浄土真宗本願寺派


住職の池田行信です。
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カテゴリ:聖教講読   
  • 正信偈講読[98]
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正信偈講読[98]    2015年 03月 26日

 慧琳『正信念仏偈駕説帯佩記』1776年(『真宗全書』第39巻524頁)

 補遺㊿ 「信心正因・称名報恩」について

 正信偈講読[26](2013年8月2日)を補足します。

 「報恩」に関して「信心正因」と「称名報恩」の関係をどう理解すべきかが問題となります。この点について先学は、「従来は信心正因と称名報恩の関係について、信心正因を示さんがための称名報恩であり、称名報恩を示さんがための信心正因であるとせられている。つまり、称名は唯報恩の行業であるのみにして、なんら果に対して力用がないという義が確立して、よく信心正因の義が克明になるというのである。これは、自力の称名を否定するための表現であろうが、このような表現は称名が正定業であることを軽視する誤解を招くこともある。自力の称名を嫌うあまりに、報謝の称名が強調せられ、それがそのまま正定業であることが等閑にならないよう注意する必要がある。すなわち、念仏は正定の業だけれども称える心は報恩であるというよりも、念仏は正定の業なればこそ称える心は報恩でしかないという表現がより適切となるであろう。」(村上速水『正信念仏偈讃述』1985年、130頁)と述べています。
 また、慧琳の「世人動モスレハ念仏マフサント思フハ。自力策厲ナリト嫌フ者アリ。他力ノ信ニ催サレテ。念仏マフサントオモヒタツハ。何カハ自力ノ企ナラン。故ニ弥陀大悲ノ誓願ヲフカク信センヒトハミナ等(註釈版609頁・池田注)トノタマフ。唯能常称ト云フハ此ノ意ナリ」(慧琳『正信念仏偈駕説帯佩記』1776年、『真宗全書』第39巻524頁)との指摘に留意したく思います。
by jigan-ji | 2015-03-26 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[97]    2015年 03月 25日
 補遺㊾ 「支那」について

 正信偈講読[23](2013年7月28日)を補足します。

 かつて、「支那」という文字が差別語であるかどうか問題になりました。この「支那」という文字について、中村元は次のように述べています。

 中華人民共和国でも、自分の国のことを Peoples Republic of China と称するから、シナという名は、彼ら自身の用いているものである。だが「支那」という文字を日本人が書くと、「チャンコロ」という蔑称と同じようにひびくからいけない、と彼ら自身が言う。しかし「支那」という漢字はもともとシナ民族自身の用いたものである。明版の一切経には禅籍を含めているが、「支那撰述」と記している。また非常に古い時代に、シナ人が「支那」と書いている(『大慈恩寺三蔵法師伝』第三巻、大正蔵、五〇巻、二三六ページ下、二四六ページ上、二四七ページ上)。他方、漢訳仏典で「中国」といえば、ガンジス河流域のことである。隣国の人々に対して社交的礼儀のうえから「中国」という呼称を用いるのはさしつかえないが、学問上の論議をする場合には「中国」というあいまいな表現は避けるべきである。(『シナ人の思惟方法』8~9頁)

 中村は「漢訳仏典で「中国」といえば、ガンジス河流域のことである。」と述べています。この意味での「中国」が七祖の上にもいくつか散見されます。『論註』(七祖篇69頁)、『安楽集』(七祖篇246頁)、『往生要集』(七祖篇892頁)などを参照して下さい。
 この「支那」という語の語源は、古代インド人が当時の中国である秦をCina(シナ・支那)と呼称したものであるといわれます。また、仏教用語の「震旦」は梵語Cina―sthanaの音写です。Cina(チーナ)は秦の音写で、シナのこと。sthana(スターナ)は場所・地域の意です。このスターナは、今日、パキスタンやウズベキスタンなど、「~スタン」という国名中にも知られます。
 また、中村は「社交的礼儀のうえから「中国」という呼称を用いるのはさしつかえないが、学問上の論議をする場合には「中国」というあいまいな表現は避けるべきである。」と述べています。
 中国の民族政策を考えるとき、この中村の指摘は重要に思います。すなわち、戦後の近代化において、ソ連共産党は「ソビエト人」という民族を超えるアイデンティティを主張しました。中国もまたその近代化において「中華民族」という新たな民族意識を形成しようとしているようです。しかし、「中華民族」をつくるとなれば、当然、ウイグル人、チベット人、モンゴル人をも包摂するための同化政策を推進しなければなりません。これまで完全な同化を果たしたのは女真族(満州族)で、独自の言語もなくなってしまいました。中国共産党が伝統的な中華帝国の「漢人」と限りなく重なる「中国人」をイメージすることは自由ですが、うまくかさならないところもあるように思います(池上彰・佐藤優『新・戦争論-僕らのインテリジェンスの磨き方-』文春新書、2014年、52~53、96頁参照)。
by jigan-ji | 2015-03-25 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[96]    2015年 02月 17日

