浄土真宗本願寺派


住職の池田行信です。
カテゴリ:聖教講読( 246 )    
正信偈講読[247]     2017年 01月 10日
 補遺[199] 『正信念仏偈』の解説書

 正信偈講読[220](2016年8月1日)を補足します。

 本願寺派の学僧・観道(1752~1822)は、『正信念仏偈』の解説書は数十部あるが文義たくみなるのは「要解・刊定・勦説・文軌・蹄涔ノ五部ノミゾ」(『正信念仏偈慶嘆録』真宗全書第40巻350頁)と述べています。
 今日、私たちが『正信念仏偈』の解説書を読もうとするとき、どの解説書から読んだらいいか迷います。観道は本願寺派の学僧の解説書のみを挙げていますが、参考までに、仰誓(1721~1794)の時代までの学僧が参照した解説書を、それぞれの講義録から挙げてみたいと思います。

●大谷派・慧空『正信念仏偈略述』1703年
       (真宗全書第39巻79頁)
1、六要鈔
2、大意一巻 蓮如上人
3、記一巻 光教上人
4、私記一巻 慶秀
5、要解四巻 西吟
6、助講一巻 智空
7、皆摂三巻 宗信
8、見聞五巻 空誓
9、註解六巻 空誓
10、要註四巻 道海
11、称揚鈔三巻 恵雲
12、勦説三巻 
13、刊定記四巻 性海
14、略述一巻 恵空

●大谷派・隨慧『正信念仏偈講義説約』1756年
       (真宗全書第39巻320頁)
1、六要鈔 常楽台
2、大意一巻 蓮如上人
3、記一巻 光教上人
4、私記一巻 慶秀
5、要解四巻 西吟
6、要解助講一巻 智空
7、刊定記四巻 性海
8、皆摂三巻 宗信
9、見聞五巻 空誓
10、註解六巻 空誓
11、要註四巻 道海
12、称揚鈔三巻 恵雲
13、勦記三巻 月筌
14、文軌四巻 桃渓
15、科鈔
16、略評 私記を許す
17、略註二巻 恵空
18、捕影記三巻 法琳

●大谷派・慧琳『正信念仏偈駕説帯佩記』1776年
       (真宗全書第39巻431頁)
【正信偈輿註 総計二十一部】
1、六要鈔 延文五年(1361年)八月 存覚上人撰
2、大意一巻 長禄四年(1460年) 蓮如上人撰
3、記(亦曰見聞)一巻 文亀三年(1503年) 仏光寺光教上人撰
4、私記一巻 長福寺慶秀撰 年号載せず、宣如上人の時の人
5、見聞五巻 慶安三年(1650年)八月 武州妙延寺空誓撰
6、要解四巻 承応元年(1652年)十二月 豊前永照寺西吟撰
7、助講一巻 光隆寺智空年三十六撰
8、刊定記三巻 正徳二年(1712年)十一月 江州圓照寺性海撰
9、皆摂三巻 萬治四年(1661年) 四百年祖忌に当たる 宗信撰
10、要註四巻 甲州広沢寺道海撰 未だ述作年時は詳らかならず。
       文類私記自序に寛文元年(1661年)辛丑と云ふ。
11、註解六巻 武州妙延寺空誓 延宝八年(1680年)十一月撰
12、称揚鈔三巻 高田派慧雲撰 其の書散逸。謹んで上巻を閲す。
        未だ述作年時は詳らかならず。本書鈔に云ふ。
        貞享三年(1686年)丙寅。
13、本義四巻 渋田派玄貞寛永二年(1625年)三月撰
14、略解二巻 江州妙順寺哲公正徳元年(1711年)撰
15、勦説三巻 浪華定専坊月筌正徳二年(1712年)十月撰
16、集解二巻 浪華三光寺了諦享保三年(1718年)二月撰
17、文軌五巻 京兆桃渓享保二十年(1735年)四月撰
    以上都十七部刊行
18、略述一巻 京兆西福寺恵空元禄十六年(1703年)四月撰
19、会鈔句義二巻 泉州専称寺慧然享保十八年(1733年)秋撰
20、捕影記三巻 京兆法霖
21、観瀾記一巻 江州西覚寺了雲宝暦五年(1755年)撰
                       以上四部未入梨棗

