ニ、七祖ノ中テ綽師斗ハ別シテ所弘ノ法ヲ引受テ末法ノ時機ヲ悲引スルカ綽師ナリ。ナセナレハ綽師ハ末法ノ初ニ生タ人ユエニ、末法ノ時機ヲ悲引ナサルコト多シ。集上三右云「計今時衆生即當仏去世後第四五百年。正是懺悔修福應称仏名号時」(七祖篇一八四頁)。爾ハ末法ノ衆生ハ弥陀ノ本願ニ依テ出離スヘシトノ玉フ。又聖浄二門廃立ノ處モ「當今末法現是五濁悪世唯浄土一門可通入路」(七祖篇二四一頁)ト、コレラモ當今ノ末法ノ時機ヲ悲引シ玉フ。コレハ綽師モト所弘ノ法カ像末法滅同悲引ユヘニ、ソレヲ承テ末法ノ時機ヲ悲引ナサル。若綽師ニモ華厳等ノ法ヲスヽメ玉フナラハ、末法ノ衆生ヲ悲引スルコトナラヌ。所弘ノ法カ像末悲引シ玉フユヘニ。楽集ニタヒタヒ像末ノ時機ヲ悲引ナサルヽコト多シ。綽師ノ後ノ懐感善導モ末法ノ機ヲ悲引ナサレトモ、綽師ホトニハナイ。綽師ハキヒシク悲引サレルヽナリ。綽師ハ末法ノ初ニ出世シ玉フ故ニ、時機ノ劣タコトヲカナシミナケカセラレテ在ス。故ニ悲引シ玉フコト重ナリ。故ニ今、綽師ノ下ニ像末法滅同悲引トノ玉フナリ。(『深励』一七九頁)

 すなわち、「末法ニ入テ十一年ノ后ニ出玉フ」道綽に、それ以前の正法・像法の二時の衆生を悲引することは不可能です。しかし、「綽師所弘ノ法」は「釈尊、特留此経」の法ですから正法・像法の二時の衆生を悲引することが可能です。しかし、「所弘ノ法」をもっていえば、「七祖ミナ所弘ノ法」は同じですから、「同悲引」を道綽の一段で語る必然性はありません。「同悲引」を道綽の一段で語る必然性について、深励は「綽師ハ末法ノ初ニ出世シ玉フ故ニ、時機ノ劣タコトヲカナシミナケカセラレテ在ス。故ニ悲引シ玉フコト重ナリ。故ニ今、綽師ノ下ニ像末法滅同悲引トノ玉フナリ。」と述べています。
 先学の「普遍の法と特殊の機」(金子大栄)という言葉を依用すれば、「七祖所弘の法」は「普遍の法」といえましょう。この「普遍の法」が、道綽という「特殊の機」を通して、時代・社会に開顕されることによって「綽師所弘の法」となります。深励は、この道綽という「特殊の機」を通して、時代・社会に開顕する方法(=立場)で「同悲引」を釈しています。
 親鸞は「同悲引」(註釈版二〇六・四八八頁、宗祖部四五・四四九頁)、「斉悲引」(註釈版四一三頁、宗祖部一六六頁)を「釈迦ノ悲引」の立場で解しています。ですから、近年の「同悲引」の解釈、〝「同悲引」とは、同は同じく、等しくの意で、悲引は大悲によって引導する、大悲の導きの意です。つまり、像法、末法、法滅の世にあっては、聖道自力の教えではまったく救われない衆生を平等に大悲をもって、浄土に往生させて仏のさとりを開かせて下さるとの意です〟は、「七祖所伝の法」たる「普遍の法」の立場での解釈で、穏当な解釈に思います。
 しかし、時代・社会の歴史的現実的な課題に向き合い、「時機ノ劣タコトヲカナシミナケカセラレ」る時は、「普遍の法」に依拠して、「特殊の機」の立場から「末法ノ時機ヲ悲引ナサル」の方法(=立場)が不可欠に思います。
 以上二句は、三信と三不信の教えを示し、正法、像法、末法、法滅、いつの時代においても、本願念仏の法は変わらず人々を救い続けることを明かしています。
 親鸞は『正像末和讃』に「正像末の三時には 弥陀の本願ひろまれり 像季・末法のこの世には 諸善竜宮にいりたまふ」(註釈版六〇一頁)、「像末五濁の世となりて 釈迦の遺教かくれしむ 弥陀の悲願ひろまりて 念仏往生さかりなり」(註釈版六〇三頁)と和讃しています。


◎一生造悪値弘誓 至安養界証妙果
 「一生造悪値弘誓 至安養界証妙果」は【現代語訳】に「「たとえ生涯悪をつくり続けても、阿弥陀仏の本願を信じれば、浄土に往生しこの上ないさとりを開く」と述べられた」とあります。
 「一生造悪値弘誓」は、『安楽集』第三大門の「たとひ一形悪を造れども、ただよく意を繋けて専精につねによく念仏すれば、一切の諸障自然に消除して、さだめて往生を得。」(七祖篇二四二頁)に拠ります。「一生造悪」とは、臨終の一念に至るまで、一生涯悪をつくり続けるという意です。
 親鸞は「値弘誓」の「値」を「マフアフ」と読んでいます。『念仏正信偈』では「一生悪を造れども、弘誓に遇(もうあ)へば」(註釈版四八八頁)とあり、「信文類」信楽釈の「値遇」にはともに「アフ」(宗祖部六二頁)と左訓しています。値と遇は同義で用いられ、『一念多念文意』では「「遇」はまうあふといふ。まうあふと申すは、本願力を信ずるなり。」(註釈版六九一頁)と釈しています。つまり、「値弘誓」とは、阿弥陀仏の第十八願を信ずればとの意で、すなわち、道綽の「本願取意の文」の「もし衆生ありて、たとひ一生悪を造れども、命終の時に臨みて、十念相続してわが名字を称せんに、もし生ぜずは正覚を取らじ」(七祖篇二四二頁)の意です。

 「安養界」とは、阿弥陀仏の浄土の異名で、心を安らかにし、身を養う世界という意味です。恵空は「安養は大経の必得超絶去往生安養国文(註釈版五四頁・池田注)。彼の極楽界は心を安んじ身を養う。永く心身の悩みを離れ、楽を受けるに常にして間無し。故に安養と云ふ。妙果は二利円満の勝位なり。」(『略述』三〇頁)と釈し、隨慧は「至安等トハ、正ク証果ヲ示ス。安養トハ、義寂云フ。「心ヲ安ンジ身ヲ養フヲ安養ト云フ也」。証妙果トハ無上涅槃ヲ証スルナリ。」(『説約』四一五頁)と釈しています。
 「証妙果」とは、勝妙の結果の意で、仏果、仏のさとりを開く意です。善導は『法事讃』に「弥陀の妙果」(七祖篇五九〇頁)と、さらに『般舟讃』に「道場の妙果」(七祖篇七九二頁)と述べています。親鸞は「真仏土文類」に『法事讃』を引いて「弥陀の妙果をば、号して無上涅槃といふ」(註釈版三七〇頁)といい、『浄土文類聚鈔』には「証といふは、すなはち利他円満の妙果なり。」(註釈版四八一頁)と述べています。普門は「今妙果は、これ滅度と云ふなり。」(『發覆』二一七頁)と釈しています。つまり、たとえ一生涯悪をつくり続けても、阿弥陀仏の本願を信じれば、浄土に往生してこの上ないさとりを開くことが出来るとの意です。
 若霖は『安楽集』第九大門「寿命長短」の「もし阿弥陀浄国に生ずれば、寿命長遠にして不可思議なり。このゆゑに『無量寿経』にのたまはく、「仏、舎利弗に告げたまはく、〈かの仏をなんがゆゑぞ阿弥陀と号くる。舎利弗、十方の人天、かの国に往生するものは、寿命長遠にして億百千劫なり。仏と同等なるがゆゑに阿弥陀と号く〉」と。」(七祖篇二八三頁)の文を引き、「此れ即ち法身の寿量は無尽なり、衆生生ずる者は、阿弥陀と其所証を同じくす、之を妙果と謂ふなり。」(『文軌』六九頁)と釈しています。
 なお深励は、「楽集ノ中デ言ノ拠ヲ出サハ、下初ニ極楽ノ種々ノ利益ヲ説テ、ソノ結文ニ「一切衆生但至彼国者皆証此益」(三経七祖四二五頁・池田注)ト云ノヲ、爰テ至安養界ト云。証此益トアルヲ、爰テ証妙果トノ玉フ。」(『深励』一八〇頁)と釈しています。
by jigan-ji | 2015-07-20 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[131]    2015年 07月 19日
 補遺[83] 4 道綽の教え ⅱ 末法の救い

 正信偈講読[35](2013年8月27日)を補足します。

ⅱ 末法の救い

【本文】
 三不三信誨慇懃 像末法滅同悲引 一生造悪値弘誓 至安養界證妙果

【書き下し文】
 三不三信の誨慇懃にして、像末・法滅同じく悲引す。一生悪を造れども、弘誓に値ひぬれば、安養界に至りて妙果を証せしむといへり。

【現代語訳】
 三信と三不信の教えを懇切に示し、正法・像法・末法・法滅、いつの時代においても、本願念仏の法は変わらず人々を救い続けることを明かされる。「たとえ生涯悪をつくり続けても、阿弥陀仏の本願を信じれば、浄土に往生しこの上ないさとりを開く」と述べられた。

【先徳の釈】
《六要鈔》
 「三不」等とは、その集の大門第二の章に三番あり、その中の第三に広く問答を施して疑情を釈去する下の釈である。その文の大略は『論註』と同じで、註釈には第三の本があり、その了解を待つこと。「一生」等とは、上に「唯有浄土」等といい、同章に「たとえ一生悪を造ってもよく意を繋って専精に念仏すれば、一切の諸障は自然に消除して往生を得ることが決定している。」とある文の意である。(和訳六要鈔一三三頁、宗祖部二七二頁)

《正信偈大意》
 「三不三信誨慇懃 像末法滅同悲引」といふは、道綽禅師、「三不三信」といふことを釈したまへり。「一つには信心あつからず、若存若亡するゆゑに。二つには信心ひとつならず、いはく、決定なきがゆゑに。三つには信心相続せず、いはく、余念間故なるがゆゑに」(安楽集・上 二三二)といへり。かくのごとくねんごろにをしへたまひて、像法・末法の衆生をおなじくあはれみましましけり。「一生造悪値弘誓 至安養界証妙果」といふは、弥陀の弘誓に値ひたてまつるによりて、一生造悪の機も安養界に至れば、すみやかに無上の妙果を証すべきものなりといへるこころなり。(註釈版一〇三四~一〇三五頁)