   『正信念仏偈師資發覆鈔』(真宗全書第39巻132頁)

 補遺㊽ 無称光-言語の境界に超えたる光-

 正信偈講読[11]の「無称光」を補足します。

(ⅺ)無称光(説きつくすことができず、言葉もおよばない光)
 神光、相を離れたれば、名づくべからず。ゆゑに仏をまた無称光と号けたてまつる。光によりて成仏したまへば、光赫然たり。諸仏の歎じたまふところなり。ゆゑに頂礼したてまつる。(『讃阿弥陀仏偈』七祖篇163頁)

 無称光と申すは、これも、「この不可思議光仏の功徳は説き尽くしがたし」と釈尊のたまへり。ことばもおよばずとなり。このゆゑに無称光と申すとのたまへり。しかれば、曇鸞和尚の『讃阿弥陀仏の偈』には、難思光仏と無称光仏とを合して、「南無不可思議光仏」とのたまへり。この不可思議光仏のあらはれたまふべきところを、かねて世親菩薩(天親)の(以下原本十行欠落)(『弥陀如来名号徳』註釈版731~732頁)

 ことばをもつて説くべからざれば「無称光仏」と号す。『無量寿如来会』(上)には、難思光仏をば「不可思議光」となづけ、無称光仏をば「不可称量光」といへり。(『正信偈大意』註釈版1025頁)

 『述文賛』では「無称光仏 また余乗等説くこと堪ふるところにあらざるがゆゑに。」(註釈版370頁))と釈しています。「余乗」とは仏以外の声聞・縁覚・菩薩等の教えを意味します。『顕名鈔』には「神光相をはなれてなづくべきところなし、はるかに言語の境界にこえたるがゆへなり。こころをもてはかるべからざれば難思光仏といひ、ことばをもてとくべからざれば無称光仏と号す。『無量寿如来会』には難思光仏をば「不可思議光」となづけ無称光仏をば「不可称量光」といへり」(歴代部335~336頁)と釈しています。『大経』(十二光)の「難思光」「無称光」が『如来会』(十五光)の「不可思議光」「不可称量光」に該当するというわけです。曇鸞の『讃阿弥陀仏偈』には「不可思議光に南無し、一心に帰命し稽首して礼したてまつる。」(七祖篇177頁)とあり、『如来会』には「不思議光」「不可称量光」(三経七祖部196頁)とあります。
 普門は「問。無称光の義、如何。答。無称とは言語を絶するゆえに。(中略)言語の相を出でたるなり。(中略)但し興(憬興・池田注)・浄(浄影・池田注)・玄一・共に言相を離れる義これ同じ。」(『發覆鈔』真宗全書第39巻132頁)と釈し、無称光は言語の境界に超えた光であると述べています。(中西智海『顕浄土真仏土文類講讃』50・226頁参照)
by jigan-ji | 2015-02-17 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[95]    2015年 02月 14日

 『正信念仏偈師資發覆鈔』(真宗全書第39巻88頁)

 補遺㊼ 釈尊は伝説の師・弥陀は能救の師

 正信偈講読[3]を補足します。
 親鸞は『正信念仏偈』の「偈前の文」において「仏恩の深恩なるを信知して、「正信念仏偈」を作りていはく」(註釈版202~203頁)と述べています。『念仏正信偈』(註釈版485頁)も同様です。
 普門(1636~1692、高田派の学僧)はその著『正信念仏偈師資發覆鈔』にて、この「仏恩」の仏とは釈迦か弥陀かと問い、次のように論じています。

