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浄土真宗本願寺派


住職の池田行信です。
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カテゴリ:聖教講読   
  • 正信偈講読[85]
    [ 2014-11-25 09:07 ]
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    [ 2014-06-28 01:02 ]
正信偈講読[85]    2014年 11月 25日

 『親鸞の価値哲学』

 補遺㊳ 「非意業の信心」について〈4〉

 この「他力信心非意業の説」に対して、山崎教正師は『親鸞の価値哲学』(2003年6月)にて、次のように述べています。

人が起すところの信心は勿論のこと、仏より与えられる他力の信であれ、それらは広い意味での心経験-意識作用であるのに違いはないのであるから、それを非意業と断定し一切の意業を拒否する教学は真に十全なものと言えるであろうか。果たして、宗学者の中からも「在来の会通と異なれる解明がなされて然るべきではないであろうか。一箇の研究課題として学者の再検討を期待したい」(大原性実『真宗異義異安心の研究』381頁・池田注)という発言もなされているのである。(4~5頁)

真宗で説く信心は既に述べたように、名号の謂われ(本願の勅命)を無疑・無慮に聞-信して仏願に信順・全托する、いわゆる他力の信心であって、そこには自己の意識を働かせる(意業)ことがあってはならない非意業の信心であるというのが宗学の定説であるからである。従って、自己の意識を働かせた信心というのは自心建立・自力運想の自力の信心であるとして排斥せられることになる。しかし、この自己の思慮分別によって形成される自力の信心ということから、広くあらゆる意識作用をも排斥せねばならぬということは、信心という明白な意識作用そのものを否定してしまうという矛盾を露呈するものではないかという疑問も当然起りうるのである。ここは、論理的視点と心理的視点に分けて更に考察を進めるべきであろうと考える。(117頁)

 さらに、山崎師は「宗学では信心を心理学的に研究するということ、仏教学の範囲内では唯識学を用いることをも避けてきた。」(21頁)と述べています。
 「如来回向の他力の大信心」を「衆生の思量分別」や「凡夫の意業分別」「自己の思慮分別」と同列に論じることは〝勿体ない〟〝おそれ多い〟という意味で、「自己の意識を働かせた信心」=「自力の信心」や「他力の大信心」=「非意業の信心」というのであれば、その「自力」や「非意業」と表現した思いは充分理解できましょう。
 しかし、「禅の脳科学的研究」や精神医療と宗教の垣根を越えた連携を目指す学会が創立され、医療と宗教の協力が求められている今日、「非意業」の名の下に、「他力の大信心」は「広い意味での心経験-意識作用」や「広くあらゆる意識作用」を「排斥」「拒否」「否定」しなければならないとしたら、現代の科学的知見との対話は困難となりましょう。
 「非意業の信心」、言い換えれば、「一切の意業を拒否する教学」に対する、大原師の「一箇の研究課題として学者の再検討を期待したい」や、山崎師の「論理的視点と心理的視点に分けて更に考察を進めるべきであろう」との指摘は、一考に値すると思います。
by jigan-ji | 2014-11-25 09:07 | 聖教講読
正信偈講読[84]    2014年 11月 24日

 『真宗大辞典』巻三

  補遺㊲ 「非意業の信心」について〈3〉

 『真宗大辞典』の解説から三業惑乱以降、「信心」は「非意業」と理解されてきたことが知られます。
 さらに『真宗大辞典』は「非意業」とする理由を、次のように解説しています。