【講義】

◎三不三信誨慇懃
 「三不三信誨慇懃」は【現代語訳】に「三信と三不信の教えを懇切に示し」とあります。
 「三不三信」は、『安楽集』第二大門「広施問答」結尾の「三不三信」に拠ります。すなわち、「また問ひていはく、もし人ただ弥陀の名号を称念すれば、よく十方の衆生の無明の黒闇を除きて往生を得といはば、しかるに衆生ありて名を称し憶念すれども、無明なほありて所願を満てざるはなんの意ぞ。答へていはく、如実修行せず、名義と相応せざるによるがゆゑなり。所以はいかん。いはく、如来はこれ実相身、これ為物身なりと知らず。また三種の不相応あり。一には信心淳からず、存ぜるがごとく亡ぜるがごとくなるがゆゑなり。二には信心一ならず、いはく、決定なきがゆゑなり。三には信心相続せず、いはく、余念間つるがゆゑなり。たがひにあひ収摂す。もしよく相続すればすなはちこれ一心なり。ただよく一心なれば、すなはちこれ淳心なり。この三心を具してもし生ぜずといはば、この処あることなからん。」(七祖篇二三二頁)とあります。
 この文は、『論註』「二不知三不信」の意に拠ります。すなわち、「かの無礙光如来の名号は、よく衆生の一切の無明を破し、よく衆生の一切の志願を満てたまふ。しかるに名を称し憶念すれども、無明なほありて所願を満てざるものあり。なんとなれば、如実に修行せず、名義と相応せざるによるがゆゑなり。いかんが如実に修行せず、名義と相応せざるとなすとならば、いはく、如来はこれ実相身なり、これ為物身なりと知らざればなり。また三種の不相応あり。一には信心淳からず、存ずるがごとく亡ずるがごときゆゑなり。二には信心一ならず、決定なきがゆゑなり。三には信心相続せず、余念間つるがゆゑなり。この三句展転してあひ成ず。信心淳からざるをもつてのゆゑに決定なし。決定なきがゆゑに念相続せず。また念相続せざるがゆゑに決定の信を得ず。決定の信を得ざるがゆゑに心淳からざるべし。これと相違せるを「如実に修行し相応す」と名づく。」(七祖篇一〇三~一〇四頁)とあります。
 つまり、「弥陀の名号」それ自体には破闇満願の徳を具えているのに、称名しても破闇の徳があらわれないのは、名号と称名との不相応、すなわち不如実修行によるからであるといいます。それが「二不知」と「三不信」です。
 「二不知」とは、「無礙光如来」は「実相身」「為物身」であることを知らないことをいいます。すなわち法蔵菩薩の四十八の誓願の第十八願文には「若不生者不取正覚」とあります。実相身はこの第十八願文の「不取正覚」の正覚の内容にあたり、自利をあらわし、為物身は第十八願文の「若不生者」の往生にあたり、利他をあらわします。つまり無礙光如来は実相身・為物身という自利利他成就した如来です。よって南無阿弥陀仏の「弥陀の名号」は、実相身・為物身という自利利他成就した如来の名告りであり、その名号所有の義を知らないことを「二不知」といい、「三不信」はその「二不知」の内容を拡げたものとされます(『要義』四八頁)。
 「三不三信」とは、三不信と三信の意味で、淳心・一心・相続心の三信と、その反対である不淳心・不一心・不相続心の疑心をいいます。隨慧は「三不トハ三不相応ナリ。スナハチ自力ノ罪福信スル信ナリ。三信ハスナハチ他力ノ一心ナリ。」(『説約』四一三頁)と釈しています。『論註』では、「三種の不相応あり」と不如実に約して、ただ三不の面のみを明かしていますが、『安楽集』では「この三心を具して生まれずといはば」と「三信」(淳心・一心・相続心)を加えて「三不三信」としたのが道綽の釈功として「三不三信誨慇懃」と讃嘆されました。先学は「三信に裏付けられた行を如実修行の他力、三不信に元づく行を不如実修行の自力と誡めて洵に懇切慇懃にお示し下されたのであります。」(大原性実『正信偈講讃』一四九頁)と解説しています。
 ちなみに『念仏正信偈』には「三不三信誨慇懃」(宗祖部四四九頁、七祖篇四八八頁)とあり、『入出二門偈頌』には「たとひ一生悪業を造れども、三信相応すればこれ一心なり。一心は淳心なれば如実と名づく。」(註釈版五四九頁)と述べています。
 なお、源信は『往生要集』にて「信心不淳」(三経七祖部四〇五頁、七祖篇二三二頁)を「信心不深」(三経七祖部八九七頁、七祖篇一一二五頁)と言葉をかえています(『講述』二〇八頁)。
 親鸞は『高僧和讃』「曇鸞讃」に「不如実修行といへること 鸞師釈してのたまはく 一者信心あつからず 若存若亡するゆゑに」「二者信心一ならず 決定なきゆゑなれば 三者信心相続せず 余念間故とのべたまふ」「三信展転相成す 行者こころをとどむべし 信心あつからざるゆゑに 決定の信なかりけり」「決定の信なきゆゑに 念相続せざるなり 念相続せざるゆゑ 決定の信をえざるなり」「決定の信をえざるゆゑ 信心不淳とのべたまふ 如実修行相応は 信心ひとつにさだめたり」(註釈版五八六~五八七頁)と和讃しています。
 「誨慇懃」とは、「誨」は教え、教誨の意で、おしえ導く意です。「慇懃」とは、ねんごろ、丁寧、親切の意で、「誨慇懃」とはねんごろに教えみちびくことです。普門は「誨は教示の義なり。慇懃は慇重懃志の義なり。これ深く末代の衆生を哀れむゆゑに、それ誨懃なり。」(『發覆』二一五頁)と釈し、恵然は「誨は教なり。慇懃は丁寧の義。」(『會鈔』三〇九頁)と釈し、隨慧は「誨トハ説文ニ暁教也。(中略)慇懃トハ委曲ノ㒵。」(『説約』四一三頁)と釈しています。曇鸞は『論註』「二不知三不信」の釈において「これと相違せるを「如実に修行し相応す」と名づく。」(七祖篇一〇四頁)と述べていますが、その「如実修行相応」の内容をつまびらかにしたのが、道綽の『安楽集』「三不三信」の釈であるとの意で「誨慇懃」というわけです。
by jigan-ji | 2015-07-19 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[130]    2015年 07月 16日
 補遺[82] 4 道綽の教え ⅰ 聖道門と浄土門

 正信偈講読[34](2013年8月26日)を補足します。

◎万善自力貶勤修
 「万善自力貶勤修 円満徳号勧専称」の二句は、行のカテゴリーの議論で、万善自力の勤修と円満徳号の専称の二行を対比して、それぞれ貶し勧めます。
 「万善自力貶勤修」は【現代語訳】に「自力の行はいくら修めても劣っているとして」とあります。
 「万善」とは万行の善、さまざまな善の意です。「万行」について親鸞は「化身土文類」に、「おほよそ浄土の一切諸行において、綽和尚(道綽)は「万行」(安楽集・下)といひ、導和尚(善導)は「雑行」(散善義)と称す。感禅師(懐感)は「諸行」(群疑論)といへり。信和尚(源信)は感師により、空聖人(源空)は導和尚によりたまふ。」(註釈版三九六頁)と述べているように、「万行」「雑行」「諸行」と同じ意味です。
 隨慧は「万善ヲ修スルモノハ、其ノ心自力ナリ。故ニ万善自力ト云フ。又タトヒ名号ヲ称ト云ヘドモ、他力ノ信心ヲエサルモノハ、報土ノ真因ニ非ス。万善ト同シク論ス。亦貶斥スヘシ。」(『説約』四一二頁)と釈しています。
 「自力」とは、他力に対します。道綽は『安楽集』第三大門「難易二道」に、「ここにありて心を起し行を立て浄土に生ぜんと願ずるは、これはこれ自力なり。命終の時に臨みて、阿弥陀如来光台迎接して、つひに往生を得るはすなはち他力となす。」(七祖篇二三四~二三五頁)と釈しています。
 ちなみに、月筌は「万善とは福慧の衆行なり。自力とは諸機の勤策なり」(『勦説』四二頁)と釈しています。すなわち、「万善」とは福徳と智慧を備えた諸行であり、「自力」とは、行者がむち打たれ、大いにつとめ、はげむようなものである、というわけです。
 「貶勤修」の「貶」とは、けなす、否定する、批判するの意で、聖道自力の行を批判する意です。恵空は「万善等に二義有り。一義は釈の如し。又一義に云く。今の文は聖道門の万善と云ふに非ず。浄土門の中の万行往生を指す。自力なれは貶。」(『略述』二八頁)と釈し、隨慧は「貶トハ増韻ニ抑也。勤修トハ勤行修習ナリ。」(『説約』四一二頁)と釈しています。
 道綽は「万善自力」の行を貶する理由を、次のように明かしています。
 『安楽集』第三大門「難易二道」に、「余(道綽)すでにみづから火界に居して、実に想ふに怖れを懐けり。仰ぎておもんみれば、大聖(釈尊)三車をもつて招慰し、しばらく羊鹿の運は権の息にしていまだ達せず。仏、邪執は上求菩提を障ふと訶したまふ。たとひ後に回向するも、なほ迂回と名づく。もしただちに大車に挙るも、またこれ一途なり。ただおそらくは現に退位に居して嶮径はるかに長きことを。自徳いまだ立たず。昇進すべきこと難し。」(七祖篇二三三頁)と、『法華経』「譬喩品」の「火宅三車の譬」を出しています。
 すなわち、「わたしは、すでにみずから三界の迷いの境界にいて、想うに、実に恐れをいだいている。うやうやしく、大聖世尊が羊・鹿・牛の三車、すなわち声聞・縁覚・菩薩の三乗の法を説いて、迷いを出るように導かれたのを考えるのに、まず羊・鹿すなわち声聞・縁覚の法は、仮のいこいであって本当のさとりに達しない。それで、仏は声聞・縁覚のかたよった考えは、菩提を求めることを妨げるといましめられる。たとい後に心を大乗に向けても、なおこれは遠まわりと名づける。もしすぐに大車すなわち大乗の法によるのも、また一つの方法であるが、ただ恐れることは、自分は現在不退の位に至らぬところにおり、修業の道はけわしくて遠く、自分の行徳はいまだできていないから、到底菩提の道に進むことはむずかしい。」(聖典意訳上二五八~二五九頁)というわけです。
 また、同じく第三大門「輪廻無窮」に、「また一切衆生すべてみづから量らず。もし大乗によらば、真如実相第一義空、かつていまだ心を措かず。もし小乗を論ぜば、見諦修道に修入し、すなはち那含・羅漢に至るまで、五下を断じ五上を除くこと、道俗を問ふことなく、いまだその分にあらず。たとひ人天の果報あれども、みな五戒・十善のためによくこの報を招く。しかるに持ち得るものは、はなはだ希なり。」(七祖篇二四二頁)と述べています。
 すなわち、「またすべての衆生は、みな自分の力をはからない。もし大乗の法によれば、真如実相第一義空のごときは、いまだかって心に考えたことがない。小乗の法をいえば、見道・修道に入って、ついには不還果・阿羅漢果に至るまで、それには欲界につなぐ煩悩である五下(貪欲・瞋恚・身見・戒取・疑)を断ち、色界・無色界につなぐ煩悩である五上(無明・憍慢・掉挙・色染・無色染)を除かねばならぬが、僧俗を問わずに、それができるものはない。たとい人天の果報を持つのにも、みな五戒・十善をつとめて、よくこの果報を得るのである。しかるに、この五戒・十善をたもちうるものは甚だ稀である。」(聖典意訳上二六九頁)というわけです。


◎円満徳号勧専称
 「円満徳号勧専称」は【現代語訳】に「ひとすじにあらゆる功徳をそなえた名号を称えることをお勧めになる」とあります。
 「円満の徳号」とは、あらゆる善根功徳を満足した名号という意味です。道綽は『安楽集』第四大門「念仏三昧利益」に『大智度論』を取意して引用し、「第二に問ひていはく、もしつねに念仏三昧を修することを勧めば、余の三昧とよく階降ありやいなや。答へていはく、念仏三昧の勝相は不可思議なり。これいかんが知る。『摩訶衍』のなかに説きていふがごとし。「もろもろの余の三昧、三昧ならざるにはあらず。なにをもつてのゆゑに。あるいは三昧あり、ただよく貪を除きて瞋痴を除くことあたはず。あるいは三昧あり、ただよく瞋を除きて痴貪を除くことあたはず。あるいは三昧あり、ただよく痴を除きて貪瞋を除くことあたはず。あるいは三昧あり、ただよく現在の障を除きて過去・未来の一切諸障を除くことあたはず。もしよくつねに念仏三昧を修すれば、現在・過去・未来を問ふことなく一切諸障ことごとくみな除こる」と。」(七祖篇二五六頁、「行文類」註釈版一六二頁)と、余の三昧のはたらきは部分的であるのに対して、念仏三昧のはたらきは過去・現在・未来の三世にわたって円満していると述べています。
 「行文類」の初めに「大行とはすなはち無碍光如来の名を称するなり。この行はすなはちこれもろもろの善法を摂し、もろもろの徳本を具せり。極速円満す、真如一実の功徳宝海なり。」(註釈版一四一頁)とあるに同じです。『浄土文類聚鈔』には「万行円備の嘉号」(註釈版四七七頁)、「万善円修の勝行」(註釈版四七九頁)とあります。
 月筌は「円満徳号とは如来の嘉号なり、善として円ならずと云ふことなく、徳として満たずといふことなし」(『勦説』四二頁)といい、「行文類」所引の元照の『弥陀経義』の文の「万行の円修、最勝を独り果号に推る。(萬行円修最勝独推於果号)(中略)万徳すべて四字に彰る。(萬徳総彰於四字)」(註釈版一八〇頁)を挙げ、「是れ乃ち往相の大行にして、真土の正業なり。」(『勦説』四二頁)と釈し、隨慧は「圓満徳号トハ六字ノ鴻号。萬善円備シ、衆徳満足ス。」(『説約』四一二頁)と釈しています。
 「勧専称」とは、「専称トハ餘行ヲ兼子サルナリ。」(『説約』四一二頁)とあり、餘行を交えず、ひたすら称名念仏することを勧めるの意です。『安楽集』第三大門「引証勧信」の「もし起悪造罪を論ぜば、なんぞ暴風駛雨に異ならんや。ここをもつて諸仏の大慈、勧めて浄土に帰せしめたまふ。たとひ一形悪を造れども、ただよく意を繋けて専精につねによく念仏すれば、一切の諸障自然に消除して、さだめて往生を得。なんぞ思量せずしてすべて去く心なきや。」(七祖篇二四二頁)に拠ります。
 上の「万善自力貶勤修」は、行について「貶勤」を論じ、今は「専称」をすすめています。親鸞は『高僧和讃』「道綽讃」に「濁世の起悪造罪は 暴風駛雨にことならず 諸仏にこれらをあはれみて すすめて浄土に帰せしめり」「一形悪をつくれども 専精にこころをかけしめて つねに念仏せしむれば 諸障自然にのぞこりぬ」「縦令一生造悪の 衆生引接のためにとて 称我名字と願じつつ 若不生者とちかひたり」(註釈版五八八~五八九頁)と和讃しています。
 さらに『安楽集』第四大門「始終両益」(七祖篇二五〇~二五一頁、始益=現生の利益、終益=当来の利益)には、万行を回向して往生するものは如来の入滅の相を見るもので終益がなく、念仏の衆生のみが阿弥陀仏の不滅の相を見る終益があるといわれ、万行往生と念仏往生の廃立が明かされています。
by jigan-ji | 2015-07-16 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[129]    2015年 07月 15日
 補遺[81] 4 道綽の教え ⅰ 聖道門と浄土門