 問。仏恩とは何仏や。答。一義に云ふ。二尊を指すか。既に二尊教と云ふ故に釈迦に通ず。善導云く。今釈迦仏の末法の遺跡たる弥陀の本誓願、極楽の要門に逢へり(七祖篇298頁)。又云く。釈迦仏の開悟によらずは、弥陀の名願いづれの時にか聞かん(七祖篇587頁)。矣 一義に云ふ。仏恩とは弥陀の恩なり。釈尊はこれ伝説の師、弥陀仏は能救の師故に云々。況んや下の偈文、みな弥陀一仏に約してこれを嘆ず。所列の諸高僧、亦弥陀の恩を報ず。報土に生ずる故に云々。(真宗全書第39巻88頁)

 依経段は弥陀を讃える一段と釈迦を讃える一段からなっています。その意からすれば親鸞にとって「偈前の文」における「仏恩」とは、弥陀と釈迦の「二尊」と解するのが穏当に思います。
 普門は「二尊」を「釈尊はこれ伝説の師」「弥陀仏は能救の師」と釈しています。この普門の二尊の解釈は、かつてR・ブルトマンが指摘した「史的イエス」と「宣教のキリスト」(信仰上のキリスト)の解釈を先取りするものです。江戸宗学における、「史的ブッダ」と「信仰上のアミダ」の議論の嚆矢とも言えましょうか。
 ※なお、この弥陀・釈迦二尊に関しては正信偈講読[6]も参照して下さい。
by jigan-ji | 2015-02-14 10:50 | 聖教講読
正信偈講読[94]    2015年 02月 13日

(『正信念仏偈略述』真宗全書第39巻72頁)

 補遺㊼ 説筆次第之義

 正信偈講読[38]を補足します。
 恵空は「開入本願大智海」の「開入は(傍)観念法門(七祖篇638頁)開示悟入なり。」(真宗全書第39巻70頁)と釈しています。『玄義分』には「長劫の苦因を開示し、永生の楽果に悟入せしむ。」(七祖篇300頁)とあります。
 さらに恵空は、この「悟入」について、「問。悟入は愚者の鏡に非ず、爾れば宗義に違う、如何。答。悟は深智を云ふに非ず、証知(宗祖部45頁)の証の如く、又証得往生(三経七祖部514頁)の証の如き。ただ疑惑心無きを悟と云ふ。即ち明了仏智の明了。」(真宗全書第39巻70頁)と釈しています。
 慧琳は「開入等ノ二句ヲ。略文類ニハ「入涅槃門値真心」(宗祖部450頁)ノ一句ニ頌ス。涅槃門即念仏[舟讃曰。念仏即是涅槃門(三経七祖部720頁)]ナレバ。入涅槃門ハ開入ノ句ニ同シ。値真心ハ正受ノ句ニ同シ」(真宗全書第39巻570頁)と釈しています。
 「大智海」とは、弥陀の「本願」、すなわち仏智を海に譬えて「大智海」といいます。善導の『往生礼讃』「初夜讃」には「弥陀の智願海は、深広にして涯底なし。」(七祖篇671頁)とあります。この「本願大智海」を、親鸞は『唯信鈔文意』に「仏の智願海」(註釈版700頁)と語っています。

 「慶喜一念相応後」の「相応後」とは、『玄義分』に「妙覚および等覚の、まさしく金剛心を受け、相応する一念の後、果徳涅槃のものに帰命したてまつる。」(七祖篇298頁)とあるのを転用したものです。すなわち、一念慶喜の他力の信心を得た後との意です。
 恵空はこの「相応後」の後を、「今信とは本願相応の一念に三忍を獲。実に信と倶なる時、得忍すと雖も、説筆次第の義によって後と云ふなり。」(真宗全書第39巻72頁)と釈しています。

