浄土真宗本願寺派


住職の池田行信です。
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カテゴリ:聖教講読   
  • 正信偈講読[80]
    [ 2014-10-31 12:03 ]
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正信偈講読[80]    2014年 10月 31日

  『真宗聖教全書』第三巻

 正信偈講読[8]を補足します。
 蓮如は『正信偈大意』にて「十二光仏」を詳説していますが、その解説は存覚の『顕名鈔』の「十二光仏」の解説に依拠しています。

第一に無量光仏といふは、利益の長遠なることをあらはす。過・現・未来にわたりてその限量なし、かずとしてさらにひとしきかずなきがゆへなり。第二に無辺光仏といふは、照用の広大なる徳をあらはす。十方世界をつくしてさらに辺際なし、縁としててらさずといふことなきがゆへなり。第三に無礙光仏といふは、神光の障碍なし相をあらはす。人法としてよくさふることなきがゆへなり。礙にをいて内外の二障あり。外障といふは山河・大地・雲霧・烟霞等なり、内障といふは貪・瞋・癡・慢等なり。光雲無礙如虚空の徳あればよろづの外障にさへられず、諸邪業繋无能礙者のちからあればもろもろの内障にさへられず。かるがゆえに天親菩薩(浄土論)は「尽十方無礙光如来」と讃じたまへり。第四に无対光仏といふは、ひかりとしてこれに相対すべきものなし、もろもろの菩薩のをよぶところにあらざるがゆへなり。第五に炎王光仏といふは、または光炎王仏と号す、光明自在にして无上なるがゆへなり。『大経』(巻下)に「猶如火王焼滅一切煩悩薪故」ととけるは、このひかりの徳を嘆ずるなり。火をもてたきぎをやくにつくさずといふことなきがごとく、光明の智火をもて煩悩のたきぎをやくに、さらに滅せずといふことなし。三途黒闇の衆生も、光照をかうぶりて解脱をうるはこのひかりの益なり。第六に清浄光仏といふは、无貪の善根より生ず、かるがゆへにこのひかりをもて衆生の貪欲を治するなり。第七に歓喜光仏といふは、无瞋の善根より生ず、かるがゆへにこのひかりをもて衆生の瞋恚を滅するなり。第八に智慧光仏といふは、无痴の善根より生ず、かるがゆへにこのひかりをもて衆生の无明の闇を破するなり。第九に不断光仏といふは、一切のときに、ときとして照らさずといふことなし、三世常恒にして照益をなすがゆゑなり。第十に難思光仏といふは、仏をのぞきてよりほかは、この光明の徳をはかるべからざるがゆへなり。第十一に无称光仏といふは、神光相をはなれてなづくべきところなし、はるかに言語の境界にこえたるがゆへなり。こころをもつてはかるべからざれば難思光仏といひ、ことばをもつてとくべからざれば无称光仏と号す。『無量寿如来会』(巻上)には難思光仏をば「不可思議光」となづけ、无称光仏をば「不可称量光」といへり。第十二に超日月光仏といふは、日月はただ四天下をてらして、かみ上天におよばず、しも地獄にいたらず、仏光はあまねく八方上下をてらして、障碍するところなし、かるがゆへに日月に超えたり。(『真宗聖教全書』第三巻三三四~三三六頁)