●本願寺派・僧鎔『正信念仏偈評註』
        (真宗全書第40巻解題2頁)
1、六要鈔(存覚上人)
2、要解(西吟)
3、助講(知空)
4、刊定記(性海・誠実院)
5、勦説(月筌)
6、文軌(若霖)
7、蹄涔(法霖)

●本願寺派・仰誓『正信念仏偈夏爐篇』1783年
        (真宗全書第40巻76頁)
1、六要鈔 延文五年(1361年)八月 常楽台存覚師撰
2、大意一巻 長禄四年(1460年) 蓮如上人撰(和語)
3、註釈一巻 蓮如上人撰(漢語)
4、私記一巻 慶秀撰
5、要解四巻 承応元年(1652年)十二月 西吟撰
6、助講一巻 知空撰
7、要解刊定記三巻 正徳二年(1712)年十一月 性海撰
8、勦説三巻 月筌撰
9、文軌三巻並びに開首旁通各一巻 若霖撰
10、捕影記三巻 法霖撰
11、蹄涔記四巻 日渓(法霖)撰
12、五註評一巻 僧樸撰
13、自得解二巻 義端撰
by jigan-ji | 2017-01-10 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[246]     2017年 01月 09日
 補遺[198] 「煩悩障眼雖不見」

 正信偈講読[41](2013年10月14日)、正信偈講読[139](2015年8月13日)の、「煩悩障眼雖不見」を補足します。

 「煩悩障眼雖不見」とは、煩悩の雲に眼をさえぎられて、如来の大慈悲のはたらきを見ることができない、との意です。親鸞は『高僧和讃』「源信讃」に、「煩悩にまなこさへられて 摂取の光明みざれども 大悲ものうきことなくて つねにわが身をてらすなり」(註釈版五九五頁)と和讃しています。
 西吟は「煩悩の一句はその咎を示すなり。煩悩はこれ能障、眼はこれ則ち所障。雖の言とは義両句を兼ぬ。謂く、煩悩すでに障へて仏光を見ざれども、如来能く見るが故に雖もと云ふなり。また大悲無倦にして常に行者を照らすは、義凡夫これを見るに等し。故に雖もと云ふなり。煩悩と云ふは二種あり。智度論に云く。一に内著煩悩。謂く、身見辺見等の諸煩悩、内心に於て了せず。而して執着を起こす。故に内著煩悩と名づく。二に外著煩悩。謂く、貪瞋痴等の煩悩、外境に於て了せず。而して貪著を起こす。故に外著煩悩と名づく。つぶさに根本隨眠等あり。瑜伽地論及び華厳疏の如し。」(『要解』巻四・三十八右~左)と釈しています。
 知空は西吟の「根本隨眠」を釈して、「根本隨眠 根本煩悩とは即ち無明の惑なり。謂く、この根本無明の惑、能く一切煩悩を出生す。隨煩悩とは即ち見思の二惑なり。謂く、この見思の二惑、一切違順の境の上に隨て貪瞋痴等の煩悩を起こし、隨逐して捨てざるなり。また百法論に依るに根本煩悩に六有り。所謂、貪と瞋と痴と慢と疑と悪見なり。隨煩悩に二十有り。所謂、忿と恨と悩と覆と誑と謟と憍と害と嫉と慳と無慚と無慚と不信と懈怠と放逸と惽沉と掉挙と失念と不正知と散乱となり。」(『助講』四十三丁左~四十四丁右)と釈しています。
 普門は「煩悩障眼」を「内著煩悩」「外著煩悩」で釈し(『發覆』二四一頁)、また、仰誓は月筌『勦説』(五二~五三頁)の意を承けて、「不見は信機の謂。常照は信法の謂なり。」(仰誓『夏爐』一七六頁、僧鎔『評註』二六頁)と釈し、僧叡は「「煩悩」等とは疑を釈す。」といい、「不見」の「見」は「肉眼」でなく「心見」であると釈しています(僧叡『要訣』五〇九頁)。なお、観道はこの「見」について、慧雲の釈(『呉江』三九頁)に依拠して、「見とは、要(西吟『要解』巻四・三十八丁右)に眼見と為す、刊(性海『刊定記』巻下・三十四丁左)に心見と為す。勦(月筌『勦説』五二頁)は眼見と為す。軌(若霖『文軌』七八頁)、亦眼見。無倦等は、軌(『文軌』七九頁)に云ふ。見る者の為に勇勤して、恒に明かに見ざるが故に、疲倦して其照を怠慢するに非ず、平等大悲の故に。」(『慶嘆』四二三頁)と釈しています。
by jigan-ji | 2017-01-09 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[245]     2017年 01月 08日
 補遺[197] 「偏帰安養勧一切」