 「與韋提等獲三忍」に関して、韋提の得忍をどこで語るかは重要な意味をもっています。すなわち、聖道の諸師は韋提希は『観経』の「得益分」(註釈版116頁)で「無生忍」を得たと解釈しました。しかし、善導は『玄義分』にて、『観経』では釈迦が定散の要門の教えを説き、弥陀が弘願の教えを説いたと解釈し(七祖篇300~301頁)、「安楽の能人」たる弥陀の弘願の利益である「無生忍」を、「韋提の得忍は、出でて第七観の初めにあり」(七祖篇332頁)と、第七華座観で「無生忍」を得たと解釈しました。
 恵空はこの「華座観」における韋提の見仏について、『涅槃経』を引用し、「見に二種有る。一つには眼見、二つには聞見。文 昔、韋提の眼見の益。今、我等の聞見の益なり。」(真宗全書第39巻73頁)と釈しています。
by jigan-ji | 2015-02-13 13:40 | 聖教講読
正信偈講読[93]    2015年 02月 12日

   『正信念仏偈略述』(真宗全書第39巻62頁)

 補遺㊻ 礼菩薩・註解論

 正信偈講読[31][32]を補足します。
 恵空は「曇鸞讃」の「常向鸞処菩薩礼」の「菩薩礼」と「天親菩薩論註解」の「論註解」について、次のように釈しています。

 菩薩礼とは、迦才の云く。梁国の天子蕭王、恒に北に向かって曇鸞菩薩と礼す文。爾レハ、今、礼の字、菩薩の上にあるへし。但し義に違い無し。喩えば遊戯園林と云ふべきと雖も、而して園林遊戯地門と云ふが如し。亦大悲伝普化と云ふが如し。知るへし。但しまた礼菩薩と云ふ。(『正信念仏偈略述』真宗全書第39巻62頁)

 論註解とは、或ひは註解の二字、句頭にあるへし。字法前に云ふ如し。又直に釈題名と為す。此の時ハシテトヨマズ。論註解ニトヨムヘシ。(『正信念仏偈略述』真宗全書第39巻63頁)

by jigan-ji | 2015-02-12 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[92]    2015年 02月 08日
 補遺㊺ 大哲学者としての龍樹


 J、ネルー『インドの発見 上』(岩波書店、昭和44年、第14刷)


 カール・ヤスパース『佛陀と龍樹』(理想社、1978年、第11刷)

 正信偈講読[24]を補足します。
 インドの初代首相はジャワーハルラール・ネルーです。ネルーは独立運動にかかわり何度も投獄され、投獄生活は通算10年に及びますが、アフマッドナガル要塞の監獄で、1944年4月から9月にかけての5カ月の間に執筆したのが『インドの発見』です。
 同著にて「いかにしてヒンドゥー教はインドにおいて佛教を吸収したか」など興味深い議論をしていますが、「佛教哲学」の項では龍樹を高く評価し、次のように述べています。

 初期佛教の最も偉大な思想家中のあるものは霊魂の存在に関して佛教の執った不可知論的態度から離れ、それを完全に否定した。傑れた知性に輝く一団の人々の中にあって、ナーガールジュナ(龍樹)はインドが生んだ最大の人物の一人としてぬきんでている。彼は西紀の初めころ、カニシカ王の治下に生存し、大乗仏教の教義の組織的説述は、主として彼の力に依ったものである。(以下略) (『インドの発見 上』223頁)

 さらにドイツの実存哲学者カール・ヤスパースはその著『大哲学者たち』(1957年)にて佛陀と龍樹を取り上げています。その翻訳本が峰島旭雄訳『佛陀と龍樹』(ヤスパース選集5、1960年、理想社)です。
 ヤスパースは同著で、「仏教は、そこここで抑圧されはしたが、仏教のほうから暴力をふるったことは一度もなく、ドグマを押しつけたこともなかった。仏教の歴史に宗教戦争なく、宗教裁判なく、組織された教会の世俗的な政治もなかった。」(99~100頁)と述べています。
by jigan-ji | 2015-02-08 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[91]    2015年 01月 25日

 恵空『正信念仏偈略述』(『真宗全書』第39巻所収)


 義本弘導『いつでも、どこでも、お念仏』(百華苑、平成25年度用)