by jigan-ji | 2014-10-31 12:03 | 聖教講読
正信偈講読[79]    2014年 10月 07日


 正信偈講読[20]の「即横超載五悪趣」を補足します。

 親鸞の教判には真仮偽判と二双四重判があります。
 普賢大圓は「教判論」について、「教判は一代仏教に於ける自宗の地位を明かにすると共に、自餘の諸宗が自宗に対して如何なる意味をもつかを明瞭にするものである。それ故に、教判の完備を期するためには、(一)分類、(二)取捨、(三)統合の三原則を必要とする。(中略)この三原則を聖人の教判に配当すれば、かの「二雙四重の教判」の如きは分類を主として他の二原則を含み、「真仮偽の分別」の如きは取捨を主として他の二原則を含み、「一乗海釈」や二雙四重の結文の如きは統合の意である。またこれを相対絶対の語をもつて分つときは、分類と取捨は相対の範囲を出でず、統合は絶対に属する。従って二雙四重、真仮偽判の如きは相対判といふべく、一乗海釈や二雙四重の結文の如きは絶対判である。」(普賢大圓『真宗概論』昭和二十五年三月二十日、二六六頁)と述べています。
 杉岡孝紀は、この普賢の説を依用して、「二双四重判は分類を主とした教判であり、言わば相対的な教判であるのに対し、真仮偽判は取捨を主とした教判であり、排他的な要素をもった教判であると見ることができる。」(杉岡孝紀「真宗他者論(一)―実践真宗学の原理としての〈他者〉―」『真宗学』第一二九・一三〇合併号、平成二十六年三月十三日)と述べています。
 さて、真仮偽判は「信文類」に「仮といふは、すなはちこれ聖道の諸機、浄土の定散の機なり。」(註釈版二六五頁)とあるように、「化身土文類」本に明かされる要門・真門の二門と聖道門を仮なる教えとし、「偽といふは、すなはち六十二見・九十五種の邪道これなり。」(註釈版二六五頁)とあるように、「化身土文類」末に明かされる外教を偽なる教えとし、第十八願の教えを真実の教えとするものです。
 さらに親鸞は、釈尊一代の教説の中で、浄土真宗の教えがもっともすぐれていることを示すのに「横超」の語を用いました。「信文類」には「「横超断四流」(玄義分 二九七)といふは、横超とは、横は竪超・竪出に対す、超は迂に対し回に対するの言なり。竪超とは大乗真実の教なり。竪出とは大乗権方便の教、二乗・三乗迂回の教なり。横超とはすなはち願成就一実円満の真教、真宗これなり。また横出あり、すなはち三輩・九品、定散の教、化土・懈慢、迂回の善なり。大願清浄の報土には品位階次をいはず、一念須臾のあひだに、すみやかに疾く無上正真道を超証す、ゆゑに横超といふなり。」(註釈版二五四頁)と述べ、また「化身土文類」の三経隠顕(註釈版三九四頁以下)、さらに『愚禿鈔』(註釈版五〇一頁以下)に、いわゆる「二双四重」を明かしています。
 横は竪に対し、超は出に対します。横は浄土往生の道にして他力を意味し、竪はこの世にて悟りを開く道にして自力を意味します。また超は速やかに悟りを開くをいい、出は漸次に悟りを開くをいいます。言い換えれば、自力難行道を竪、他力易行道を横、悟りは徐々に開くものとする漸悟の教えを出、悟りはすみやかに開くものとする頓悟の教えを超といいます。親鸞はこの横竪超出の四字を組み合わせて、「二双四重」の教相判釈(教判ともいいます)しました。
 なお、親鸞の「二双四重」の教判は、中国北宋期の天台僧である択暎法師の「弁横竪二出」(宗暁編『楽邦文類』巻四所収)を手本としたものであるとの指摘もあります(『帯佩』四九八頁、常磐井慈裕『祖師親鸞讃嘆―報恩講式と嘆徳文―』一四一~一四二頁)。
by jigan-ji | 2014-10-07 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[78]    2014年 10月 06日


 補遺㉝ 解釈学と思想研究
 正信偈講読[72](2014年5月30日)を補足します。
 深励は「不断煩悩得涅槃」の解釈で『六要鈔』の解釈は「コレ六要ノ釈ナレトモ、吾祖ノ御釈ニ合ハズ。鎮西ノ義テ釈シ玉フイカサマ。」と批判していますが、延塚知道は「江戸の講録のような、鎮西派と西山派に対して当派というような宗派的な関心は、『教行信証』には皆無ではなかろうか。」(延塚知道『教行信証―その構造と核心―』二〇一三年八月三〇日、あとがき)と述べるとともに、さらに次のように述べています。