 正信偈講読[34](2013年8月26日)を補足します。


4 道綽の教え
ⅰ 聖道門と浄土門

【本文】
 道綽決聖道難證 唯明淨土可通入 萬善自力貶勤修 圓満德号勧専称

【書き下し文】
 道綽、聖道の証しがたきことを決して、ただ浄土の通入すべきことを明かす。万善の自力、勤修を貶す。円満の徳号、専称を勧む。

【現代語訳】
 道綽禅師は、聖道門の教えによってさとるのは難しく、浄土門の教えによってのみさとりに至ることができることを明らかにされた。自力の行はいくら修めても劣っているとして、ひとすじにあらゆる功徳をそなえた名号を称えることをお勧めになる。

【先徳の釈】
《六要鈔》
 次は綽公の讃で、『安楽集』に依ってその義趣を演べる。「道綽」等とは、その集の上巻第三大門に五番があり、その第五の文段に『月蔵経』を引いて、聖道門では末法の修行得道は成じがたいことを証して、結んで「唯有浄土一門可通入路」という。かの経説について、この釈の第六の本の中にくわしい文がある。「万善」等とは、同じ釈の中で、「一切衆生都不自量」ともいい、「然持得者甚希」ともいって、自力の修行を貶する義である。「円満」等とは、同じ釈の中で、「是以諸仏大慈勧帰浄土」ともいい、「何不思量都無去心也」ともいって、専ら念仏を称することを勧める義である。(和訳六要鈔一三二~一三三頁、宗祖部二七一~二七二頁)

《正信偈大意》
 「道綽決聖道難証 唯明浄土可通入」といふは、この道綽はもとは涅槃宗の学者なり。曇鸞和尚の面授の弟子にあらず。その時代一百余歳をへだてたり。しかれども、并州玄中寺にして曇鸞の碑の文をみて、浄土に帰したまひしゆゑに、かの弟子たり。これまたつひに涅槃の広業をさしおきて、ひとへに西方の行をひろめたまひき。されば聖道は難行なり、浄土は易行なるがゆゑに、ただ当今の凡夫は浄土の一門のみ通入すべきみちなりとをしへたまへり。「万善自力貶勤修 円満徳号勧専称」といふは、万善は自力の行なるがゆゑに、末代の機、修行することかなひがたしといへり。円満の徳号は他力の行なるがゆゑに、末代の機には相応せりといへるこころなり。(註釈版一〇三三~一〇三四頁)


【講義】

◎道綽決聖道難証 唯明浄土可通入
 「道綽決聖道難証」以下八句は、道綽の教学を讃じます。恵然は「初の二は教を顕かす。三四は行を示す。五六は信を顕す。七八は証を示す。」(『會鈔』三〇七頁、慧琳『帯佩』五五七頁)と釈しています。

 道綽(五六二~六四五)は並州の汶水(山西省)に生まれました。十四歳にて出家し、はじめ名師を歴訪して学業にはげみました。その後、涅槃宗にて研学。『涅槃経』を講ずること実に二十四回におよびました。たまたま玄中寺に参詣し、曇鸞の碑文(私は二〇〇六年八月三十一日、初めて玄中寺を参拝しました。玄中寺の副住職にあたる悟峰和上に曇鸞の行蹟を讃えた碑は現在あるのかたずねますと、宋代の戦乱で所在が不明になったとの説明でした。)を読んで深く感激し、浄土門に帰入しました。道綽四十八歳の時です。それから念仏三昧をこととされ、道俗を勧化するため『観経』を講ずること二百遍。晩年には日課の称名七万遍におよんだといいます。玄中寺にて、八十四歳で示寂しました。
 道綽の伝記には『続高僧伝』(大正大蔵経第五十巻五九三頁)、迦才『浄土論』(大正大蔵経第四十七巻九八頁)があります。なお、『西方指南鈔』『漢語燈録』(拾遺部上一〇六、四八四頁)も参照して下さい。
 浄土教の祖師であるのに「禅師」といわれます。栄西禅師や道元禅師は禅宗の祖師という意味ですが、禅師というのは、禅定に秀でた師への尊称であり、大師号と同様に天子が高徳の僧におくった称号でもあります。道綽よりやや後輩に当たる迦才の『浄土論』には「道綽法師」(拾遺部上四八六頁)と記されています。親鸞は『高僧和讃』の「結讃」で「道綽禅師」「善導禅師」(註釈版五九九頁)と記しています。

 「道綽決聖道難証 唯明浄土可通入」の二句は聖道浄土二門の教判を明かします。【現代語訳】に「道綽禅師は、聖道門の教えによってさとるのは難しく、浄土門の教えによってのみさとりに至ることができることを明らかにされた」とあります。
 道綽は『安楽集』第一大門「教興所由」において「第一大門のなか、教興の所由を明かして、時に約し機に被らしめて勧めて浄土に帰せしむとは、もし教、時機に赴けば、修しやすく悟りやすし。もし機と教と時と乖けば、修しがたく入りがたし。」(七祖篇一八二頁)と「約時被機」を述べ、さらに『大集月蔵経』を引いて諸仏の四種の度衆生の法をあげる中、最後に「名号度衆生」(三経七祖部三七八頁、七祖篇一八三~一八四頁)をあげています。
 道綽は「機と教と時」とが乖いてはならないといいます。ちなみに日蓮は『教機時国鈔』にて、「一に教とは(中略)二に機とは、(中略)三に時とは(中略)四に国とは、仏教は必ず国に依ってこれを弘むべし。(中略)日本国は一向大乗の国なり。大乗の中にも法華経の国と為るべきなり。」(『昭和定本日蓮聖人遺文』第一巻二四一~二四四頁)と述べています。教学大系における「国」の概念の有無が、法然や親鸞と日蓮の教学の大きな違いでもあるように思います。
「決聖道難証」とは、『安楽集』第三大門の「輪廻無窮」を明かす中、「第五にまた問ひていはく、一切衆生みな仏性あり。遠劫よりこのかた多仏に値ひたてまつるべし。なにによりてかいまに至るまで、なほみづから生死に輪廻して火宅を出でざる。答へていはく、大乗の聖教によるに、まことに二種の勝法を得て、もつて生死を排はざるによる。ここをもつて火宅を出でず。何者をか二となす。一にはいはく聖道、二にはいはく往生浄土なり。その聖道の一種は、今の時証しがたし。一には大聖(釈尊)を去ること遥遠なるによる。二には理は深く解は微なるによる。このゆゑに『大集月蔵経』(意)にのたまはく、「わが末法の時のうちに、億々の衆生、行を起し道を修すれども、いまだ一人として得るものあらず」と。当今は末法にして、現にこれ五濁悪世なり。ただ浄土の一門のみありて、通入すべき路なり。」(三経七祖部四一〇頁、七祖篇二四一頁)と「聖浄二門」を明かすを指します。
 法然は『選択集』「二門章」に「おほよそこの聖道門の大意は、大乗および小乗を論ぜず。この娑婆世界のなかにおいて、四乗の道を修し四乗の果を得。四乗とは三乗のほかに仏乗を加ふ。」(七祖篇一一八六~一一八七頁)、「このなかの難行道は、すなはちこれ聖道門なり。易行道は、すなはちこれ浄土門なり。」(七祖篇一一八九頁)と述べています。
 また、親鸞は「化身土文類」に「おほよそ一代の教について、この界のうちにして入聖得果するを聖道門と名づく、難行道といへり。(中略)安養浄刹にして入聖証果するを浄土門と名づく、易行道といへり。」(註釈版三九四頁)と明かし、「聖道門」は、自力によって此土において聖者の位に入って証果を得る教え(此土入聖)であり、「浄土門」は、他力によって浄土に往生し、彼土においてさとりを開く教え(彼土得証)であると明かしています。『高僧和讃』「道綽讃」には「本師道綽禅師は 聖道万行さしおきて 唯有浄土一門を 通入すべきみちととく」(註釈版五八八頁)と和讃しています。
 「難証」の難は道綽の危機意識の表明であり、具体的には「難証」とは、その「聖道門」の教えは「今の時証しがたし」理由である、いわゆる「二由」を指します。

 二由
①大聖を去ること遥遠なるに由る(約時)
 
②理深く解微なるに由る(被機)

一証=「当今末法、現是五濁悪世、唯有浄土一門可通入路」(文証『大集月蔵経』)

 先学は、「この聖浄二門判は『涅槃経』の中心問題である「一切衆生悉有仏性」及び同経に示される「値遇多仏」(第一大門、三、発心久近に引用)によって、内因(仏性)外縁(値仏)満足しているのに、何故、輪廻無窮なるか、という実践的課題から出発して得られた解答であるということができよう。」と述べています(『讃述』一五九頁)。

 「唯明浄土可通入」の「唯」を普門は「唯は字彙に云く独と訓ず。また専辞なり。唯識述記に唯に三義あり。一に揀持義、二に決定の義、三に顕勝の義なり。」(『發覆』二一二頁)と釈しています。「明浄土」について恵然は、「明は暁諭なり。浄土は集に往生浄土と云ふ。註論下に往生浄土の法門と云ふ 浄は清浄、これ無垢の義、無漏と同じ。土は安身の處。経に清浄国土と云ふ。註論に不虚偽處、不輪転處、不無窮所と云ふ。」(『會鈔』三〇八頁)と釈しています。
 「可通入」について、恵空は「通入とは通達修入なり。又通不塞なり。往生大要鈔云。通入に二意あり。一は広通、○傍十方。二は遠通、○傍三世 文。然るに綽公末法に約す。猶これ一途の教門なり。実に三時五時、一切凡聖、普くみな通入すべき路なり。」(『略述』二七頁)と釈し、若霖は「可とは難に対するの詞なり、通とは塞に対するの言なり、聖道は梗塞して行じ難し、浄土は開通して入り易きが故に」(『文軌』六六頁)と、恵然は「通入は広く十方に通じ、遠く三世に通ず。衆機悉く此に帰すを通と名づけるなり。入は解なり。又帰入なり。若し入聖に約すれば即ち障入なり。又入出二門に約すれば即ち往生の義なり。」(『會鈔』三〇八頁)と釈し、隨慧は「唯トハ已ニ自轍ヲ改テ浄土門ニ入ノミニアラス。廣ク物ノ為ニ宣布スル餘ヲ兼テ弘ルニアラス。故ニ唯明ト云フ。可トハ難ニ対スル詞。通トハ塞ニ対スル詞。聖道ハ閉塞シテ證シカタシ。浄土ハ開塞シテ入リ易キナリ。」(『説約』四一二頁)と釈し、僧叡は「「可」とは上の難に反対す。「通入」は門の言に応ず」(『要訣』四八六頁)と釈しています。
 道綽の教学の思想的背景には正像末の三時思想があります。『安楽集』第六大門の「経の住滅」(七祖篇二七一頁、註釈版四一七頁)によれば、正法は仏陀入滅後の五百年、像法は一千年、末法は一万年といわれます。
 この正像末の三時思想と教行証の三法を結びつけて論じたのは慈恩大師窺基(六三二~六八二)です。月筌はすでに慈恩が『大乗法苑義林章』に「教行証の三を具すを名づけて正法と為し、ただ教行有るを名づけて像法と為し、教有って余無きを名づけて末法と為す」と述べていると指摘し(『勦説』四三頁)、隨慧は「仁王良賁疏ニ云フ「教アリ行アリ証ノ得果アルヲ名ヅケテ正法ト為シ、教アリ行アリ而シテ果証ナキヲ名ヅケテ像法ト為シ、唯其ノ教アリテ行ナク証ナキヲ名ヅケテ末法トナス」」(『説約』四一四頁)と指摘し、深励は「教行証ノ三法(中略)コノ三法ヲ、正像末ノ三時ヘカケテ唀ハ先ズ慈恩カ初トミヘル義林章六末(四十左)云「具教行証三名為正法但有教行名為像法有教無余名為末法ト」」(『深励』一五頁)と述べています。