 正信偈講読[39](2013年10月6日)、正信偈講読[137](2015年8月8日)の、「偏帰安養勧一切」を補足します。

◎偏帰安養勧一切
 「偏帰安養勧一切」は【現代語訳】に「ひとえに浄土を願い、また世のすべての人々にもお勧めになった」とあります。
 西吟は「偏帰等の下は自行化他を明かす。中において二あり。一に偏帰等とはこれ師(源信・池田注)の自行を示す。謂く。信師、諸土の中に於ひて偏に心を安養に栖みしを、諸行の中に於ひて専ら行を六字に唱ふを、偏帰安養と云ふ。故に要集の序に云く。顕密事理の業因、その行これ多けれども、利智精進の人は、いまだ難しとなさず。予がごとき頑魯のもの、あにあへてせんや。」(『要解』巻四・三十五丁右~左)と釈しています。
 「偏帰」を、普門は「偏は一向の義なり。帰は帰入の義なり。勧は勧化なり。」(『發覆』二三七頁)と釈し、法霖は「他に帰せざる謂なり」(『捕影』六七頁)と釈しています。『往生要集』巻頭の「それ往生極楽の教行は、濁世末代の目足なり。道俗貴賤、たれか帰せざるものあらん。」(七祖篇七九七頁)に拠ります。
 この「偏帰」の偏は、「広開一代教」の広と対になっています。すなわち、一代仏教に通じた源信でさえ、自ら阿弥陀仏の浄土を願生するとともに、他の一切にも浄土往生を勧めたというわけです(慧琳『帯佩』五七五頁)。
 「安養」とは、阿弥陀の浄土のこと。『大経』には「安楽」「安養」、『観経』『阿弥陀経』には「極楽」とあります。
 「勧一切」とは、『往生要集』に「いま念仏を勧むることは、これ余の種々の妙行を遮するにはあらず。ただこれ、男女・貴賤、行住坐臥を簡ばず、時処諸縁を論ぜずして、これを修するに難からず、乃至、臨終に往生を願求するに、その便宜を得たるは念仏にはしかじ。」(七祖篇一〇九六頁)と、浄土往生のための念仏を勧めている「化他の徳」を示します(月筌『勦説』五〇頁、慧雲『呉江』三八頁)。『高僧和讃』「源信讃」には「本師源信ねんごろに 一代仏教のそのなかに 念仏一門ひらきてぞ 濁世末代をしへける」(註釈版五九四頁)と和讃しています。
 西吟は、「勧一切の三句半(西吟の科段による・池田注)は化他を明かす。中に於ひて三。一に勧一切とは広く勧めるなり。謂く、念仏の法門は智愚を簡ばず、貴賤を論ぜず。願は諸機にとどまる益、衆類を該ぬ。これを以て諸経論の中に往生極楽を説くの要文を採緝して往生要集を造って、広く厭離穢土欣求浄土の旨を勧むるを勧一切と云ふ。」(『要解』巻四・三十五丁左)と釈し、若霖は「諸仏国中に簡びて弥陀の国土に帰するが故に偏帰と云ふ、復た報化を揀びて直ちに報土を以て其所帰と為し、亦他を勧めて帰趣せしむ、故に安養勧一切と云ふ。」(『文軌』七六頁)と釈しています。また、仰誓は「帰安養は信師(源信・池田注)の自利。勧一切は、利他なり。」(『夏爐』一七一頁)と釈し、僧叡は「「偏帰安養」とは別して浄土を以て自の所帰となすが故に、「安養」とはいふところの往生極楽の教、自らの所帰となすは「予が如きの頑魯等」といえるが故に、「勧一切」とはその化他を歎じ、道俗貴賤等と云ひ」(『要訣』五〇一頁)と釈しています。
by jigan-ji | 2017-01-08 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[244]     2016年 10月 14日
 補遺[196] 宗祖の左訓をどう読む