 私が、大谷大学大学院のゼミで『教行信証』を担当するようになって、十年を越えた。その間一緒に研究してきた院生たちに、私はずいぶん育てられた。彼らが発表する際の参考書は、江戸の講録やそれを基にした解説書と清沢満之に始まり曽我量深・金子大栄を中心にする近代教学の著作がほとんどであるが、両者の間には大きな隔たりがある。講録の方は解釈学であるが、近代教学の方は思想研究である、その隔たりに戸惑いを覚えることがしばしばあった。もちろんその両方を駆使しながら『教行信証』を読むべきことは当然である。しかし、講録や解説に力点が置かれた発表に、私は違和感を覚えた。それは、「親鸞の仏道了解は清沢先生以前に帰ってはいけません、我々のような近代人は清沢先生を通さなければ親鸞の仏道などわかるはずがありません」と、松原祐善先生にお育ていただいたからであろうかと、反省したこともあった。(延塚知道『教行信証―その構造と核心―』、はじめに)

 「江戸の講録」は「解釈学」であり、「清沢満之に始まり曽我量深・金子大栄を中心にする近代教学」は「思想研究」であるといい、そして「その両者を駆使しながら『教行信証』を読むべきことは当然である」といいます。しかし、この「当然」の事がなかなか難しく、とかく一方に偏った解釈・研究が多いように思います。
by jigan-ji | 2014-10-06 08:12 | 聖教講読
正信偈講読[77]    2014年 07月 12日

   『増補 親鸞聖人真蹟集成』第1巻146頁


    『大無量寿経』

補遺㉜ 「應信釈迦如実言」について

 先学の指摘にもあるように、親鸞真筆の坂東本では、「如来所以興出世」の「如来」の横に「釈迦」と書いてあったのを、後にこの「釈迦」を塗抹し、また、その下の句の「應信如来如実言」の「如来」は、初め「釈迦」とあったものを、後から「如来」と書きあらためています(仲野良俊『正信念仏偈講義Ⅰ』一七五~一七六頁)。
 その理由として、二つ考えられるように思います。
 一つは、ここは依経段ですので、『大経』の経文に拠って「如来所以」としたと考えられます。
 二つには、親鸞は『浄土文類聚鈔』に「諸仏の教意を闚ふに、三世のもろもろの如来、出世のまさしき本意、ただ阿弥陀の不可思議の願を説かんとなり。」(註釈版四九七頁)と述べ、さらに『尊号真像銘文』に「「如来所以興出於世」は、「如来」と申すは諸仏と申すなり。(中略)仏の世に出でたまふゆゑは、弥陀の御ちかひを説きてよろづの衆生をたすけすくはんとおぼしめすとしるべし。」(註釈版六七一~六七二頁)と述べていることから知られるように、親鸞は阿弥陀仏の本願の救いを説くのは、釈尊だけでなく、すべての仏の出世の本意であると見ていたから、「應信釈迦如実言」を「應信如来如実言」と、釈迦を如来に書き直したと考えられます。
by jigan-ji | 2014-07-12 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[76]    2014年 06月 28日

 『浄土高僧和讃』(『増補 親鸞聖人真蹟集成』第3巻175頁)

 補遺㉛ 「天子も頭の下がる価値とは」何か

 正信偈講読[31]を補足します。
 曇鸞は、梁の武帝が常に菩薩と仰がれた方であるといわれます。七高僧の第一祖、龍樹は『親友への手紙』にて、南インドのサータヴァーハナ王朝の国王あてに詩の形で書かれた書簡形式のもので、王がいかに身を処すべきかを教えていますし、さらに『ラトナーヴァリー』も同様の手法にて、王に対する書簡の形で、どのように国を統治すべきかを教えています(中村元『龍樹』講談社学術文庫、三一七頁)。善導は『法事讃』に「大唐皇帝」(=高宗)の尊い導きと「皇后」(=則天武后)の「慈心」を願っています(七祖篇五九三頁)。親鸞の師、法然の『選択本願念仏集』は、関白九條兼実の願いによって著されました(七祖篇一二九二頁)。親鸞は「国王不礼」(「出家の人の法は、国王に向かひて礼拝せず」『菩薩戒経』註釈版四五四頁)を述べるとともに「朝家の御ため、国民のため」(『親鸞聖人御消息』註釈版七八四頁)とも述べています。西洋のキリスト教文化の概念でいえば、「教会の中の国家か、国家の中の教会か」の問題もあります。
 「本師曇鸞梁天子 常向鸞処菩薩礼」の二句は、仏法と世法、言い換えれば、宗教者と権力者の関係のあり方のテストケースを示すものでもあります。この宗教者と権力者の関係について、先学は次のように述べています。