 補遺㊹ 結果を先取りして言う

 正信偈講読[6]を補足します。
 恵空は「法蔵菩薩因位時」を釈して、「広く仏徳を讃す。先ず因時を明かし、次に果上を嘆ず」と述べ、『大経』の「勝因勝行勝果」の三段では「法蔵比丘」「かの比丘」「比丘」など「法蔵」を「比丘」と呼んでおり、「勝報段の初め」に至って「法蔵」を「法蔵菩薩」(註釈版27頁)と呼んでいる。にもかかわらず『正信念仏偈』では「勝因発願」を挙げる時に「法蔵菩薩因位時」と、「法蔵」を「比丘」と呼ばずに「菩薩」と呼んでいるのは「経の説相に違う」ではないかと問いを出し、二義をもって次のように答えています。

 一に謂う。これ発願時の位、凡識に非ざる故に。比丘と云わざる歟。比丘の名多く凡位下位に在る故に。二に謂う。菩薩は後の時の称なり。この菩薩、前時、比丘の時願を発すなり。後の時の号を呼んで、前の時の願を明かす。弥陀選択の本願と云うが如き云々。又菩薩の称、たとえ時を違うと雖もその人、実の大士なり。何ぞ乖くところ有る乎。(『正信念仏偈略述』7頁、『真宗全書』第39巻所収)

 第一義は「凡識に非ざる故」であるといいます。そして、第二義は「後の時の号を呼んで、前の時の願を明かす」といいます。
 『浄土和讃』「讃阿弥陀仏偈和讃」にも「弥陀成仏のこのかたは いまに十劫をへたまへり」(註釈版557頁)とあります。「成仏」とは仏になる意ですから、本来は「法蔵成仏のこのたかは」とならなければいけないわけですが、「後の時の号を呼んで、前の時の願を明かす」表現になっています。
 私たちの日常生活の中でも、本来は「水を沸かす」のですが「お湯を沸かす」と言ったり、「お米を炊く」のですが「ご飯を炊く」というように、元々のものより、結果のほうが大事だから、結果を先取りして言う言い方があります(義本弘導『いつでも、どこでも、お念仏』3~5頁、平成25年度用)。

by jigan-ji | 2015-01-25 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[90]    2015年 01月 07日

 宮崎哲弥『仏教教理問答』

 補遺㊸ 「請求」と「許諾」(その2)

 正信偈講読[89]の続きです。『仏教教理問答』(株式会社サンガ、2012年2月、第2刷)に収められた宮崎哲弥氏と釈徹宗氏の対論は、直接、「請求」(しょうぐ)と「許諾」(こだく)の問題に言及したやりとりではありませんが、関連していますので紹介します。

宮崎 「本物の念仏」と「偽物の念仏」とを分かつものは何ですか?
釈 念仏が自らの行、自らの功徳だとしている限りは偽物で、自分が称えた南無阿弥陀仏が仏の呼び声になるっていうのが本物、ですね。「南無」は、サンスクリット語のナマス、あるいはパーリ語のナモで・・・・・・。
宮崎 ヒンディー(語)の挨拶、「ナマステー」のナマスですね。
釈 そうです。ナマステの原義もたぶん、「あなたのことを信頼してます」あたりかと思うんですけれど。マナスは帰命って訳されています。平たくいうと「おまかせします」って意味ですよね。「阿弥陀」はアミターバ(限りない光)とアミターユス(限りない生命)から成る言葉です。「南無阿弥陀仏」は「この世界に満ち満ちる限りない光と限りない生命の働きにおまかせしていきます」となる。このように自らの生き方を称えるというスタイルは、おそらくかなり初期から世界各地の仏教で実践されてきたと思われます。しかし、真宗では「おまかせします」じゃなくて、「まかせてくれよ」と仏に呼ばれるという転換がなければ本物じゃないと説きます。
宮崎 主客の転倒があるか否かが要点だと。つまり、どうしようもなく主体でしかない「この私」が、弥陀に呼びかけられることで客体に転じ得るか・・・・・・。
釈 そうです。
宮崎 そこが浄土門の宗教経験の核なのですね。(以下略)(44~45頁)