 然らば他力の信心は意業に非ずとする理由如何と云ふに、この問題について諸学匠は種々の意見を発表せられた。大瀛の金剛錍巻上(二七丁)の説明に拠るに、三業はみな行に属するものにして皆造作の相なり、他力の信心は機の運想造作を離れたるものなるが故に、意業に非ずとする意見の如くである。又道隠の簡濫五條(前に引抄したる文意)に拠れば、他力の信心は仏智なり仏心なるが故に、衆生の意業の思量にわたるものに非ずとする如くである。又曇龍は他力の信心は仏の勅命のままを領受して深く信じたる心であつて、衆生の思量分別を容れざる心なるが故に意業に属すべきに非ずとせられたと云ふ(曇龍の孫弟たる赤松連城より聞く所に拠る)又利井鮮妙の意業非意業之論に拠るに師は非意業なる所以を説くに三の理由を以てして、一に極促の一念なるが故に、謂く信の一念は唯仏與仏の知見なる至極短かき時間なるが故に、凡夫の意業分別を容るる暇がない、二に意業は麁分別の故に、謂く信の一念は凡夫の覚知し難き程の極促幽微の一念なれば、麁き意業分別なきは当然である、三に意業なるものは浮沈存亡がある、浮沈存亡ある意業を以て信体となさば心不断とは云はれぬ、故に信一念は存没増微なき非意業なるべきであるとしてゐる。又足利義山の真宗百題啓蒙の一念両釈の題下には信一念は意業に非ざることを述て『意の字、倶舎には思量の義とし、俗典には心の所発とす、業とは造作の義なれば何れも無疑無慮無作の他力回向に適せざれば意業の名を用ゆべからず』と云て、信の一念は衆生の思量分別を離れて、ただ仏の願力を聞信するのみなれば、意業とすべきではないとしてある。石川舜台の真宗安心之根本義、宗学院論輯第九輯に出づ。(第3巻1813頁)

 以上から、「他力信心非意業の説」を要約すれば、「起行は身口意に亙る行業なれども、安心は身口意三業の外に立つもの」であり、「無疑無慮無作の他力回向」は「衆生の思量分別を離れ」ており、「意業とすべきではない」となりましょう。(次回に続く)
by jigan-ji | 2014-11-24 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[83]    2014年 11月 23日

 『真宗大辞典』

 補遺㊱ 「非意業の信心」について〈2〉

 他力の「信心」と凡夫の「自覚」「意識」の問題を考えるとき留意しておきたいのは、「他力の信心は三業中の意業に非ず」という「他力信心非意業の説」です。
 『真宗大辞典』(昭和47年11月改訂再刊)は、次のように解説しています。

 非意業の信心  他力の信心は三業中の意業に非ずとするを云ふ。顧るにこの非意業説は寛政年中已後、真宗学界に於て創唱せられたものである。蓋し寛政年中に至つて本派の学林に於る謂ゆる三業帰命の安心が盛んに唱へられ、吾人の意業に於て後生たすけ給へと願ふを安心なりとしたるを以て之に反抗したる一派は正統の安心を闡明せんが為に、他力の信心は意業に非ずと主張するに至つたのである。故にそれ已前に於ては信心は意業なりや非意業なりやの議論はなかつたようである。大瀛の十六問尋通釈之弁には『たのむといふは意業にもあらず三業にもあらざること見るべし』(真宗全書七二の九九頁)とある。又同師の子三月書上安心書細説には『安心起行作業と申事、安心は次の文に顯はされ候通、信心歓喜乃至一念にて御座候。起行と申は行者身口意のはたらきにかけて修行するを申候。作業は其上の行作を申事に御座候。然れば起行作業に対して唯心に信ずる歓喜の一念を安心と名けられ候。安心と申す事は曾て三業の勤にわたり申さざる旨、此文明白に御座候』(真宗全書七一の二九六頁)と云ひて、起行は身口意に亙る行業なれども、安心は身口意三業の外に立つものとしてゐた。同師の横超直道金剛錍巻中及び宗極論にも同様の意味を記載してある。又大瀛と同時の学匠たりし道隠は三業安心と正統安心との相濫ずる点五箇條を列挙して、其の差別を鮮明せられたる簡濫五條には信と意業と相濫ずる事の一條を設け、信心は意業に非ざることを説明して『凡そ性相の定むる處は、意は業には非れども意は身口の業を発するが故に意思業と名けて、三業は一具にして作業にわたること倶舎唯識等に明すが如し。又独意業と云ふことあれどもこれは律家の所談なり。然れば意業と云ふは三業一具の発業にあり、信心とは信の心所と談じて意思業と信の心所と差別すること性相の通判すらかくの如し。況んや如来回向の他力の大信心豈凡夫の意思業に同じからんや。今家相承するところ三業は仏恩報謝の行門に在て之を談じ、信一念は行者の意業をしも論ぜんや、三業にかかはるべきに非ず(中略)明に知ぬ信楽開発の一念帰命は意業に非ず、仏智の名号のいはれを信念執持するのみ。然ればその信心とはすなはち仏智なり、仏心なり、行者三業相応の意業にあらざる事知るべし』とある。されば他力信心非意業の説は大瀛道隠の始て明かに唱へしものであると云ふべし。(第3巻1812頁) (次回に続く)

by jigan-ji | 2014-11-23 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[82]    2014年 11月 19日