 正法=釈尊在世の時代と入滅後五百年。教行証の三法がそろう。
 像法=正法が終わってからの一千年。教と行の二つがそろう。
 末法=像法がおわってからの一万年。教のみになる。自力の修行が意味をなさない。
 法滅=釈尊入滅後一万一千五百年たつと教えまで竜宮にかくれて、教行証の三法ともになくなる時代。その法滅の時にも『大経』だけは存在する。「化身土巻」(p419)、「正像末和讃」(p601(4))、「親鸞聖人御消息」(p757)参照。

 なお、道綽の「聖浄二門判」と龍樹の「難易二道判」とは、教・行・証の三法組織でいいますと、龍樹の「難易二道判」は行のカテゴリーの教判であり、道綽の「聖浄二門判」は証のカテゴリーの教判となります。二つの教判は行と証のカテゴリーの違いがあります。ちなみに、法霖は「龍樹、行の難易に寄せて証の難易を彰し。道綽、証の有無に約して、行の難易を示す。」(『捕影』三八頁)と述べています。

  教・・・大経、涅槃経など
  行・・・難易二道判
  証・・・聖浄二門判


[補遺] 本願取意の文
 道綽は末法における約時被機の実践法は十念の称名であるという立場から、『大経』「第十八願」の「たとひわれ仏を得たらんに、十方の衆生、至心信楽してわが国に生ぜんと欲ひて、乃至十念せん。もし生ぜずは、正覚を取らじ。ただ五逆と誹謗正法とをば除く。(設我得仏十方衆生至心信楽欲生我国乃至十念若不生者不取正覚唯除五逆誹謗正法)」(註釈版一八頁)の「乃至十念」は「十念の称名」の意味であることを明らかにするため、第十八願の文意と『観経』下下品の文意とを合わせて、「もし衆生ありて、たとひ一生悪を造れども、命終の時に臨みて、十念相続してわが名字を称せんに、もし生ぜずは正覚を取らじ。(若有衆生縦令一生造悪臨命終時十念相続称我名字若不生者不取正覚)」(七祖篇二四二頁)と「本願取意の文」を提示しました。
 親鸞は『高僧和讃』「道綽讃」にて「縦令一生造悪の 衆生引接のためにとて 称我名字と願じつつ 若不生者とちかひたり」(註釈版五八九頁)と和讃しています。
 さらに、道綽を承けた善導は称名念仏の義を第十八願に根拠するものであることを主張するために、『玄義分』に「もしわれ仏を得たらんに、十方の衆生、わが名号を称してわが国に生ぜんと願ぜんに、下十念に至るまで、もし生ぜずは、正覚を取らじ。(若我得仏十方衆生称我名号願生我国下至十念若不生者不取正覚)」(七祖篇三二六頁)と「本願取意の文」を提示し、また、『観念法門』には「もしわれ成仏せんに、十方の衆生、わが国に生ぜんと願じて、わが名字を称すること、下十声に至るまで、わが願力に乗じて、もし生ぜずは、正覚を取らじ。(若我成仏十方衆生願生我国称我名字下至十声乗我願力若不生者不取正覚)」(七祖篇六三〇頁)と「本願加減の文」を、『往生礼讃』には「もしわれ成仏せんに、十方の衆生、わが名号を称すること下十声に至るまで、もし生ぜずは、正覚を取らじ。(若我成仏十方衆生称我名号下至十声若不生者不取正覚)」(七祖篇七一一頁)と「自解本願の文」を提示しました。
 法然は『選択本願念仏集』「本願章」にて、この第十八願文の「十念」と善導の『観念法門』『往生礼讃』の「十声」の関係について問答を設けて、「問ひていはく、『経』(大経・上)には「十念」といふ、〔善導の〕釈には「十声」といふ。念・声の義いかん。答へていはく、念・声は是一なり(念声是一)。」(七祖篇一二一二頁)と釈しています。
 以上を整理すると、次のようになります。

・『大無量寿経』「第十八願文」
 「設我得仏十方衆生至心信楽欲生我国乃至十念若不生者不取正覚唯除五逆誹謗正法」(三経七祖部九頁、註釈版一八頁)

・道綽「本願取意の文」
 「若有衆生縦令一生造悪臨命終時十念相続称我名字若不生者不取正覚」(『安楽集』三経七祖部四一〇頁、七祖篇二四二頁)


・善導「本願取意の文」
 「若我得仏十方衆生称我名号願生我国下至十念若不生者不取正覚」(『玄義分』三経七祖部四五七頁、七祖篇三二六頁、「真仏土文類」註釈版三六四頁)

・善導「本願加減の文」
 「若我成仏十方衆生願生我国称我名字下至十声乗我願力若不生者不取正覚」(『観念法門』三経七祖部六三五頁、七祖篇六三〇頁、『選択集』七祖篇一二〇二頁、「行文類」註釈版一六九頁、『尊号真像銘文』註釈版六五六~六五七頁)

・善導「自解本願の文」
 「若我成仏十方衆生称我名号下至十声若不生者不取正覚」(『往生礼讃』三経七祖部六八三頁、七祖篇七一一頁、『選択集』七祖篇一二〇二頁、『教行信証』「行文類」「後序」註釈版一六七、四七二頁、『唯信鈔文意』註釈版七一七頁、『唯信鈔』註釈版一三五一頁)
by jigan-ji | 2015-07-15 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[128]    2015年 07月 12日
 補遺[80] 3 曇鸞の教え ⅲ 往還回向の益

 正信偈講読[33](2013年8月22日)を補足します。

◎必至無量光明土
 「必至無量光明土 諸有衆生皆普化」の二句は還相の益を明かします。「必至無量光明土」は【現代語訳】に「はかり知れない光明の浄土に至ると」とあります。
 「必至」について、『尊号真像銘文』には「「必」はかならずといふ、かならずといふは定まりぬといふこころなり、また自然というこころなり。」(註釈版六四五~六四六頁)とあります。『六要鈔』には「「必至」等とは、かの土に生まれて、広く衆生を利することが自在であることをいうのである。」(和訳六要鈔一三二頁、宗祖部二七一頁)と釈しています。
 隨慧は「必至ノ一句ハ往相ノ果。諸有ノ一句は還相ノ果ナリ。勦説(月筌『勦説』四一頁)ニ二句ミナ還相ノ果ニ約シテ、必至ノ句を成上起下ト釈スルハ未詳。今謂フ。必至等トハ上ノ得至蓮華蔵界ノ二句ニ応ス。即往相ノ妙果ナリ。必トハ決定ノ義。又銘文ニ云フ。必トイフハ自然トイフコヽロナリト。信心ノ正因ステニ定レハ、決定シテ自然ニ大涅槃處ニ至ヲ、必至無量光明土トイフナリ。」(『説約』四〇九頁)と釈し、僧叡は「「必至」等とは(中略)もし往還を以てこれを言へば則ち上の三句は総じて往相を明し、今は還相を明す。「註」に云く、彼の菩薩人天の所起の諸行とはこれなり。」(『要訣』四八一頁)と釈しています。
 「無量光明土」とは、『大経』異訳の『平等覚経』「往覲偈」(三経七祖部一〇〇頁)にある語です。『平等覚経』では遍く諸仏浄土の名とされていますが、弥陀は諸仏の本師本仏、諸仏の本師法王ですから、善導は『往生礼讃偈』に「十方諸仏の国は、ことごとくこれ法王の家なり」(七祖篇六九二頁)といい、『般舟讃』には「本国・他方また無二なり ことごとくこれ涅槃平等の法なり 諸仏の智慧もまた同然なり 到る処ことごとくこれ法王の家なり」(七祖篇七五四頁)とあり、諸仏の浄土は悉く弥陀の所領であることを示されています(『講述』一九七頁)。
 『大経』には「安楽国」「安養国」と記され、『阿弥陀経』や『観経』には「極楽」とあります。しかし、諸仏の浄土は弥陀の所領という意味から、より普遍的な仏国名を求めたのではないでしょうか。「真仏土文類」には「つつしんで真仏土を案ずれば、仏はすなはちこれ不可思議光如来なり、土はまたこれ無量光明土なり。」(註釈版三三七頁)と述べています。
 「弥陀ノ真土」を「無量光明土」と名づけた理由について、隨慧は「上ノ章ニ蓮華蔵ト云フ。今光明土ヲ以テ釈ストシルヘシ。ソノユヘハ、蓮華蔵ノ名ハ諸仏ノ報土ニ通ズ○傍三世厳ト説カ故弥陀別願所成ノ報土ヲ無量光明土ト名ク。故ニ弥陀ノ蓮華蔵ヲ無量光明土ト名クトシラシムルモノ乎。」(『説約』四一〇頁)と釈し、深励は、「弥陀ノ真報身ノ光明ニ従ヘテ名ヲエテ、論ニハ尽十方無碍光如来ト称シ、釈ニハ不可思議光如来ト名クルナリ。竜樹ノ易行品ニ、弥陀ヲ無量光明慧トホメテアル。ソコテ真土ヲ又光明ニ従ヘテ名テ無量光明土ト云。弥陀ノ真仏真土トモニ光明ニ従ヘテ、名ヲ得ルトノ玉フトキニ、弥陀ノ浄土ヲ無量光明土ト名ルコトハ、吾祖不共ノ名目ナリ。他流ニハ云ハヌコトナリ。」(『深励』一七一頁)と述べています。つまり、深励は龍樹の『易行品』に阿弥陀仏を「無量光明慧」(七祖篇一五頁)といっているから、「弥陀ノ浄土」も、同じ光明の文字を以て「無量光明土」と表現したというわけです。


◎諸有衆生皆普化
 「諸有衆生皆普化」は【現代語訳】に「あらゆる迷いの衆生を導くことができる」と述べられた」とあります。恵空は「諸有等は還相出門の益」(『略述』二六頁)と釈しています。
 「諸有」とは、もろもろの有という意味です。有とは迷いの世界のことです。「衆生」とは、あらゆるいのちあるものの意です。『一念多念文意』には「「諸有衆生」といふは、十方のよろづの衆生と申すこころなり。」(註釈版六七八頁)とあり、『浄土三経往生文類』の「諸有」の語に「あらゆる」(宗祖部五四四頁)と訓があります。
 「皆普化」とは、すべてを平等に救済するということです。化すとは教化する、済度するの意です。隨慧は「化ハ教化。普ク一切ノ群生ヲ教導化益ス。」(『説約』四一〇頁)と釈しています。『正信念仏偈』の「天親讃」には「遊煩悩林現神通 入生死薗示応化」と「応化」とありますが、「曇鸞讃」は「普化」とあります。なお普門は「皆普化」の「化」について、「化は転なり。悪を転じて善となす。凡を転じて聖となす云々。」(『發覆』二〇九頁)と釈し、月筌は「化とは化転なり、『大部四教義』に「化転有三、一転悪為善、二転迷為悟、三転凡為聖」と、今は其義なり。」(『勦説』四一頁、『帯佩』五五七頁も同)と釈しています。
 親鸞はこの還相の益としての「皆普化」の意を、曇鸞の『讃阿弥陀仏偈』に依って『浄土和讃』「讃阿弥陀仏偈讃」に「安楽無量の大菩薩 一生補処にいたるなり 普賢の徳に帰してこそ 穢国にかならず化するなれ」「安楽浄土にいたるひと 五濁悪世にかへりては 釈迦牟尼仏のごとくにて 利益衆生はきはもなし」(註釈版五五九~五六〇頁)、『高僧和讃』「天親讃」に「願土にいたればすみやかに 無上涅槃を証してぞ すなはち大悲をおこすなり これを回向となづけたり」(註釈版五八一)、「曇鸞讃」に「還相の回向ととくことは 利他教化の果をえしめ すなはち諸有に回入して 普賢の徳を修するなり」(註釈版五八四頁)、『正像末和讃』「三時讃」に「菩提に出到してのみぞ 火宅の利益は自然なる」(註釈版六〇二頁)などと和讃しています。
 『浄土文類聚鈔』には、「あきらかに知んぬ、大慈大悲の弘誓、広大難思の利益、いまし煩悩の稠林に入りて諸有を開導し、すなはち普賢の徳に遵ひて群生を悲引す。しかれば、もしは往、もしは還、一事として如来の清浄願心の回向成就したまふところにあらざることあることなし、知るべし。」(註釈版四八三頁)と、往相・還相の利益は如来廻向の成就によると明かしています。