 天子に崇敬された大師・・・宗祖は大師(曇鸞・池田注)の高徳を讃嘆するため、大師の徳を和讃する。はじめには東魏の孝静帝、むすびには梁の武帝を出して、天子が大師を崇敬されたことを述べられる。そこには大師の徳を嘆ずるなかに『化身土文類』に「出家の人の法は国王に向かって礼拝せず・・・」という釈尊のことばを引いて、仏教者は如何なる世俗の権威にも頭を下げずという姿勢を反対側から強調されているように思える。逆に「天子が頭を下げた」という事実を示すことによって、仏教者の中でも真宗者の世俗における態度をあらわされたのではなかろうか。如来を忘れ、念仏を死後のものと考えていると、つい「名利」に堕して、権威にこびへつらい、仏への道よりはずれてしまうわたくしである。しかし世俗の権威を批判し、この世のことを案ずる祖師ではあったが、信心をねじまげて、朝廷に、幕府に、地方の権力者などに妥協したり、へつらったりすることを許される祖師ではなかった。祖師聖人はたえず、虚仮なる「世俗」より、真実なる「如来」を仰いで生きられた方である。(三木照国『三帖和讃講義』一九七九年、三〇一頁)

 かつて「菩薩戒経」の「出家のひとの法は、国王にむかいて礼拝せず、父母にむかいて礼拝せず、六親につかえず、鬼神を礼せず」というくだりが、論議を呼んだことがあった。それをむし返すつもりはないが、事はきわめて簡単明瞭であるように思われる。われわれの礼拝するのは弥陀一仏である。ということは、他のいかなるものも礼拝の対象ではないということである。絶対の権威は仏にのみある。その仏を礼拝するということは、他の一切の権威を相対化するということを意味している。それは国王を軽んぜよということではない、などという注釈は必要ではない。むしろ必要なのは、もし国王に敬意を払うとすれば、いかなるものとして敬するのかという説明である。信仰の外護者としてか、秩序の維持を司るものとしてか、その説明が必要である。(佐藤三千雄『生活のなかの信仰』一九八三年、一三五頁)

 まさに今日、仏教者における「天子も頭の下がる価値とは」(霊山勝海『正信偈を読む』二〇〇二年、一六二頁)何かが、問われています。
by jigan-ji | 2014-06-28 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[75]    2014年 06月 21日
 