 『曽我量深選集』第5巻

 補遺㉟ 「非意業の信心」について〈1〉

 かつて金子大栄師、曽我量深師は異安心と批判されました。
 金子師は、その問題とされた『浄土の観念』(大正14年2月刊行)にて「夫で之からの話の順序は、大体今申した事を言葉をまとめて申しますれば、浄土といふものは我々個人の自覚にとってどういう意味を持って居るかといふ方面を先づ第一に簡単にお話しようと思ひます。」(4頁)と述べています。
 また、曽我師は問題とされた「如来表現の範疇としての三心観」(昭和2年5月刊行、『曽我量深選集』第5巻所収)にて「それでお話する標準といふものはどこに置くのか、詰まり自分に置くのであります。(中略)詰まり愚な自分が首肯くまで自分に話して聞かせて、そうして愚な自分が成る程と受け取って呉れる迄話をしたいと思ふのであります。」(155頁)と言い、「私は『唯識』の阿頼耶識といふのは、即ち『大無量寿経』に説いてある所の弥陀の因位としての法蔵菩薩であると思ふ。」(157頁)、「自分は愚直であるものだからして、其の法蔵菩薩といふものゝ正態を、どうしても自分の意識に求めて行かないといふと満足出来ない。」(158頁)と述べています。
 金子、曽我両師は、因位としての法蔵と、果位としての浄土を、「個人の自覚」(金子)、「自分の意識」(曽我)の上に確認しようとして、異安心との批判を受けたのでした。
 では他力の「信心」と凡夫の「自覚」「意識」の関係は、どのように考えたらよいのでしょうか。 (次回に続く)

by jigan-ji | 2014-11-19 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[81]    2014年 11月 13日



 補遺㉞『教行信証』の同訓異字―言・曰・云について―

 正信偈講読[32]を補足しておきます。
 鳥越正道氏は『教行信証』において引文を記述する場合に引文を導く「言」「曰」「云」等を総称して〈引文導入語〉と命名しています。(鳥越正道『最終稿本教行信証の復元研究』平成九年十二月十五日、一四六頁)
 中村元氏は、この〈引文導入語〉の「言・曰・云」の三文字は、引用文を導く場合に、引用文の種類(経・論・釈)によって使い分けられていることが、以前から指摘されているといい、現行の注釈書、山辺習学・赤沼智善『教行信証講義』と、江戸時代の宗学者、香月院深励(一七四九~一八一七)の『教行信証講義』の解説を引用しています。(中村元「『教行信証』の同訓異字(一)―言・曰・云について―」、『教学研究所紀要』第七号、一九九九年三月)
 ちなみに、中村氏は次のように引用しています。

ここに餘義を述ぶる前に一言せねばならぬことがある。それは我祖が経論釈の文を引き給うについて、経言、論曰、釈云、と言曰云の使いわけを厳重になされていることである。この文字の使い分けは本典六軸中、厳重に守られている。(山辺習学・赤沼智善『教行信証講義』二二八頁)

曰とは。仏教には言の字。菩薩の論には曰の字。人師の釈には云の字をつかふが定りなり。爾らば、略文類(親鸞著『浄土文類聚鈔』)にはこの差はなきか。略文類には論釈を引くに。共に云の字がつかふてある。これはいかなる訳ぞといふに。ここらがくわしき所で。言曰云の三字で分くるのは。経論釈を一連に並べるときに。これからが菩薩の論。これからが人師の釈と分かる符牒に。言曰云の三字をつかひわけるなり。(香月院深励『教行信証講義』〈仏教大系刊行会編『教行信証』翻刻〉六三四頁)