 浄土真宗本願寺派の宗学では三業惑乱の影響から祈願請求(きがんしようぐ)の義が非常に警戒されてきました。
 三木照國は『正像末和讃』の「三朝浄土の大師等 哀愍摂受したまひて 真実信心すすめしめ 定聚のくらゐにいれしめよ」(註釈版六一〇頁)の先哲の解釈に疑問を呈し、次のように述べています。

 【語釈】(中略)〇真実信心すゝめしめ・・・「すゝめしめ」とは「勧む」の未然形に尊敬を表わす助動詞の「しむ」の連用形がついているとすれば「真実信心をおすすめなされて」の意ととることができる。しかし、これも前の「哀愍摂受したまひて」、後の「定聚のくらゐにいれしめよ」の句と同じように、左訓にしたがって命令ととれば、「真実信心をおすすめ下さい」の意となる。 〇定聚のくらゐにいれしめよ・・・真蹟本は「定聚のくらゐに帰せしめよ」の本文とし、その左に「かならずほとけになるくらゐにすゝめいれたまへとなり」の訓(『増補 親鸞聖人真蹟集成』第三巻二八三頁。池田注)をつけている。「しめよ」を、尊敬をあらわす助動詞「しむ」の連用形に、感動をあらわす間投助詞の「よ」がついたものと見れば「真実信心を勧められ、正定聚に入れてくだされたことであるよ」という意にとれる。しかし、真蹟本の左訓や「しめよ」を文法的に分析してみれば、やはり「しむ」という尊敬の命令形であるととるほうが自然であるから、左訓のように尊敬の心をこめて「かならず往生を得、ほとけになるくらいにすすめいれてください」という意となるのである。
 【要義】〇「いれしめよ」について・・・西本願寺系の先哲は、三業惑乱の影響からか請求や祈りや願いを非常に警戒した。この和讃は勿論のこと、祖師の『教行信証』や『愚禿鈔』などに弥陀・釈迦・諸仏に加備を乞うたり、祈願する意をあらわすところはないとする。まして七祖に信心を得て往生決定を願うはずがないと否定し、左訓の意味をとらないようである。(三木照國『三帖和讃講義』五九五~五九六頁)
by jigan-ji | 2016-10-14 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[243]     2016年 10月 13日
 補遺[195] 「自然法爾」解釈の危うさ

 正信偈講読[214](2016年7月15日)を補足します。

 正信偈講読[212][213][214]にて「自然法爾」解釈について述べましたが、中島岳志と島薗進はその著『愛国と信仰の構造―全体主義はよみがえるのか―』(集英社新書、2016年)にて〝「寝転がる思想」の危うさ〟について、次のように述べています。

島薗 親鸞主義には独特の寝転がり方があるかもしれないですね。親鸞の悪人正機には「造悪無碍」、すなわちモラル無視で何をしてもいいと受け取られてしまうという難問が伴います。要するに、一歩間違えると「寝転がる思想」になってしまう。この場合の「寝転がる」とは、社会倫理的な意識を捨てて大勢順応に居直るという意味です。「寝転がる思想」は、建前を嫌う日本の思考様式と関わっていて、私小説文学などにもよくあらわれています。トルストイ主義や社会主義に傾倒した青年たちが、国家権力の抑圧に直面して転向すると、親鸞に惹かれる例が少なくありませんでした。(p66~p67)