『浄土真宗聖典(註釈版)』

 補遺㉚ 「名無眼人」「名無耳人」について

 親鸞は『浄土和讃』にて「大聖易往とときたまふ 浄土をうたがふ衆生をば 無眼人とぞなづけたる 無耳人とぞのべたまふ」(註釈版五七二頁)と和讃しています。
 また、『親鸞聖人御消息』では「釈迦如来のみことには、念仏するひとをそしるものをば「名無眼人」と説き、「名無耳人」と仰せおかれたることに候ふ。」(註釈版七八七頁)と述べています。
 つまり、親鸞は「浄土をうたがふ衆生」、さらには念仏者を弾圧する側の、「念仏をとどめんとするところの領家・地頭・名主」を、「名無眼人」「名無耳人」と批判しています。言い換えれば、親鸞は「名無眼人」「名無耳人」を、弾圧され迫害された側から解釈しています。
 この「名無眼人」「名無耳人」について、法霖は大変興味深い釈をほどこしています。
 すなわち、法霖は「光闡横超大誓願」を釈するなかで、「大誓願」を明かすには「略闡」と「広闡」があるといい、「略闡」とは「帰命尽十方文」であり、「広闡」は「観彼世界相已下文」であると述べ、その「観彼世界相下」の「依正荘厳功徳成就」は「略」すれば「一法句」となり、「広」げれば「二十九種」となり、この「一法句」は「是清浄真実名寶珠」であるとし、そのうえで「観察門二十九種」の「観」には、「聞」と「見」の二義が具していると釈します。
 すなわち、「聞とは名号より来る。見とは光明より来る。聞は耳で聞に非ず、即ちこれ心で聞く。見は眼で見るに非ず、即ちこれ心で見る。聞と見と合わせて一つの観の名義を成ず。又聞は善知識より来る。見は経巻より来る。聞と見の義絶えれば無眼人と名づけ、無耳人と名づく。此の聾盲病を除くは、横超の大誓願。故に曰。彼の智慧の眼を開いて、此の昏蒙の闇を滅す。高祖のいわゆる「無礙光如来の名号と かの光明智相とは 無明長夜の闇を破し 衆生の志願をみてたまふ」は是なり。」(『正信念仏偈捕影記』真宗全書40巻43頁)と釈しています。
 つまり、「聞は善知識より来る。見は経巻より来る。聞と見の義絶えれば無眼人と名づけ、無耳人と名づく。」と釈しています。「聞」=「善知識」と「見」=「経巻」の有無において、言い換えれば、「善知識」と「経巻」を前提として、「名無眼人」「名無耳人」を解釈しています。
 世の宗教の多くは、弾圧や迫害される側にあった時は、おおむね「非暴力」と「平和主義」を貫きます。しかし、やがて多数派、体制側になると、「善知識」や「経巻」を現状維持の立場から解釈し、緻密な教学体系を構築するようになります(星川啓慈・石川明人『人はなぜ平和を祈りながら戦うのか? ―私たちの戦争と宗教―』2014年、158頁参照)。
 私は「善知識」と「経巻」を否定するものではありません。「善知識」と「経巻」を否定したならば、浄土真宗の存立根拠を失います。しかし、「名無眼人」「名無耳人」と批判した親鸞に思いをいたす時、弾圧され迫害された側からの解釈も忘れてはいけないと思います。
 ※文中の「聾盲病」については、『浄土真宗聖典(註釈版)』「補註14」を参照のこと。
by jigan-ji | 2014-06-21 09:53 | 聖教講読
正信偈講読[74]    2014年 06月 19日

  『正信念仏偈捕影記』真宗全書第四〇巻二五頁

 補遺㉙ 小聖と七逆 

 正信偈講読[17]に関して補足します。
 親鸞は『尊号真像銘文』に「「凡聖逆謗斉回入」といふは、小聖・凡夫・五逆・謗法・無戒・闡提みな回心して真実信心海に帰入しぬれば、衆水の海に入りてひとつ味はひとなるがごとしとたとへたるなり。これを「如衆水入海一味」といふなり。」(註釈版六七二頁)と釈しています。
 この「小聖」について深励は、「凡聖逆謗ト云銘文ニハ小聖ト云ソレテハ小乗ノ菩薩ノコトヲ聖ト云コトアレトモコ﹅ハ左ニアラス讃ニ大小聖人ミナナカラト云行巻ニハ大小聖人軽重悪人皆同齋トアレハ大乗小乗・聖者ニ通スルマテハ治定ナリ爾レハ銘文ニ小聖トナセアルト云ヘハ仏ノコトヲ大聖ト云夫ニ対シテ小聖トノ玉フ爾ハ三乗ノ菩薩ヲ指シテ小聖ト云逆謗トハ五逆謗法ナリ」(『正信念仏偈講義』一一三頁)と釈しています。
 なお、『浄土真宗聖典(註釈版)』では、「小聖 仏を大聖というのに対して、小乗のさとりを得た聖者および大乗の十聖の菩薩をいう。」(註釈版六七三頁脚注)と解説しています。
 また、法霖は「凡聖逆謗」について、「逆謂五逆及七逆」(『正信念仏偈捕影記』真宗全書第四〇巻二五頁)と釈しています。
 親鸞は「信文類」(註釈版三〇三~三〇五頁)にて「三乗の五逆」と「大乗の五逆」について論じていますが、「七逆」はこの「五逆」に二種の逆罪を加えたものです。
 「七逆罪」(『仏教大辞彙』第四巻二四一〇頁)とは、①仏身より血を出す。②父を殺す。③母を殺す。④和上(出家の師)を殺す。⑤阿闍梨(得戒教授等の師)を殺す。⑥羯磨転法輪僧を破す。羯磨は作法等と訳し、比丘倶に一処に集まりて和合作法し法輪を転ずるを羯磨転法輪僧という。⑦聖人(有学・無学の聖者)を殺す、の七つです。
by jigan-ji | 2014-06-19 15:31 | 聖教講読
正信偈講読[73]    2014年 06月 07日