[補遺] 「還相社会学」は可能か
 宮城顗はその講義録にて、「曽我先生は一貫して、還相回向とは個人の歩みの上にはないと言われる。仏道を歩むことが、個人の歩みである限り、そこには往相、還相は成り立たん。曽我先生は還相社会学という言葉まで使っておられます。一つの社会生活という事実の上に還相という問題があるんです。個人の生活・信心であるならば、そこに往相、還相ということはないとおっしゃっておいででございます。」(大阪教区教化センター『同和・靖国問題と真宗Ⅲ』一九八七年六月三十日、一四頁)と述べています。(池田 真「還相回向論の検討(二)」参照。龍谷大学大学院信楽ゼミ編『大学院信楽ゼミ論集 親鸞の道 特集・教学と現代』一九八九年、所収。なお曽我量深の「還相社会学」の出拠は、『曽我量深説教随聞記1』[法蔵館、昭和52年刊、藤代聡麿編]43頁。昭和24年の講演とあります。)
 また戸次公正は、「私は親鸞のいう往還回向とは、あの世とこの世を往復することではないと思います。それは浄土という世界観によって、生きることの本来性に目覚めた者が、どこまでもこの社会的現実の矛盾や苦悩から逃げずに関わりを続けていく姿のことだと考えるのです。」(戸次公正『正信偈のこころ 限りなきいのちの詩』二〇〇一年、一二九頁)と述べています。
 さらに八木晃介は、次のように述べています。

 私が本書において展開する主張の基調は、宗教的な解脱や救済の論理が真に人間解放につながるかどうか、親鸞を合わせ鏡にしながらそれを考えるところにあります。(中略)さらにいっそう強調すべき点は、この往相と還相とのいずれもが、来世においてではなく、ほかならぬ現世においてなしとげられるべき浄土実現の道筋であると親鸞がかんがえていた事実です。(中略)浄土を命終後の世界とかんがえるのは本質的に親鸞的ではなく、否、むしろ反親鸞的でさえあると私は理解しています。(中略)つまり、信心を得て正定聚の位置について、臨終後に仏になるという全然リアリティのない話ではなく、まさに現世において獲信して、たとえば法蔵菩薩の誓願第一願にあるように「国に地獄・餓鬼・畜生」をなくすという衆生利益のための取り組みに立ち上がり、あるいは『大無量寿経』巻下にある「仏の遊履(各地を遊行すること)したまふところの国邑(国や各地)・丘聚(集落)、化を蒙らざるはなし。天下和順し日月清明なり。風雨時をもつてし、災厲起らず、国豊かに民安くして、兵戈用ゐることなし」のように、災厲(天災や疫病)もなく、兵戈(戦争)もない状況づくりに参画する、それが還相の現実的な意味であるということなのです。(中略)具縛の凡愚・屠沽の下類に学んで、具縛の凡愚・屠沽の下類として以外の生きようがないと自己同定した親鸞が、還相廻向の視座において、「主上臣下」の正統性を否定し徹底糾弾する、その視点はやはり『教行信証』から読みとる以外に読みとりようがないということなのです。(八木晃介『親鸞 往還廻向論の社会学』二〇一五年、二一・二八・三七・三二二・三二四頁)

 このような「還相」理解に対して、伝統的には還相の利益は現生の利益ではなく、証大涅槃の悲用として当来の利益であると解釈してきました。
 大原性実は、次のように述べています。

 わが宗門の内外に亘り、近時入信後の生活を「還相」の名目に於て談ずる傾向があり、殊にその中には、滅度の益をも信一念に談ずべしとする者がある。思うにこれら信後還相を主張する理由は、従来真宗信仰が、極めて消極的な引込み思案的傾向を表示するのみで、積極的活動的、社会的実践の面を打ち出していない恨みがあることは、恐らく真宗信仰の還相摂化の面、即ち社会的実践の動態の面の認識と把握の欠乏による結果であるという点にある。かくの如き還相の活動相を、此土に於て、入信者に於て語らんとする、代表的な考え方の一つによれば、還相を彼岸の証果の上に談ずることは正統安心に於ける常談であるが、これは大乗仏教の上求菩提に対する下化衆生たる済度衆生の菩薩行を不問にし、結局小乗的偏見に堕在するものであるというのである。(中略)これと同様に、その滅度証果の悲用たる還相を死後に於て談ずることは、無上の妙行たる下化衆生の菩薩行を、全く架空的に観念的に取扱ふものである。即ち証果の受動的な大悲を受容する一面のみを固執して、動的一面たる受けて出で、出でゝ実践する面を無視したものであり、その結果は、現生に於ける吾等の菩薩行たる絶対行を不能にし、吾等をして小乗的残滓に止めしめる、正定聚的相対大乗に堕せしめ、現実的歴史的生活と仏教生活(即念仏生活)とを遊離せしめて、大乗仏教に於ける最高価値の表示たる不二の法門を妨げる結果となっているというのである。更に真宗正意として、不体失往生を語りつゝ、平生業成の正定聚位を以てこれに当て、滅度位の現証を意味せしめないのは、滅度をもつて肉体死を条件とするという、妄執に妨げられているからであつて、これ亦絶対大乗観に徹底を欠くからに外ならぬと難ずるのである。故にかゝる見解より、真宗が絶対大乗に徹底する為には、正定聚位を還相位へ転進せしむべきである。こゝに始めて小乗的残滓より転じて、絶対大乗へ脱皮することが出来、又現生に於て滅度を証り得るものであり、而してその滅度による還相への現行こそが、真実の絶対大乗へ脱皮する方法となるのであると述べている。かゝる考方によれば真宗に於て信一念に正定聚に住し、(不体失往生)彼の土に於て証果を開く(体失往生)という法門は、全く相対大乗の域を出でざる小乗仏教の残滓を止むるものに過ぎないことゝにより、従つて大乗仏教としての真面目を発揚する為には、此土現生に於ける獲信(絶対死)が即得往生であつて、それがそのまゝ滅度の証果でありと語り、この入滅土位より起動して還相利他の活動ありと談ぜねばならぬ。かような獲信即滅度、滅度即還相の法門に転開発展せしめねば親鸞教の真面目は見出されないことになるわけである。以上の如き信後還相の思想は、近時殊に若き知識人等の間に弄れるようであるが、その論理は寧ろ禅等に於ける法相を、哲学若しくは宗教哲学的オブラートに包み、以て真宗を批判せるものであつて、言語は新しいけれども、結局、古来伝えられる一益達解、滅度密益の異義の範疇を一歩も出ていないのである。(大原性実『真宗異義異安心の研究 真宗教学史研究第三巻』一九五六年、二八三~二八六頁)

 さらに、三木照国は、次のように述べています。

 還相のはたらきについて・・・現実において他者へのかかわりを強調しようとして、何とか「還相のはたらき」を実人生で「せねばならぬ」とすすめる人がある。しかしこれに対して宗祖はどう思われるだろうか。まずなぜ還相を浄土へ生まれてからの利益とされるのであろうか(『証文類』のように)を考えてみなければならぬ。浄土教は『歎異抄』に「浄土の慈悲といふは、念仏していそぎ仏になりて大慈大悲心をもて、おもふがごとく衆生を利益するをいふべきなり。今生にいかにいとをし不便とおもふとも存知のごとくたすけがたければ、この慈悲始終なし。・・・」と仰せられているように浄土に生まれる目的を「自由自在の他者救済」にあると教えられる。往生を願い欲する欲生心の訓に「成作為興の心なり」と出して成仏作仏する衆生済度のはたらきを為し還相の活動を興すにあると示されるのもこのためである。「他者へのかかわり」を叫びながら所詮「小慈小悲もなき身」であり、みずからを愛するところより脱しきれぬ自分の姿を如来のみ光の前に照らし出されてその身の現実を知るならばどうして「還相」をこの世で語り得ようか。(三木照國『三帖和讃講義』一九七九年、二七二~二七三頁)

 伝統的に宗学では獲信後、直ちに還相の利益を語ることを「信後還相の異義」としてきました。大原や三木の還相回向解釈は、この伝統的な解釈に依拠しています。
 「還相回向」という言葉の再解釈・読み込みとしては「還相社会学」は大変興味深く思います。しかし、「往還回向」と「社会学」とを結び付ける「還相社会学」は、学問としては可能でしょうか。
by jigan-ji | 2015-07-12 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[127]    2015年 07月 11日
 補遺[79] 3 曇鸞の教え ⅲ 往還回向の益

 正信偈講読[33](2013年8月22日)を補足します。

ⅲ 往還回向の益

【本文】
 往還回向由他力 正定之因唯信心 惑染凡夫信心發 証知生死即涅槃 必至无量光明土
 諸有衆生皆普化

【書き下し文】
 往還の回向は他力による。正定の因はただ信心なり。惑染の凡夫、信心発すれば、生死すなはち涅槃なりと証知せしむ。かならず無量光明土に至れば、諸有の衆生みなあまねく化すといへり。

【現代語訳】
 往相も還相も他力の回向であると示された。「浄土へ往生するための因は、ただ信心一つである。煩悩具足の凡夫でもこの信心を得たなら、仏のさとりを開くことができる。はかり知れない光明の浄土に至ると、あらゆる迷いの衆生を導くことができる」と述べられた。

【先徳の釈】
《六要鈔》
 「惑染」等とは、□問生死すなわち涅槃の証は深悟の機に約す。惑染の凡夫はたとえ信心を発しても、いかでかその証が得られようか。したがって今の教には、無相離念の義を明かさないで、煩悩・菩提は不二の悟である。どのようにして関わるのか。□答凡夫は直にこの理を証すというわけではなく、今の名号は万徳の所帰、仏果の功徳であり、能信の信心はまた他力より起こる。さらに凡夫自力の心行ではない。したがって信を発して、その名号を称すれば、不断煩悩の悪機であっても、法の功能に依ってこの理を備わるのである。「必至」等とは、かの土に生まれて、広く衆生を利することが自在であることをいうのである。(和訳六要鈔一三二頁、宗祖部二七一頁)

《正信偈大意》
 「往還回向由他力 正定之因唯信心」といふは、往相・還相の二種の回向は、凡夫としてはさらにおこさざるものなり、ことごとく如来の他力よりおこさしめられたり。正定の因は信心をおこさしむるによれるものなりとなり。「惑染凡夫信心発 証知生死即涅槃」といふは、一念の信おこりぬれば、いかなる惑染の機なりといふとも、不可思議の法なるがゆゑに、生死すなはち涅槃なりといへるこころなり。「必至無量光明土 諸有衆生皆普化」といふは、聖人(親鸞)、弥陀の真土を定めたまふとき、「仏はこれ不可思議光、土はまた無量光明土なり」(真仏土巻・意)といへり。かの土にいたりなばまた穢土にたちかへり、あらゆる有情を化すべしとなり。(註釈版一〇三三頁)