中島 もうひとつは、神々と人々が一体化することで、理想社会はおのずと成立すると考えるユートピア主義です。島薗先生の言葉を借りれば「寝転がる思想」です。親鸞主義の三井甲之、蓑田胸喜が典型ですが、彼らは天皇の大御心と自分たちを一体化すれば、ユートピアは現前すると考え、理性的な計らいを徹底的に糾弾する。つまり、日蓮主義は自力のユートピア主義であり、親鸞主義は他力のユートピア主義です。しかし、私が立脚している保守思想という見方から言えば、どちらのユートピア主義も否定しなくてはならないものです。(p136~p137)

中島 しかし、親鸞だけにどっぷりいってしまうと、また融通無碍の、島薗先生のおっしゃる「寝転がる思想」へと傾いてしまう。(p154~p155)

 さらにこの〝「寝転がる思想」の危うさ〟は、「転向」の視点からも指摘されています。
 後藤宏行はその著『転向と伝統思想―昭和史の中の親鸞と西鶴―』(思想の科学社、1977年)にて、次のように述べています。

 一五年前、思想の科学「転向研究グループ」の一員として、昭和の転向史の共同研究に参加しているとき、一つの面白い事実にきづいた。すなわち、思想家とか評論家のなかのかなりの部分が、転向後の思想的結論としてであれ、転向以前の思想的準備段階としてであれ、とにかく何らかの意味において、親鸞思想とコミットするケースが、意外におおいということである。しかも、作家の転向に関しては、西鶴が親鸞とおなじような役割をはたしてきたケースを、かなり指摘することができるのである。(中略)転向現象は、ある意味で一つの近代の行き詰まり、直輸入の欧米型近代化の歪現象であると同時に、いま一つの近代、すなわち土着型近代化方向の模索現象であったとも、いえるのではないか。その意味では、親鸞と西鶴への回帰は、日本の近代転向思想史のなかで、原型となるべき方向性をもった思想的課題として、定着してきているように思えるのだ。たとえば、幸徳秋水事件の衝撃が引き起こした波紋は、日本近代史の上で、物理的強制力をきっかけとした転向の、最初のケースである。天皇神権論へのラディカルな批判者であった木下尚江は、親鸞をとおって転向していく、最初の先例者となった。また、永井荷風も西鶴だけを軸にしたわけではないけれども、「江戸戯作者の境地に、身を貶しめる」ことによって、この嵐の時代をくぐりぬけるに如くはない、と密かに決断した。また物理的強制力による転向ではないけれども、大正デモクラシー時代をささえた、教養主義とキリスト教的人格主義を出発点にした倉田百三が、後年、日本主義者として転向していく、その思想的核に、親鸞哲学がふかく根を下ろしていたことは、あまりにも有名である。(中略)これらほんの数例を見ただけでも、日本近代の転向思想史における、親鸞、または西鶴を仲立ちとした転向ケースの結びつきは、単なる偶然の符合として見すごすには、あまりにも興味ぶかい問題点を、多面的にのこしていると思うのだ。しかも、転向と親鸞思想の関連性や、近代批判のイデアロギーのなかではたしてきた親鸞思想については、すでにおおくの論者によって取り上げられている。(「はしがき」)