 『浄土文類聚鈔』「念仏正信偈」

 補遺㉘ 「昼夜恆照の義」か「夜明ケテ後ノ喩ナリ」

 深励という人は、実に緻密な議論をし、かつ、批判精神旺盛な学僧に思います。その批判の矢面に立たされた一人が、本派の若霖です。
 若霖は「譬如日光覆雲霧」を、次のように釈しました。

 譬如日光覆雲霧 雲霧之下明無闇 此書は『涅槃経』の意に依る(『経』二十三に曰(中略)然るに祖師自ら此文を釈して曰く「日月の雲霧におほはるれども(障隔)闇はれて雲霧のしたあかきが如く、貪愛瞋憎の雲霧に信心はおほはるれども往生にさはりあるべからずとなり」(本文の譬は唯一の日光にして之を釈するに至つて二曜を取る者は何ぞや、謂く無礙光如来亦超日月光と号す、法に其名あり、故に暗に其の意を寓す、蓋し昼夜恆照の義を取るなり、又日一喩稍〻周ならざるあり、何となれば日は没時ありて再び昏暗と成る、故に月を併せて其明を継ぐなり(若霖『正信念仏偈文軌』、『真宗叢書』第四巻四二頁)

 若霖は「此譬は『涅槃経』の意に依る」といい、「正信偈」には「日光覆雲霧」と「日光」のみを出し、『尊号真像銘文』では親鸞聖人自ら釈して「日月の雲霧におほはるれども」と「日月」の二つを出しているのはなぜかと問い、それに対して日が没して暗くなっても、夜は月の光で照らし続ける、「蓋し昼夜恆照の義」を明かすためであると主張しました。
 この若霖の「昼夜恆照の義」に対して、深励は次のように批判しました。

 譬如等此偈テハ日輪ノ光斗リ出シテ日光トアレト銘文(註釈版六七三頁・池田注)ノ御釈テハ日月トアリ略本(註釈版四八五頁・池田注)ノ偈ニハ日月星宿ト云テアル文軌(『真宗叢書』第四巻四二頁・池田注)コレヲ解シテ日入レハ月又出ル弥陀ノ光明昼夜ツ子ニ照スユヘニ日月共ニ出スト云コレ不爾コノ喩ハ昼斗ノコトヲ喩タユヘニ正クハ日光ヲ出タユヘニ銘文及文類テモ日光ヲ出サヌ處ナシ處カ昼日輪ノ出テアル時モ月モ出テアリ星モ又昼出テアル何レ天ノ日光ニ付テ光リアルユヘニ月星ヲ一緒ニ出タカ銘文及文類ナリコノ喩ハ上ノ已能雖破ノ銘文ノ御釈ニアルコトテ無明ノヤミヲ破シ信心ノ夜明ケテ後ノ喩ナリ故ニ昼ノコト斗リ喩テ夜ヲ喩ニアラスト治定スヘシ(深励『正信偈講義』一二二頁、法蔵館)
 コレハ銘文ノ釈先刻一寸弁シタ通リテ昼モ月出テアルコトモアリ又星宿モ昼出テアレトモ昼ハ日輪ノ光リ盛ニシテ月モ星モソノ日光ノ中ニ照シカカヤイテ在ル(深励『正信偈講義』一二五頁、法蔵館)