【講義】

◎往還回向由他力
 「往還回向由他力」は【現代語訳】に「往相も還相も他力の回向であると示された」とあります。
 「往還」とは往相・還相の略です。往相とは浄土へ往生する相(すがた・はたらき)。還相とは浄土から迷いの世界に還ってくる相をいいます。法然は「逆修説法」にて「導(善導・池田注)師ノ意ハ、自ラ先ヅ浄土ニ生ジテ菩薩ノ大悲願行ヲ満足シテ、而シテ後、還ツテ生死ニ入リテ、遍ク衆生ヲ度セント欲ス。即チ此ノ心ヲ以テ菩提心ト名ヅク」(『漢語燈録』巻七、拾遺部上四四二頁)と釈しています。
 『論註』には、「「回向」に二種の相あり。一には往相、二には還相なり。「往相」とは、おのが功徳をもつて一切衆生に回施して、ともにかの阿弥陀如来の安楽浄土に往生せんと作願するなり。「還相」とは、かの土に生じをはりて、奢摩他・毘婆舎那を得、方便力成就すれば、生死の稠林に回入して一切衆生を教化して、ともに仏道に向かふなり。もしは往、もしは還、みな衆生を抜きて生死海を渡せんがためなり。」(七祖篇一〇七~一〇八頁)と述べ、そして「かの浄土に生ずる」、衆生往生の因果、すなわち往相と、「かの菩薩・人・天の所起の諸行」、すなわち還相の働きは「みな阿弥陀如来の本願力による」(七祖篇一五五頁)と述べています。
 慧琳は「往還等トハ。此一句註論一部ノ骨髄ナリ。證文類ニ。註ノ大綱ヲ釈シテ。「宗師顕示大悲往還回向。慇懃弘宣他利々他深義」ト。イマノ句コノ意ヲ頌ス。此一句ハ。下五句ノ総標。次ノ正定等ノ二句ハ。往相ノ因。證知ノ句ハ往相ノ果。必至等ノ二句ハ還相ノ益トス。」(『帯佩』五四九頁)と釈しています。
 この「往還回向由他力」を証明するのが『論註』「覈求其本釈」の「三願的証」です。
 すなわち、曇鸞は『論註』「利行満足章」において『浄土論』に「菩薩はかくのごとく五念門の行を修して自利利他す。速やかに阿耨多羅三藐三菩提を成就することを得るがゆゑなり。」(七祖篇一五四頁)とある「速得」の理由について、「しかるに覈(まこと)に其の本を求むるに、阿弥陀如来を増上縁となす。(中略)おほよそこれかの浄土に生ずると、およびかの菩薩・人・天の所起の諸行とは、みな阿弥陀如来の本願力によるがゆゑなり。なにをもつてこれをいふとなれば、もし仏力にあらずば、四十八願すなはちこれ徒設ならん。いま的(あき)らかに三願を取りて、もつて義の意を証せん。」(七祖篇一五五頁)と述べ、『大経』の第十八願を引いた後、「仏願力によるがゆゑに十念の念仏をもつてすなはち往生を得。往生を得るがゆゑに、すなはち三界輪転の事を免る。輪転なきがゆゑに、ゆゑに速やかなることを得る一の証なり。」(七祖篇一五六頁)と述べ、次に第十一願を引いた後、「仏願力によるがゆゑに正定聚に住す。正定聚に住するがゆゑに、かならず滅度に至りて、もろもろの回伏の難なし。ゆゑに速やかなることを得る二の証なり。」(七祖篇一五六頁)と述べ、さらに第二十二願を引いた後、「仏願力によるがゆゑに、常倫諸地の行を超出し、現前に普賢の徳を修習せん。常倫諸地の行を超出するをもつてのゆゑに、ゆゑに速やかなることを得る三の証なり。」(七祖篇一五七頁)と述べ、第十八願、第十一願、第二十二願の三願を的証して、「往還回向由他力」を証明しました。
 親鸞は「行文類」他力釈に「他力といふは如来の本願力なり。」(註釈版一九〇頁)と述べるとともに、「証文類」に「しかれば、大聖の真言、まことに知んぬ、大涅槃を証することは願力の回向によりてなり。還相の利益は利他の正意を顕すなり。ここをもつて論主(天親)は広大無礙の一心を宣布して、あまねく雑染堪忍の群萌を開化す。宗師(曇鸞)は大悲往還の回向を顕示して、ねんごろに他利利他の深義を弘宣したまへり。仰いで奉持すべし、ことに頂戴すべしと。」(註釈版三三五頁)と述べています。
 『高僧和讃』「曇鸞讃」には、「弥陀の回向成就して往相・還相ふたつなり これらの回向によりてこそ 心行ともにえしむなれ」「往相の回向ととくことは 弥陀の方便ときいたり 悲願の信行えしむれば 生死すなはち涅槃なり」「還相の回向ととくことは 利他教化の果をえしめ すなはち諸有に回入して 普賢の徳を修するなり」(註釈版五八四頁)と和讃されています。
 「阿弥陀如来の本願力」を「他力」といい、その「他力」を「自力無功(じりきむこう)」(無功であって無効ではない)と説いたのは存覚の『六要鈔』(宗祖部二八一頁、和訳六要鈔一五〇頁)です。
 なお、隨慧は自力・他力の「名言」について、次のような問答を設けています。

 問。有人云フ。論註記 「難易之名、正シク此論文ニ在リ。自他二力、人師義立也」。アニシカリトセンヤ。ハタ皓據アリヤ。
 答。二力ノ名言、豈今師ノ始創ナランヤ。元魏ノ菩提流支ノ訳スル宝積経論第一十六号云フ。「彼ノ心、四種縁、四種因、四種力以テ而シテ能ク生ス。乃至何等四力。一者自力。二者他力。三者因力。四者修行力。此ノ中自力ハ、自ノ力ヲ以テノ故ニ楽欲シ、阿耨多羅三藐三菩提心ヲ発スニ堪フ。是ヲ自力ト名ク。他力トハ他所勧ヲ以テ発心セシム。是ヲ他力ト名ク。前ニ習フ所ノ大乗善法ハ、是因力ト名ク。現在法中、知識ニ親近シ、長夜ノ中ノ聞思等、正法ヲ習行シ、善息マズハ、是ヲ修行力ト名ク。」流支ハ浄教ヲ授クルノ師ナリ。所釈ノ論亦奉崇スヘシ。名言此ニトルコト明矣。
 又十地論第一八号ニ自力弁才他力弁才ノ言アリ。亦鸞師ノ所覧ナルヘシ。其ノ義ハ如来ノ本願力ヲ他力ト名ク。経ニ言フ「其仏本願力」(三経七祖部二六頁)、又云フ「本願力故」(三経七祖部一九頁)。又云フ「願力所成」(三経七祖部五五頁)。又云フ「宿願力故」(三経七祖部六〇頁)。龍樹云フ「帰命本願力」(三経七祖部二六〇頁)。天親云フ「観仏本願力」(三経七祖部二七〇頁)。シルヘシ。(『説約』四〇六頁)


◎正定之因唯信心
 「正定之因等」以下の三句は往相の益を示します。「正定之因唯信心」は【現代語訳】に「「浄土へ往生するための因は、ただ信心一つである」とあります。
 「正定之因」とは、正定聚に入る因の意です。「信文類」には「信楽といふは、(中略)この心はすなはち如来の大悲心なるがゆゑに、かならず報土の正定の因となる。」(註釈版二三四~二三五頁)とあり、『尊号真像銘文(略本)』には「正定の因といふは、かならず无上涅槃のさとりをひらくたねとまふすなり。」(宗祖部五七一~五七二頁)とあります。月筌は「正定」とは「往相所得の果なり、謂く阿毘跋致なり」(『勦説』四〇頁)と釈し、隨慧は「正定之因ノ一句ハ、上ノ彰一心ノ句ニ応ス。正定之因トハ、正定聚之因ナリ。唯信心トハ、餘業ヲカラサルコトヲ顕ハス。」(『説約』四〇七頁)と釈しています。
 「唯信心」とは、信心ひとつという意であり、浄土に往生する因は信心によるとの意です。『論註』巻頭の「「易行道」とは、いはく、ただ信仏の因縁をもつて浄土に生ぜんと願ずれば、仏願力に乗じて、すなはちかの清浄の土に往生を得、仏力住持して、すなはち大乗正定の聚に入る。正定はすなはちこれ阿毘跋致なり。」(七祖篇四七頁)や、巻末の「他力の乗ずべきことを聞きて、まさに信心を生ずべし。」(七祖篇一五七頁)に拠ります。
 さらに『執持鈔』には、「往生浄土のためにはただ信心をさきとす、そのほかをばかへりみざるなり。往生ほどの一大事、凡夫のはからふべきことにあらず、ひとすぢに如来にまかせたてまつるべし。」(註釈版八五九~八六〇頁)と述べています。


◎惑染凡夫信心発
 「惑染凡夫信心発」は【現代語訳】に「煩悩具足の凡夫でもこの信心を得たなら」とあります。
 「惑」はまどうことで煩悩を意味し、「染」は染まる、染みつくの意で、「惑染」とは煩悩の異名です。僧叡は「所縁を了せざるを惑と名く。浄心を汚穢するを染という。」(『要訣』四八〇頁)と釈し、隨慧は「惑ハ煩悩ニ名ク。染ハ染汚。又染礙ナリ。惑染ニヨルカ故ニ、生死涅槃不二ト達スルコトアタハス。然ニ今信心開発スレハ、仏智ノ不思議トシテ、生死スナハチ涅槃ト信知セシムルナリ。」(『説約』四〇八頁)と釈しています。
 「真仏土文類」には「惑染の衆生」(註釈版三七一頁)とあります。ゆえに「惑染凡夫」とは煩悩具足の機を示します。『論註』には「凡夫人ありて煩悩成就する」(七祖篇一一一頁)とあり、『往生礼讃偈』には「自身はこれ煩悩を具足する凡夫」(七祖篇六五四頁)とあり、『念仏正信偈』には「煩悩成就の凡夫人」(註釈版四八七頁)とあり、『歎異抄』「後序」には「煩悩具足の凡夫」(註釈版八五三頁)とあります。
 「信心発」とは、煩悩にまみれた凡夫が信心ひとつで涅槃のさとりを開くことができるとの意で、他力回向の信です。『浄土論』には「もろもろの衆生の淤泥華を開くがゆゑなり。」(七祖篇三八頁)とあり、『論註』には「「淤泥華」といふは、『経』(維摩経)に、「高原の陸地には蓮華を生ぜず。卑湿の淤泥にすなはち蓮華を生ず」とのたまへり。これは凡夫、煩悩の泥のなかにありて、菩薩のために開導せられて、よく仏の正覚の華を生ずるに喩ふ。」(七祖篇一三七頁)とあり、『散善義』に「すなはち衆生の貪瞋煩悩のなかに、よく清浄の願往生心を生ずるに喩ふ。」(七祖篇四六八頁)とあるのは、この義です。恵空は「信心発と言ふは、宜しく発信心と云ふ。字法亦上に云ふ如し。」(『略述』二五頁)と釈しています。


◎証知生死即涅槃
 「証知生死即涅槃」は【現代語訳】に「仏のさとりを開くことができる」とあります。
 「証知」とは、さとるという意であり、僧叡は「証知」は「信知」に対すと述べ(『要訣』四八〇頁)、隨慧は「今証知ト云ハ、信心開発スレハ、現ニコノ理ニカナフ徳アルコトヲ得。」(『説約』四〇八頁)と釈しています。
 「生死即涅槃」とは、『論註』に「「無礙」とは、いはく、生死すなはちこれ涅槃と知るなり。かくのごとき等の入不二の法門は、無礙の相なり。」(七祖篇一五五頁)とあり、『高僧和讃』「曇鸞讃」には「本願円頓一乗は 逆悪摂すと信知して 煩悩・菩提体無二と すみやかにとくさとらしむ」「往相の回向ととくことは 弥陀の方便ときいたり 悲願の信行えしむれば 生死すなはち涅槃なり」(註釈版五八四頁)と讃じ、『入出二門偈頌』には「煩悩成就せる凡夫人、煩悩を断ぜずして涅槃を得、すなはちこれ安楽自然の徳なり。」(註釈版五四九頁)と頌しています。
 親鸞はなぜ「生死即涅槃」という表現をしたのかについて、『六要鈔』では問答をもうけて「□問生死すなわち涅槃の証は深悟の機に約す。惑染の凡夫はたとえ信心を発しても、いかでかその証が得られようか。したがって今の教には、無相離念の義を明かさないで、煩悩・菩提は不二の悟である。どのようにして関わるのか。□答凡夫は直にこの理を証すというわけではなく、今の名号は万徳の所帰、仏果の功徳であり、能信の信心はまた他力より起こる。さらに凡夫自力の心行ではない。したがって信を発して、その名号を称すれば、不断煩悩の悪機であっても、法の功能に依ってこの理を備わるのである。」(和訳六要鈔一三二頁、宗祖部二七一頁)と述べています。凡夫は「生死即涅槃」の「理」を直に証するわけではなく、「法の功能に依ってこの理を備わる」といいます。
 若霖も「然るに是の如きの教理は聖道の極則なり、今偈に何ぞ取りて此に用ふることを為すや、宗致と相関はらざるに似たり、謹んで祖意を按ずるに、弘願の宗旨にして、方に是の如きの不二法門を語るべし、聖道は即ち是教ありて即ち是証なきが故に」(『文軌』六五頁)と述べています。この「生死即涅槃」は聖道門の教理のように思われます。先学も「中観哲学的、四論の学匠的表現」(『迎法憧』五四三頁)と述べています。
 隨慧は「文類偈云フ。「信心開発スレバスナハチ忍ヲ獲、生死スナハチ涅槃ナリト証知ス」(註釈版四八八頁)忍トハ無生法忍ナリ。無生法ニ於イテ安忍スルヲ無生法忍ト名ク。無生ノ法トハ生死即涅槃ナリ。此ノ法小智ノ安忍スルトコロニ非ス。信心ノ智慧ニイリテコソ、無上涅槃ヲ期スル身トハナルナレ。凡夫ノ境界ニアラサル無上涅槃ヲウヘシト信知スルヲ無生忍ト云フ。是ヲ証知生死即涅槃ト云フ。スナハチ獲忍ノ相ナリ。」(『説約』四〇八頁)と、「証知生死即涅槃」は「獲忍ノ相ナリ」と釈しています。

by jigan-ji | 2015-07-11 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[126]    2015年 07月 08日
 補遺[78] 3 曇鸞の教え ⅱ 論註釈の功