 その上で、中村氏は、『教行信証』の引用文の前と自釈部分において親鸞が書き記した「言・曰・云」の用法を詳細に調査し、例外はあるものの、この三文字には次の使い分けがあると指摘しています。

 「言」・・・・①出典を示して「経」を引用する。
       ②「経・論・釈」を問わず「言・・・者」(と言ふは)の形式で文字や語句を叙述対象として取り上げる。
       ③右の①の場合は「ノタマフ」、②の場合は「イフ」の訓を持つ。

 「曰」・・・・①出典を示して「論」を引用する。
       ②「経・論・釈」を問わず文字や語句を説明叙述の結果、ゆえにそう名づけられることを示す。
       ③右の①②の場合ともに「イフ」の訓を持つ。

 「云」・・・・①出典を示して「釈」を引用する。
       ②右の「言」②、「曰」の②以外の用法で用いる。
       ①右の①②の場合ともに「イフ」の訓を持つ。

 なお鳥越氏は、「〈引文導入語〉中の言・曰・云使用次第」総数三四五箇所中、その例外箇所は十九箇所、総数の約五・五%であり、そのほとんどは、親鸞がその使用において統一することができなかったためと思われると述べています。また、「化身土文類」にて『末法灯明記』を引用するに当たって「曰」を使用していることから、比較する用例はないが、親鸞が意図的に「曰」を使用した可能性はあり得るといい、『末法灯明記』を「論」として取り扱ったとも考えられるのである、と述べています。(鳥越正道『最終稿本教行信証の復元研究』二一五~二一六頁)
by jigan-ji | 2014-11-13 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[80]    2014年 10月 31日

  『真宗聖教全書』第三巻

 正信偈講読[8]を補足します。
 蓮如は『正信偈大意』にて「十二光仏」を詳説していますが、その解説は存覚の『顕名鈔』の「十二光仏」の解説に依拠しています。

第一に無量光仏といふは、利益の長遠なることをあらはす。過・現・未来にわたりてその限量なし、かずとしてさらにひとしきかずなきがゆへなり。第二に無辺光仏といふは、照用の広大なる徳をあらはす。十方世界をつくしてさらに辺際なし、縁としててらさずといふことなきがゆへなり。第三に無礙光仏といふは、神光の障碍なし相をあらはす。人法としてよくさふることなきがゆへなり。礙にをいて内外の二障あり。外障といふは山河・大地・雲霧・烟霞等なり、内障といふは貪・瞋・癡・慢等なり。光雲無礙如虚空の徳あればよろづの外障にさへられず、諸邪業繋无能礙者のちからあればもろもろの内障にさへられず。かるがゆえに天親菩薩(浄土論)は「尽十方無礙光如来」と讃じたまへり。第四に无対光仏といふは、ひかりとしてこれに相対すべきものなし、もろもろの菩薩のをよぶところにあらざるがゆへなり。第五に炎王光仏といふは、または光炎王仏と号す、光明自在にして无上なるがゆへなり。『大経』(巻下)に「猶如火王焼滅一切煩悩薪故」ととけるは、このひかりの徳を嘆ずるなり。火をもてたきぎをやくにつくさずといふことなきがごとく、光明の智火をもて煩悩のたきぎをやくに、さらに滅せずといふことなし。三途黒闇の衆生も、光照をかうぶりて解脱をうるはこのひかりの益なり。第六に清浄光仏といふは、无貪の善根より生ず、かるがゆへにこのひかりをもて衆生の貪欲を治するなり。第七に歓喜光仏といふは、无瞋の善根より生ず、かるがゆへにこのひかりをもて衆生の瞋恚を滅するなり。第八に智慧光仏といふは、无痴の善根より生ず、かるがゆへにこのひかりをもて衆生の无明の闇を破するなり。第九に不断光仏といふは、一切のときに、ときとして照らさずといふことなし、三世常恒にして照益をなすがゆゑなり。第十に難思光仏といふは、仏をのぞきてよりほかは、この光明の徳をはかるべからざるがゆへなり。第十一に无称光仏といふは、神光相をはなれてなづくべきところなし、はるかに言語の境界にこえたるがゆへなり。こころをもつてはかるべからざれば難思光仏といひ、ことばをもつてとくべからざれば无称光仏と号す。『無量寿如来会』(巻上)には難思光仏をば「不可思議光」となづけ、无称光仏をば「不可称量光」といへり。第十二に超日月光仏といふは、日月はただ四天下をてらして、かみ上天におよばず、しも地獄にいたらず、仏光はあまねく八方上下をてらして、障碍するところなし、かるがゆへに日月に超えたり。(『真宗聖教全書』第三巻三三四~三三六頁)