 深励の批判は、若霖の釈によると、「銘文」や「略本」は「弥陀ノ光明昼夜ツ子ニ照スユヘニ日月共ニ出ス」というが、実際は昼、太陽が出ているときでも月や星は出ている。ただ太陽の光が盛りにして、月や星が見えないだけである。だから、若霖の説明では、「正信偈」に「日光」とあり、「日月」や「日月星宿」が出されていないことの説明にはなっていない、ということになります。
 深励は、「正信偈」に「日光」とあって、「日月」「日月星宿」が出されていないのは、「無明ノヤミヲ破シ信心ノ夜明ケテ後ノ喩ナリ故ニ昼ノコト斗リ喩テ夜ヲ喩ニアラスト治定スヘシ」といいます。
 日本人の生活感覚では、太陽は東から昇り西に沈みます。この私たちの生活感覚からすれば若霖の釈は理解しやすいと思います。しかし、実際は地球が自転しながら太陽の周りを回っているわけですから、深励の批判も当たっています。若霖も深励も共に仏教の須弥山説に立っていたでしょうから、二人の釈の相違は、私たちの生活感覚で喩を釈するか、それとも、理でもって喩を釈するかという、喩えの受容の方法になります。
 生活感覚で喩を釈した若霖は、「日月」は「本仏」であり、「星宿」は「化身等」(若霖『正信念仏偈文軌』、『真宗叢書』第四巻四二~四三頁)であるとも釈しています。
 「譬如日光覆雲霧」の釈だけで判断することはできませんが、学僧のタイプには、「生活感覚で喩を釈する」ことに秀でた学僧と、「理で喩を釈する」ことに秀でた学僧の、二つのタイプがあるように思います。
by jigan-ji | 2014-06-07 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[72]    2014年 05月 30日

   『真宗聖教全書』宗祖部267頁

 正信偈講読[72]

 補遺㉗ 六要ノ釈ナレトモ吾祖ノ御釈ニ合ハズ

 正信偈講読[16]を補足します。
 存覚は『六要鈔』(『真宗聖教全書』宗祖部267頁)にて、『論註』「荘厳清浄功徳成就」には「得涅槃分」(七祖篇111頁)とあり、「正信偈」には「得涅槃」(註釈版203)とあるのはどうしてかと問答を設け、「今は初生に約す。もし究竟に約せばこの字を略すべきで、或いはまた七言の字数を調えるために除いてもまちがいではない。」(棚瀬彰弘『和訳教行信証六要鈔』125頁、宗祖部267頁)と述べています。
 この存覚の釈に対して、深励は「六要ノ釈ナレトモ吾祖ノ御釈ニ合ハズ」と批判し、次のように述べています。

 註ノ文ニハ不断煩悩得涅槃分ト分ノ字アリ今ハ分ノ字ヲ抜タハ云何ト云ニ六要二末(十八)云「分約初生若約究竟宣略此字」コレハ分ト云ハ一分テ円満ニ対スソコテ浄土ヘ生シテ先初ニハ涅槃ヲ証ニ一分ヲウル又究竟シタ上テ涅槃ヲ得ルト云モノテコノ偈ニハソノ究竟シタ涅槃ヲウルノチヤト云コトテ分ノ字ヲ略ストコレ六要ノ釈ナレトモ吾祖ノ御釈ニ合ハズ鎮西ノ義テ釈シ玉フイカサマ六要ノ時分ニハ一向今家ノ抄ナキユヘニ浄家ノ抄ト云ヘハ西鎮ノ抄ノ外ナキナリ故ニ六要ニ處々ニ鎮西ノ義テ釈スル處又西山ノ義テ釈スル處アリコ﹅ラハ鎮西ノ義ニテ釈ス吾祖ノ髙判ハ真実報土ノ涅槃ノ証ニ一分ヲウルノ究竟涅槃ヲ得ノト云次第ナキナリ信巻ニ「臨終一念夕超証大涅槃」トソコテ吾祖ノ思召テハ註ノ涅槃分ノ字ヲ一分ノ義トハ御覧ナサラヌ故略シ玉フ筈ナシ二門偈(註釈版549頁、宗祖部483頁)テモ此偈テモ略スルノハ一分ノ義トハ見玉ハヌコレハ分ハ果分テ境界ノコト仏境界ノコトヲ果分ト云今ノ涅槃分モ夫ト同コトテ煩悩ニ対シ生死ニ対シテ仏境界ノコトヲ分ト云ノナリ爾ハ分ノ字ハ有テモ無クテモノコトユヘ略ス爾ハ六要ノ釈ハ吾祖ノ真土ノ髙判ニ違スル故ニ六要ノ一義トシテ除テオクヘシ(深励『正信偈講義』112頁、法蔵館)
by jigan-ji | 2014-05-30 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[71]    2014年 05月 28日