 正信偈講読[32](2013年8月21日)を補足します。

【本文】
 天親菩薩論註解 報土因果顯誓願

【書き下し文】
 天親菩薩の『論』(浄土論)を註解して、報土の因果誓願に顕す。

【現代語訳】
 天親菩薩の『浄土論』を註釈して、浄土に往生する因も果も阿弥陀仏の誓願によることを明らかにし、

【先徳の釈】
《六要鈔》
 「天親」以下の四行八句は、『論註』の意に依ってほぼその意を述べる。「論註解」とは、上に引くところの迦才師の釈に見える。(和訳六要鈔一三二頁、宗祖部二七一頁)

《正信偈大意》
 「天親菩薩論註解 報土因果顕誓願」といふは、かの鸞師(曇鸞)、天親菩薩の『浄土論』に『註解』(論註)といふふみをつくりて、くはしく極楽の因果、一々の誓願を顕したまへり。(註釈版一〇三二~一〇三三頁)

【講義】

◎天親菩薩論註解
 「天親菩薩論註解」は【現代語訳】に「天親菩薩の『浄土論』を註釈して」とあります。
 『六要鈔』には、「「天親」以下の四行八句は、『論註』の意に依ってほぼその意を述べる」とあります。『論註』の意とは、「おほよそこれかの浄土に生ずると、およびかの菩薩・人・天の所起の諸行とは、みな阿弥陀如来の本願力によるがゆゑなり。なにをもつてこれをいふとなれば、もし仏力にあらずは、四十八願すなはちこれ徒設ならん。」(七祖篇一五五頁)と、往相・還相等しく仏力によるとあるを指します。
 「天親菩薩論註解」は、曇鸞が天親の『浄土論』に註釈を施したことを指します。迦才の『浄土論』(大正藏経第四十七巻九七頁)には「注解天親菩薩往生論、裁成両巻。」(「浄土五祖伝」拾遺部上四八〇頁)とあります。
 普門は「この一句(天親菩薩論註解・池田注)の文点」について、「或ひは云ふ。天親菩薩の論の註解。この時、註解の二字、能釈の名となすなり。又或点は、論を註解して、この時また上のごとし。二字能釈の名となす。また点に云く。天親菩薩の論註に解す。この時、解の一字、下の七句に蒙クラし。しかれば六要並びに諸鈔、皆註解と云ふなり。解の字、下の七句にわたる、これを見よ。私の錬磨なり。この義を存す。論註解の三字、文言穏便歟云々。」(『發覆』二〇三頁)と釈しています。さらに、恵空は、「論註解とは、或ひは註解の二字、句頭にあるへし。字法前に云ふ如し。又直に釈題名と為す。此の時ハシテトヨマズ。論註解ニトヨムヘシ。」(『略述』二五頁)と釈しています。普門は「論註解の三字、文言穏便歟」といい、恵空は迦才の『浄土論』のように「註解天親菩薩論」であるべきだといいます。この点について恵然は「蔵字法」「蔵字格」(『會鈔』三〇四~三〇五頁)に言及しています。隨慧は「註解トハ註疏解釈。通塞解締。故ニ註解ト云フ。略シテ論註ト称ス。」(『説約』四〇三頁)と釈しています。
 親鸞はこの「注解」の内容を『高僧和讃』「曇鸞讃」に「天親菩薩のみことをも 鸞師ときのべたまはずは 他力広大威徳の 心行いかでかさとらまし」(註釈版五八三頁)、「論主の一心ととけるをば 曇鸞大師のみことには 煩悩成就のわれらが 他力の信とのべたまふ」(註釈版五八四頁)と和讃し、『浄土論』の「世尊我一心」(七祖篇二九頁)の「一心」を、他力の信心であると明かしています。
 『念仏正信偈』では「天親菩薩『論』註解 如来本願顕称名(天親菩薩の『論』(同)を註解して、如来の本願、称名に顕す。)」(宗祖部四四九頁、註釈版四八七頁)とあります(大原性実『正信偈講讃』二二四頁)。
 曇鸞は天親の『浄土論』を註解しました。その著を一般に『浄土論註』『往生論註』『論註』などと呼びならわしています。しかし親鸞は「真仏土文類」(註釈版三五七頁)にて『註論』、『浄土文類聚鈔』にて「曇鸞菩薩の『註論』」(註釈版四八四頁)と表記しています。さらに親鸞は釈尊の説かれた経は「言」、菩薩の説かれた論は「曰」、人師の説かれた釈は「云」の字を用いていますが、『論註』については「行文類」(宗祖部三五頁)、「信文類」(宗祖部六六頁)、「証文類」(宗祖部一〇四・一〇五頁)や『浄土三経往生文類』(宗祖部五四四・五四五頁)にて「曰」の字を用い、人師である曇鸞を菩薩として敬っています。なお、『論註』を「論」として尊重して扱うのは道綽の『安楽集』(三経七祖部三八七、四二九頁)や源信の『往生要集』(三経七祖部七八二頁)にも見られます(渡辺顯正『正信念仏偈講述』一八四~一八五頁)。
 なお『念仏正信偈』は「天親菩薩『論』註解」の次句は「如来本願顕称名」(宗祖部四四九頁)とあります。この点について恵然は「文類偈は如来の本願称名を顕わす。今偈これを略す。若ししかれば行を闕いて而して信を立てるや。謂ふ。行を闕けるに非ず、唯信と云ふ故に。唯は無外の称の故に。唯の言の中に所信を摂すならくのみ。」(『會鈔』三〇五頁)と釈しています。


[補遺] 『教行信証』の同訓異字―言・曰・云について―
 鳥越正道は『教行信証』において引文を記述する場合に引文を導く「言」「曰」「云」等を総称して〈引文導入語〉と命名しています(『最終稿本教行信証の復元研究』一四六頁)。
 中村元は、この〈引文導入語〉の「言・曰・云」の三文字は、引用文を導く場合に、引用文の種類(経・論・釈)によって使い分けられていることが、以前から指摘されているといい、現行の注釈書、山辺習学・赤沼智善『教行信証講義』と、江戸時代の宗学者、香月院深励の『教行信証講義』の解説を引用しています(中村元「『教行信証』の同訓異字(一)―言・曰・云について―」『教学研究所紀要』第七号)。
 ちなみに、中村は次のように引用しています。

  ここに餘義を述ぶる前に一言せねばならぬことがある。それは我祖が経論釈の文を引き給うについて、経言、論曰、釈云、と言曰云の使いわけを厳重になされていることである。この文字の使い分けは本典六軸中、厳重に守られている。(山辺習学・赤沼智善『教行信証講義』二二八頁)

  曰とは。仏教には言の字。菩薩の論には曰の字。人師の釈には云の字をつかふが定りなり。爾らば、略文類(親鸞著『浄土文類聚鈔』)にはこの差はなきか。略文類には論釈を引くに。共に云の字がつかふてある。これはいかなる訳ぞといふに。ここらがくわしき所で。言曰云の三字で分くるのは。経論釈を一連に並べるときに。これからが菩薩の論。これからが人師の釈と分かる符牒に。言曰云の三字をつかひわけるなり。(香月院深励『教行信証講義』〈仏教大系刊行会編『教行信証』翻刻〉六三四頁)

 その上で、中村は、『教行信証』の引用文の前と自釈部分において親鸞が書き記した「言・曰・云」の用法を詳細に調査し、例外はあるものの、この三文字には次の使い分けがあると指摘しています。

 「言」・・・・①出典を示して「経」を引用する。
        ②「経・論・釈」を問わず「言・・・者」(と言ふは)の形式で文字や語句を叙述対象として         取り上げる。
        ③右の①の場合は「ノタマフ」、②の場合は「イフ」の訓を持つ。

 「曰」・・・・①出典を示して「論」を引用する。
        ②「経・論・釈」を問わず文字や語句を説明叙述の結果、ゆえにそう名づけられることを示す。
        ③右の①②の場合ともに「イフ」の訓を持つ。

 「云」・・・・①出典を示して「釈」を引用する。
        ②右の「言」②、「曰」の②以外の用法で用いる。
        ①右の①②の場合ともに「イフ」の訓を持つ。

 なお鳥越は『教行信証』における「〈引文導入語〉中の言・曰・云使用次第」総数三四五箇所中、その例外箇所は十九箇所、総数の約五・五%であり、そのほとんどは、親鸞がその使用において統一することができなかったためと思われると述べています。また、「化身土文類」にて『末法灯明記』を引用するに当たって「曰」を使用していることから、比較する用例はないが、親鸞が意図的に「曰」を使用した可能性はあり得るといい、『末法灯明記』を「論」として取り扱ったとも考えられるのである、と述べています。(『最終稿本教行信証の復元研究』二一五~二一六頁)
 ちなみに、親鸞は『正信念仏偈』並びに『念仏正信偈』の「偈前の文」において、「作正信念仏偈曰」(宗祖部四三頁)、「作『念仏正信偈』曰」(宗祖部四四七頁)と「曰」の字を用いています。