by jigan-ji | 2014-10-31 12:03 | 聖教講読
正信偈講読[79]    2014年 10月 07日


 正信偈講読[20]の「即横超載五悪趣」を補足します。

 親鸞の教判には真仮偽判と二双四重判があります。
 普賢大圓は「教判論」について、「教判は一代仏教に於ける自宗の地位を明かにすると共に、自餘の諸宗が自宗に対して如何なる意味をもつかを明瞭にするものである。それ故に、教判の完備を期するためには、(一)分類、(二)取捨、(三)統合の三原則を必要とする。(中略)この三原則を聖人の教判に配当すれば、かの「二雙四重の教判」の如きは分類を主として他の二原則を含み、「真仮偽の分別」の如きは取捨を主として他の二原則を含み、「一乗海釈」や二雙四重の結文の如きは統合の意である。またこれを相対絶対の語をもつて分つときは、分類と取捨は相対の範囲を出でず、統合は絶対に属する。従って二雙四重、真仮偽判の如きは相対判といふべく、一乗海釈や二雙四重の結文の如きは絶対判である。」(普賢大圓『真宗概論』昭和二十五年三月二十日、二六六頁)と述べています。
 杉岡孝紀は、この普賢の説を依用して、「二双四重判は分類を主とした教判であり、言わば相対的な教判であるのに対し、真仮偽判は取捨を主とした教判であり、排他的な要素をもった教判であると見ることができる。」(杉岡孝紀「真宗他者論(一)―実践真宗学の原理としての〈他者〉―」『真宗学』第一二九・一三〇合併号、平成二十六年三月十三日)と述べています。
 さて、真仮偽判は「信文類」に「仮といふは、すなはちこれ聖道の諸機、浄土の定散の機なり。」(註釈版二六五頁)とあるように、「化身土文類」本に明かされる要門・真門の二門と聖道門を仮なる教えとし、「偽といふは、すなはち六十二見・九十五種の邪道これなり。」(註釈版二六五頁)とあるように、「化身土文類」末に明かされる外教を偽なる教えとし、第十八願の教えを真実の教えとするものです。
 さらに親鸞は、釈尊一代の教説の中で、浄土真宗の教えがもっともすぐれていることを示すのに「横超」の語を用いました。「信文類」には「「横超断四流」(玄義分 二九七)といふは、横超とは、横は竪超・竪出に対す、超は迂に対し回に対するの言なり。竪超とは大乗真実の教なり。竪出とは大乗権方便の教、二乗・三乗迂回の教なり。横超とはすなはち願成就一実円満の真教、真宗これなり。また横出あり、すなはち三輩・九品、定散の教、化土・懈慢、迂回の善なり。大願清浄の報土には品位階次をいはず、一念須臾のあひだに、すみやかに疾く無上正真道を超証す、ゆゑに横超といふなり。」(註釈版二五四頁)と述べ、また「化身土文類」の三経隠顕(註釈版三九四頁以下)、さらに『愚禿鈔』(註釈版五〇一頁以下)に、いわゆる「二双四重」を明かしています。
 横は竪に対し、超は出に対します。横は浄土往生の道にして他力を意味し、竪はこの世にて悟りを開く道にして自力を意味します。また超は速やかに悟りを開くをいい、出は漸次に悟りを開くをいいます。言い換えれば、自力難行道を竪、他力易行道を横、悟りは徐々に開くものとする漸悟の教えを出、悟りはすみやかに開くものとする頓悟の教えを超といいます。親鸞はこの横竪超出の四字を組み合わせて、「二双四重」の教相判釈(教判ともいいます)しました。
 なお、親鸞の「二双四重」の教判は、中国北宋期の天台僧である択暎法師の「弁横竪二出」(宗暁編『楽邦文類』巻四所収)を手本としたものであるとの指摘もあります(『帯佩』四九八頁、常磐井慈裕『祖師親鸞讃嘆―報恩講式と嘆徳文―』一四一~一四二頁)。
by jigan-ji | 2014-10-07 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[78]    2014年 10月 06日