宮崎 そこがよくわからない点なんですよね。真宗が説く絶対他力往生の思想からすると、例えば称名念仏をしたり、あるいは仏恩報謝の行をなすことに能動性は認められないのでしょうか。また逆に、もしそこに何らかの能動性を認められるとすれば、それは自力の要素が残っているとはいえないのでしょうか。
釈 皆さんに少しご説明を(笑)。もともと「仏を念ずる」という瞑想の修行だった念仏は、称名念仏(仏の名を称える)へと移行します。誰もが実践できる易行への展開です。しかし、真宗では称名念仏における主体の能動性を否定します。つまり、念仏は自分の行ではなく、仏への感謝(仏恩報謝)だとなります。こうして、徹底して他力の立場に立とうとするのは真宗という宗教の特性です。そこを宮崎さんは「何と言おうと念仏は主体的行為じゃないか」と指摘されたわけです。また、信心や念仏が救済の前提だとすれば、それは他力の仏教として不徹底ではないのか、というお話でした。でも、「自分が称えた念仏による功徳で往生する」という立場を自力念仏とするのであって、報謝の念仏は自力じゃないとなります。そして、今、宮崎さんがするどく指摘したのと同じ事態が真宗教団ではしばしば起こります。つまり、ちょっとでも自力っぽい匂いがしたら拒否反応を示す仏教なのです。それでも仏教である限り、仏道を歩むというところがなければ成立しないです。
宮崎 では先ほどの「自他の転換」というのは、あくまでも結果としてあるべき態様であって、やはり最小限の阿弥陀如来に対する働き掛け、発心(気づき)の契機は要るわけですね。
釈 そうですね。働き掛けや発心というより、出会いと言えるでしょうか。だって実際に何の縁もゆかりもないのに、とつぜん真宗の信仰に目覚めるってあえり得ないじゃないですか。何らかの、真宗の教えや阿弥陀仏との出会いがあって、そこで他力の仏教の世界が開けて、「考えてみたえらぜんぶ仏縁だった」と、もう一度読み返す。そしたら自分の力じゃなかったのがわかる。そういう文脈です。(49~51頁)

 他力信心における「自覚」「意識」の問題、さらに、他力信心における「能動性」「主体的行為」と「自力の要素」の問題は、心理的視点からは「非意業」の問題、さらに、論理的視点からは「他作自受」の問題と関連して、なかなか難しいテーマに思います。



by jigan-ji | 2015-01-07 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[89]    2015年 01月 06日

 信楽峻麿『親鸞の真宗か 蓮如の真宗か』

 補遺㊷ 「請求」と「許諾」(その1)

 正信偈講読[4]において、「なお、浄土真宗本願寺派の宗学では、この「帰命=たのむ」の釈は、祈願請求の義ではなく、信順許諾の義で理解されなければならないとされます(稲城選恵『正信偈講讃』二一三・二六九頁、『新編 安心論題綱要』等参照)。」と記しました。しかし、この請求と許諾については、次のような意見もありますので補足しておきます。

  江戸宗学の理解
 ことに西本願寺では、江戸時代の末に三業惑乱という信心をめぐる騒動、事件があり、蓮如の言った「たのむ」ということも自力だと言い、論争したのです。ところが東本願寺は、そういう三業惑乱というのは、まったく経験しておりませんから、「たのむ」というのは「請求」(しょうぐ)だと言う。これは江戸宗学の理解です。
 「たのむ」とは、お願いをするということで、「たすけたまへとたのむ」というのは請求(おねがい)だと、これは仏教の読み方で「しょうぐ」と言いますが、これが東本願寺の蓮如解釈であります。
 ところが西本願寺は、請求というのは自力だというので、西本願寺の伝統教学では、「許諾」(こだく)と言います。許し承諾すると言う。「たのむ」というのは、阿弥陀仏が「たすけてやろう」、どうぞ「たすけさせてくれ」と、阿弥陀仏が私に対してそうおっしるから、それでいいでしょう、どうぞおまかせします、ということだというので、蓮如の「たのむ」とは「許諾」(まかす)だというように解釈します。「たのむ」いったら「たのむ」ということなんでしょうがね。
 それで、西本願寺は「請求」というのを嫌って「許諾」、まかせると解釈する。全部まかせるというのは、相手に責任をなすりつけることで、自分は何も責任をとらない。今日に語られている真宗信心とは、そういう無責任な理解になっている。だから、真宗念仏者における社会的な行動規範は何も語られることがないのです。(信楽峻麿『親鸞の真宗か 蓮如の真宗か』26~27頁、2014年)
by jigan-ji | 2015-01-06 01:02 | 聖教講読