◎報土因果顕誓願
 「報土因果顕誓願」は【現代語訳】に「浄土に往生する因も果も阿弥陀仏の誓願によることを明らかにし」とあります。
 「報土」とは、法蔵菩薩の五劫思惟の願と、それを成就するための兆載永劫の修行の結果としてできている世界という意味です。聖道の諸師方は弥陀の身土を謬解して化仏・化土と判じたのに対して、弥陀の身土は、法蔵菩薩が煩悩成就の凡夫を必ず救うという願を建てたことが因で、その願が完成して浄土が建立されたことが果であると示されました。
 『浄土論』や『論註』には「報土」の語はありません。弥陀の浄土が報土であると示されたのは道綽です。
 『安楽集』第一大門「三身三土」に、「問ひていはく、いま現在の阿弥陀仏はこれいづれの身ぞ、極楽の国はこれいづれの土ぞ。答へていはく、現在の弥陀はこれ報仏、極楽宝荘厳国はこれ報土なり。」(七祖篇一九一頁)と述べています。善導は『玄義分』に、「問ひていはく、弥陀の浄国ははたこれ報なりやこれ化なりや。答へていはく、これ報にして化にあらず(是報非化)。」(七祖篇三二六頁)と述べ、「おほよそ報といふは因行虚しからず、さだめて来果を招く。果をもつて因に応ず、ゆゑに名づけて報となす。」(七祖篇三二七頁)と述べています。
 「報土」の語を用いたのはすでに『論註』に、「この三種の莊嚴成就は、本四十八願等の清浄願心の荘厳したまへるところなるによりて、因浄なるがゆゑに果浄なり。」(七祖篇一三九頁)や、「おほよそこれかの浄土に生ずると、およびかの菩薩・人・天の所起の諸行とは、みな阿弥陀如来の本願力によるがゆゑなり。なにをもつてこれをいふとなれば、もし仏力にあらずは、四十八願すなはちこれ徒設ならん。」(七祖篇一五五頁)と、その因願酬報して出来た浄土であると説き示されていると見て、「報土」の語を用いたと思われます(『深励』一六四頁)。
 「真仏土文類」には「つつしんで真仏土を案ずれば、仏はすなはちこれ不可思議光如来なり、土はまたこれ無量光明土なり。しかればすなはち、大悲の誓願に酬報するがゆゑに、真の報仏土といふなり。」(註釈版三三七頁)とあり、『唯信鈔文意』には「真実信心をうれば実報土に生るとをしへたまへるを、浄土真宗の正意とすとしるべしとなり。」(註釈版七〇七頁)とあり、『親鸞聖人御消息』には「いまこの安楽浄土は報土なり。」(註釈版七五六頁)とあり、『一念多念文意』の「実報土」の左訓には「アンヤウジヤウドナリ」(宗祖部六一九頁、註釈版六九四頁)とあります。
 隨慧は「報土トハ因願酬報ノ土ナリ。(中略)廣クハ玄義ニ釈スルカコトシ。浄影・天台・等ノ他師、化身化土ノ判釈アルニ依テ、光明大師縷々ニコレヲ弁シタマヘリ。註家(曇鸞・池田注)ノ時コレラノ異論ナキ故ニ、顕ニソノ判釈ナシト云ヘトモ、論ニハ蓮華蔵世界ト名ケ、三種ノ成就ハ願心荘厳スト説キ、註論ニハ「四十八願等ノ清浄願心ノ荘厳シタマヘルトコロナルニヨリテ、因浄ナルガ故ニ果浄ナリ」(七祖篇一三九頁)ト云ヘリ。判シテ報土トシタマフコト分明ナリ。」(『説約』四〇四頁)と釈しています。
 「報土因果」の四字については、報土と因果の二つと見るか、報土の因と報土の果と見るか等々の問題があります(浜田耕生『正信念仏偈の研究』八八頁以下)。今は、衆生が浄土に往生する因と果の意で解釈するのが良いと思います。
 従来、この「因果」は二つの意味で解釈されてきました。一つは、報土建立の因果(因位の願行と果上の三種荘厳)であり、二つには報土往生の因果(往生の因と菩提の果)です。
 普門は、「因果は二義有り。一に報土について因果を論ず。二に衆生得生の因果についてこれを論ず。初めの報土の因果は、因はこれ法蔵願心、浄仏国土の行因なり。果は法蔵願心の剋果なり。故に因果共に一願心に在るゆゑなり。論註、仏土の荘厳を釈する時、上、仏の因位に約してこれを説く、下、その果体に約してこれを釈す。故に因果顕誓願と云ふなり。(中略)次に衆生得生の因果についてこれを論ずとは、それ衆生往生の因は、これ第十八願なり。又衆生得生の果は、第十一願ゆゑなり。論註に云く、おほよそこれかの浄土に生ずると、およびかの菩薩・人・天の所起の諸行とは、みな阿弥陀如来の本願力によるがゆゑなり。いま的アキらかに三願を取りて義の意を証せん云々。この三願は上に述べる。十八・十一・二十二 しかれば則ち生因これ本願なり。得果本願力なり。」(『發覆』二〇四~二〇六頁)と釈しています。
 ところで、法蔵菩薩が仏になる因果と衆生が往生する因果の関係が、古来より「他作自受」の問題として取り上げられてきました。
 親鸞は「信文類」に「しかれば、もしは行、もしは信、一事として阿弥陀如来の清浄願心の回向成就したまふところにあらざることあることなし。因なくして他の因のあるにはあらざるなりと、知るべし。」(註釈版二二九頁)と述べ、さらに、「証文類」に「それ真宗の教行信証を案ずれば、如来の大悲回向の利益なり。ゆゑに、もしは因、もしは果、一事として阿弥陀如来の清浄願心の回向成就したまへるところにあらざることあることなし。因浄なるがゆゑに、果また浄なり、知るべしとなり。」(註釈版三一二~三一三頁)と述べています。また、『浄土文類聚鈔』には「しかれば、もしは因、もしは果、一事として阿弥陀如来の清浄願心の回向成就したまふところにあらざることあることなし。因浄なるがゆゑに、果また浄なり、知るべし。」(註釈版四八二頁)と述べ、さらに、「しかれば、もしは往、もしは還、一事として如来の清浄願心の回向成就したまふところにあらざることあることなし、知るべし。」(註釈版四八三頁)と、往還の二回向も「如来の清浄願心の回向成就」であると述べています。
 「顕誓願」とは、誓願とは法蔵菩薩の誓いであり、四十八願の意です。「顕誓願」とは浄土に往生する因も果も阿弥陀仏の誓願にもとづくものであると明かしたという意です。


[補遺] 「他作自受」について
 「他作自受」の問題について、少し考えてみたいと思います。
 仏教は因果の道理を説きます。自因自果、自業自得(自作自受)は因果の鉄則といわれます。親鸞も「自業自得の道理」(『正像末和讃』註釈版六一一頁)と述べています。
 『大乗義章』卷九には「仏法には自作にして他人の報を受くること有ることなく、亦他作して自己の果を受くることなし」(大正大蔵経第四四巻六三六頁)と説いて、業道の正理は「自作自受」であり、「他作自受」「自作他受」のあるべからざることを教えています。
 今問題となる「他作自受」とは、親鸞の他力往生の教えは、仏の方からいえば「自作他受」であり、衆生の方からいえば「他作自受」であり、正しい因果の法則に背くのではないかとの批判を指します。
 この批判に対して村上速水は、次のように述べています。

  煩をいとわず、重ねてこの間の事情を要約するならば、真宗に於ける他力往生義は、(一)法蔵が発願修行して自ら阿弥陀仏という覚体を成ずること(自作自受)、(二)弥陀は正覚の全体を施名して衆生に回向する(廻自向他)、(三)衆生はその果号を領受して、信心の因をもって往生の果を得る(自因自果)、という三つの段階を経て完うされるのである。しかるに他作自受の難を加える人は、法蔵菩薩の発願修行と衆生の往生とを直ちに結びつけて論じているのであるから、批判そのものが論理的欠陥を含んでいるといわなければならないので、『大乗義章』にとくところの他作自受とは、内容的に相違のあることが確認されなければならない。されば真宗の他力往生義は他作自受の難をうけるべき性質のものでなく、それまでも自作自受に非ざるがゆえにいわれるならば、合理的他作自受とでもいうべきであろうか。(『親鸞教義の研究』一八五~一八六頁)

 村上は「真宗の他力往生義」は「合理的他作自受」であるといいます。はたしてこの「合理的他作自受」で、「他作自受」は因果の法則に背くのではないかとの批判に応えたことになるのでしょうか。
 この村上の「合理的他作自受」の見解に対して、佐藤三千雄は「他作自受の問題」(『伝道院紀要』第二〇号)にて、〝名号は仏の名号でありながら衆生が貰い受くべきものだから、貰っても少しも不合理でない。親の財産を子が貰って何がおかしいか〟といった「他作自受」理解は、「他作自受ということの含んでいる問題性を真面目に深めることなく、合理的他作自受というような極めて曖昧な概念をこしらえて、むしろこの問題を回避する」ものであると批判し、さらに「人格的思考」を例示します。

  有的な同一性ではなく、人格的な連帯性のなかにこそ他作自受は成立する。仏と人の間に同一性はない。にもかかわらず、仏は「もののみとなり」給い、衆生との連帯を成就された。これによって私の仏に対する関係は一変し、私の「意識の転換」が始まる。自力から他力へとひるがえる。自作自受的な主体が転換するのである。(佐藤三千雄「教学における思考の問題」、『真宗教学の諸問題』二五頁)

 佐藤は真宗の救済論が「他作自受」であることを否定していません。そうかといって「合理的他作自受」ともいいません。「他作自受」の「思考法」を問題にすべきであるといいます。
 佐藤の指摘は適切であると思います。では「他作自受」との批判に、いかに応えるべきでしょうか。
 村上は、「親鸞教義の一大特色である他力廻向義は、わずらわしい論理の手続きを経て組立てられたものではなく、極めて現実的な自己自身の信仰体験によって直観的に把握せられたものと思われる。自力行の破綻絶望、地獄必定という厳粛な現実の自己の中に、はからずも恵まれた往生成仏の確信。その不思議な出来事の中に、親鸞は廻向法としての阿弥陀仏力を感得したものと考えられる。」(『親鸞教義の研究』一〇七頁)といいます。
 さらに谷口龍男は「親鸞における遇の概念」(『他力思想論攷』九一頁)にて、村上速水の言葉を引用して「体験的直観的に把握されたと思う」と述べています。
 すなわち、親鸞にとっての「他力回向」は、「極めて現実的な自己自身の信仰体験によって直観的に把握せられたもの」(村上速水)であり、「人格的な連帯性のなかに」(佐藤三千雄)、「体験的直観的に把握された」(村上速水・谷口龍男)ものに思います。
 かつて源哲勝は「体験の極致においては自作他作の論は泯滅する」(「浄土業因に於ける自作・他作の問題に就いて」『龍谷学報』第三一〇号)と述べていますが、あえて、この「体験的直観」「体験の極致」を分析すれば、二つの意味があるように思います。
 その一つ(A)は、「師法然」=「弥陀の化身」との把握です。この意味での「体験的直観」は、あくまでも「自作自受」です。しかし二つ(B)に、「師法然」が「弥陀の化身」と把握されたとき、本願成就文の「至心回向」を「至心に回向せしめたまへり」と読みかえねばならなくなり、この読みかえを必然とする「体験的直観」は「他作自受」で表現せざる得ないのではないかと思います。
 なお、「他作自受」の詳細については、村上速水『親鸞教義の研究』、佐藤三千雄「他作自受の問題」(『伝道院紀要』第二〇号)、同「教学における思考の問題」(『真宗教学の諸問題』所収)、河智義邦「親鸞浄土教批判論の諸相―「他力回向論」批判を中心に―」(『日本浄土教の形成と展開』)等を参照して下さい。


[補遺] 他力救済と自己責任
 〝他力救済は無責任思想である〟という批判があります。すなわち、他力回向は他業自得であり、因果応報という自己責任を否定するものである。阿弥陀仏は、どんな極悪人であっても極楽に往生させてくれるということになると、因果応報は帳消しになってしまう。だから、他力救済は、殺人だろうが、なんだろうが、やりたいことをやってかまわないという、無責任な危険思想である(宮元啓一『インド死者の書』一九九七年)、という批判です。
 さらに、〝他力主義〟は、自己の知性と責任を放棄させ、〝造悪無碍〟や日本特有の無責任主義を生み出す源になる。現代社会において、まず何よりも必要なものは、独立した個人が、自らの知性によって、考え疑い判断し、そして最後に、自らの責任において行為することを説く〝自力主義〟である(松本史朗『法然親鸞思想論』二〇〇一年)とも主張されます。
 たしかに、親鸞在世当時、親鸞の説いた他力の教えを曲解して、造悪無碍に走った門弟が存在したと思われます。しかし、親鸞の『教行信証』「信文類」所引の『論註』八番問答の第五問答中の「なんぢただ五逆罪の重たることを知りて、五逆罪の正法なきより生ずることを知らず。」(註釈版二九八頁)や、同「信文類」所引の『観経四帖疏』抑止門の「已造業・未造業」の議論(註釈版三〇二~三〇三頁)、さらに、『親鸞聖人御消息』の「薬あり毒を好めと候ふらんことは、あるべくも候はずとぞおぼえ候ふ。」(註釈版七三九頁)などからも、親鸞は、〝造悪無碍〟を批判こそすれ、肯定することなど有り得ないことは容易に知られます。
 『正像末和讃』には「自力諸善のひとはみな 仏智の不思議をうたがへば 自業自得の道理にて 七宝の獄にぞいりにける」(註釈版六一一頁)と和讃しています。
 他力救済が曲解されると無責任思想と誤解されるおそれはありますが、他力救済は、決して無責任思想ではありません。
 なお、「自力主義・他力主義」に関しては、松本史朗『法然親鸞思想論』、袴谷憲昭『法然と明恵』(一九九八年)、宮元啓一『インド死者の書』、安藤光慈「『唯信鈔』と『唯信鈔文意』―松本史朗氏の論考について―」(『仏教から真宗へ』)等を参照して下さい。
by jigan-ji | 2015-07-08 01:02 | 聖教講読