 補遺㉝ 解釈学と思想研究
 正信偈講読[72](2014年5月30日)を補足します。
 深励は「不断煩悩得涅槃」の解釈で『六要鈔』の解釈は「コレ六要ノ釈ナレトモ、吾祖ノ御釈ニ合ハズ。鎮西ノ義テ釈シ玉フイカサマ。」と批判していますが、延塚知道は「江戸の講録のような、鎮西派と西山派に対して当派というような宗派的な関心は、『教行信証』には皆無ではなかろうか。」(延塚知道『教行信証―その構造と核心―』二〇一三年八月三〇日、あとがき)と述べるとともに、さらに次のように述べています。

 私が、大谷大学大学院のゼミで『教行信証』を担当するようになって、十年を越えた。その間一緒に研究してきた院生たちに、私はずいぶん育てられた。彼らが発表する際の参考書は、江戸の講録やそれを基にした解説書と清沢満之に始まり曽我量深・金子大栄を中心にする近代教学の著作がほとんどであるが、両者の間には大きな隔たりがある。講録の方は解釈学であるが、近代教学の方は思想研究である、その隔たりに戸惑いを覚えることがしばしばあった。もちろんその両方を駆使しながら『教行信証』を読むべきことは当然である。しかし、講録や解説に力点が置かれた発表に、私は違和感を覚えた。それは、「親鸞の仏道了解は清沢先生以前に帰ってはいけません、我々のような近代人は清沢先生を通さなければ親鸞の仏道などわかるはずがありません」と、松原祐善先生にお育ていただいたからであろうかと、反省したこともあった。(延塚知道『教行信証―その構造と核心―』、はじめに)

 「江戸の講録」は「解釈学」であり、「清沢満之に始まり曽我量深・金子大栄を中心にする近代教学」は「思想研究」であるといい、そして「その両者を駆使しながら『教行信証』を読むべきことは当然である」といいます。しかし、この「当然」の事がなかなか難しく、とかく一方に偏った解釈・研究が多いように思います。
by jigan-ji | 2014-10-06 08:12 | 聖教講読
正信偈講読[77]    2014年 07月 12日

   『増補 親鸞聖人真蹟集成』第1巻146頁


    『大無量寿経』

補遺㉜ 「應信釈迦如実言」について

 先学の指摘にもあるように、親鸞真筆の坂東本では、「如来所以興出世」の「如来」の横に「釈迦」と書いてあったのを、後にこの「釈迦」を塗抹し、また、その下の句の「應信如来如実言」の「如来」は、初め「釈迦」とあったものを、後から「如来」と書きあらためています(仲野良俊『正信念仏偈講義Ⅰ』一七五~一七六頁)。
 その理由として、二つ考えられるように思います。
 一つは、ここは依経段ですので、『大経』の経文に拠って「如来所以」としたと考えられます。
 二つには、親鸞は『浄土文類聚鈔』に「諸仏の教意を闚ふに、三世のもろもろの如来、出世のまさしき本意、ただ阿弥陀の不可思議の願を説かんとなり。」(註釈版四九七頁)と述べ、さらに『尊号真像銘文』に「「如来所以興出於世」は、「如来」と申すは諸仏と申すなり。(中略)仏の世に出でたまふゆゑは、弥陀の御ちかひを説きてよろづの衆生をたすけすくはんとおぼしめすとしるべし。」(註釈版六七一~六七二頁)と述べていることから知られるように、親鸞は阿弥陀仏の本願の救いを説くのは、釈尊だけでなく、すべての仏の出世の本意であると見ていたから、「應信釈迦如実言」を「應信如来如実言」と、釈迦を如来に書き直したと考えられます。
by jigan-ji | 2014-07-12 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[76]    2014年 06月 28日