『真宗聖教全書』宗祖部454頁

正信偈講読[71]

 補遺㉖ 大経ノ文ノ上テ法華ノ明文ヲコチノモノニシテシマヒ玉フ

 正信偈講読[14]を補足します。
 存覚は『六要鈔』にて出世本懐を論じて、「問。大事ノ因縁ハ文『法花』ニ在リ、今ノ経ニ更ニ本懐之言無シ、何ゾ其ノ義ヲ成ゼン」(『真宗聖教全書』宗祖部222頁)と問いを立て、さらに『決智鈔』にて『法華』の「四十餘年未顯真実」に言及しています(『真宗聖教全書』歴代部205頁)。
 深励は「如来所以興出世唯説弥陀本願海」を釈すにあたって、『法華経』の出世本懐の「一大事因縁」「四十餘年未顕真実」に言及し、次のように述べています。

 爾ハ法華カラハ今ノ文ヲモテ出世本懐トホコレトモ今此大経ノ出興於世トアルト同シ正法花経一(二七左)今ノ方便品ノ経文ノ異訳ニ云「以無蓋大悲矜哀三界所以興出於世」法華ノ異訳テハコノ大経ノ文ト同シナリ康僧鎧ノ訳スルナレハ法華経ノ文モ所以出世ト云テ有フ略文類云「大聖世尊出興於世大事因縁顕悲願真利為如来直説」(『真宗聖教全書』宗祖部454頁・池田注)コレハ大経ノ文ノ上テ法華ノ明文ヲコチノモノニシテシマヒ玉フナリ扨道理ヲモテ推ストキハ天台カラ花厳ヲナジリテ花厳経ニ声聞縁覚アレト化益ニアハスコレ機ヲ摂シ尽サヌ故ニ出世本懐ニナラヌト云今浄土門テハ天台ノ花厳ヲ打タ棒ヲ直ニ取テ法華ヲ打ナリ大声聞コソ法華テ摂シタレ五逆十悪ヲ摂ラレヌハ役ニタ﹅ヌ今大経ハ一切善悪ノ衆生弥陀仏大願業力ヲモテ摂シ尽ス誠ニ一代経ノ中テ機ヲ摂シ尽スモノハ独リ浄土門弥陀ノ本願斗ナリ爾ハ弥陀ノ本願ヲ説ク出世本懐ハコノ経斗リチヤト云コトテ唯説弥陀本願海トナリコレ吾祖ノ弥陀ノ本願ヲ説ヲ出世本懐トスル思召ト伺ル﹅ナリ吾祖モ円融無碍ヲ談スルトキハ四家大乗相対ニナサル出世本懐ヲ述ルトキハ正ク法華ニ相対シテ述玉フ此偈テハ出世本意ト云コトサヘ成立スレハ宜ナリコ﹅ニ唯ノ字ヲ置タハ法華ノ唯以一大事ノ唯字ニ當ルトミヘル(深励『正信偈講義』109頁、法蔵館)
by jigan-ji | 2014-05-28 01:02 | 聖教講読