 『浄土高僧和讃』(『増補 親鸞聖人真蹟集成』第3巻175頁)

 補遺㉛ 「天子も頭の下がる価値とは」何か

 正信偈講読[31]を補足します。
 曇鸞は、梁の武帝が常に菩薩と仰がれた方であるといわれます。七高僧の第一祖、龍樹は『親友への手紙』にて、南インドのサータヴァーハナ王朝の国王あてに詩の形で書かれた書簡形式のもので、王がいかに身を処すべきかを教えていますし、さらに『ラトナーヴァリー』も同様の手法にて、王に対する書簡の形で、どのように国を統治すべきかを教えています(中村元『龍樹』講談社学術文庫、三一七頁)。善導は『法事讃』に「大唐皇帝」(=高宗)の尊い導きと「皇后」(=則天武后)の「慈心」を願っています(七祖篇五九三頁)。親鸞の師、法然の『選択本願念仏集』は、関白九條兼実の願いによって著されました(七祖篇一二九二頁)。親鸞は「国王不礼」(「出家の人の法は、国王に向かひて礼拝せず」『菩薩戒経』註釈版四五四頁)を述べるとともに「朝家の御ため、国民のため」(『親鸞聖人御消息』註釈版七八四頁)とも述べています。西洋のキリスト教文化の概念でいえば、「教会の中の国家か、国家の中の教会か」の問題もあります。
 「本師曇鸞梁天子 常向鸞処菩薩礼」の二句は、仏法と世法、言い換えれば、宗教者と権力者の関係のあり方のテストケースを示すものでもあります。この宗教者と権力者の関係について、先学は次のように述べています。

 天子に崇敬された大師・・・宗祖は大師(曇鸞・池田注)の高徳を讃嘆するため、大師の徳を和讃する。はじめには東魏の孝静帝、むすびには梁の武帝を出して、天子が大師を崇敬されたことを述べられる。そこには大師の徳を嘆ずるなかに『化身土文類』に「出家の人の法は国王に向かって礼拝せず・・・」という釈尊のことばを引いて、仏教者は如何なる世俗の権威にも頭を下げずという姿勢を反対側から強調されているように思える。逆に「天子が頭を下げた」という事実を示すことによって、仏教者の中でも真宗者の世俗における態度をあらわされたのではなかろうか。如来を忘れ、念仏を死後のものと考えていると、つい「名利」に堕して、権威にこびへつらい、仏への道よりはずれてしまうわたくしである。しかし世俗の権威を批判し、この世のことを案ずる祖師ではあったが、信心をねじまげて、朝廷に、幕府に、地方の権力者などに妥協したり、へつらったりすることを許される祖師ではなかった。祖師聖人はたえず、虚仮なる「世俗」より、真実なる「如来」を仰いで生きられた方である。(三木照国『三帖和讃講義』一九七九年、三〇一頁)

 かつて「菩薩戒経」の「出家のひとの法は、国王にむかいて礼拝せず、父母にむかいて礼拝せず、六親につかえず、鬼神を礼せず」というくだりが、論議を呼んだことがあった。それをむし返すつもりはないが、事はきわめて簡単明瞭であるように思われる。われわれの礼拝するのは弥陀一仏である。ということは、他のいかなるものも礼拝の対象ではないということである。絶対の権威は仏にのみある。その仏を礼拝するということは、他の一切の権威を相対化するということを意味している。それは国王を軽んぜよということではない、などという注釈は必要ではない。むしろ必要なのは、もし国王に敬意を払うとすれば、いかなるものとして敬するのかという説明である。信仰の外護者としてか、秩序の維持を司るものとしてか、その説明が必要である。(佐藤三千雄『生活のなかの信仰』一九八三年、一三五頁)

 まさに今日、仏教者における「天子も頭の下がる価値とは」(霊山勝海『正信偈を読む』二〇〇二年、一六二頁)何かが、問われています。
by jigan-ji | 2014-06-28 01:02 | 聖教講読