 後藤は、「転向現象は、ある意味で一つの近代の行き詰まり、直輸入の欧米型近代化の歪現象であると同時に、いま一つの近代、すなわち土着型近代化方向の模索現象であったとも、いえるのではないか。その意味では、親鸞と西鶴への回帰は、日本の近代転向思想史のなかで、原型となるべき方向性をもった思想的課題として、定着してきているように思えるのだ。」といいます。
 その意味からいえば、「親鸞思想」「親鸞哲学」、特にその「自然法爾」解釈は、「直輸入の欧米型近代化の歪現象」を克服せんとする、「いま一つの近代、すなわち土着型近代化方向の模索現象」に与して解釈される時、島薗のいう「寝転がる思想」に転じる危うさがあるといえましょう。
 かつて普賢大圓は「自然法爾の道理が「教」として顕現せるものが真宗とするならば、「国」として展開せるものが日本国であるといふことが出来ると思ふ。」(普賢大圓『真宗の護国性』昭和18年)と述べました。
 さらに、戦時教学指導本部は「我が国は現人神たる 天皇の治しめし給うふ神国である。ここにすべてを御稜威と仰ぐ国民感情が存在し、その自爾の展開として、上御一人に対する絶対随順と国家に対する絶対信頼の情とが生まれて来る。『十七条憲法』第三条の承詔必謹の聖訓、多くの古典に現はれてゐる「神ながら言挙げせぬ国」等の表現はすべてかかる国民感情の発露に外ならぬ。」(戦時教学指導本部『皇国宗教としての浄土真宗』昭和19年)と主張しました。
 島薗のいう〝「寝転がる思想」の危うさ〟は、まさに親鸞の〝「自然法爾」解釈の危うさ〟でもあります。
by jigan-ji | 2016-10-13 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[242]     2016年 10月 12日
 補遺[194] 「矜哀」の主体は誰か

 正信偈講読[37](2013年9月3日)、並びに正信偈講読[134](2015年7月26日)の「矜哀定散与逆悪」を補足します。

 「矜哀定散与逆悪」は【現代語訳】に「善悪のすべての人を哀れんで」とあります。西吟は「矜哀定散等の一句は、その所哀の機類を挙ぐ。」(『要解』巻四・二十六丁右)と釈し、隨慧は「此の一句は所被の機を楷定することを明す」(『説約』四一七頁)と釈しています。
 「矜哀」とは矜は憐れむ、哀は愍の意で、慈悲の心をもって哀れむことです。『大経』には「如来、無蓋の大悲をもつて三界を矜哀したまふ。」(註釈版九頁)と、「信文類」別序には「大聖(釈尊)矜哀の善巧」(註釈版二〇九頁)と、「化身土文類」後序には「深く如来の矜哀を知りて」(註釈版四七三頁)とあります。西吟は「矜哀とは、これ師(善導・池田注)の悲心を指す。定散逆悪とは、所哀の機品を顕すなり。」(『要解』巻四・二十六丁右)と釈し、恵然は「矜哀等はこれを愍れむ、これを悲しむ。その所哀の機、定散と逆悪となり。定は息慮凝心の禅人(ママ)と謂ふなり。散は廃悪修善の道人(ママ)と謂ふ。即ち定善の機、上六品の人なり。」(『句義』三一〇頁)と釈しています。
 なお、道隠はこの「矜哀」の主体は、「宗師(善導・池田注)の矜哀」であり、「即ち仏の矜哀」(『甄解』三三七頁)と釈しています。
by jigan-ji | 2016-10-12 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[241]     2016年 10月 01日
 補遺[193] 「一生」と「一形」

 正信偈講読[35](2013年8月27日)、並びに正信偈講読[131](2015年7月19日、[132](2015年7月20日)の「一生造悪値弘誓」を補足します。

 「一生造悪値弘誓」は、『安楽集』第三大門の「もし衆生ありて、たとひ一生悪を造れども、命終の時に臨みて、十念相続してわが名字を称せんに、もし生ぜずは正覚を取らじ」(本願取意の文、七祖篇二四二頁)、「たとひ一形悪を造れども、ただよく意を繋けて専精につねによく念仏すれば、一切の諸障自然に消除して、さだめて往生を得。」(七祖篇二四二頁)に拠ります。
 道綽は「縦令一生造悪」といい、また「縦使一形造悪」(三経七祖部四一〇頁)とも述べていますが、この「一生」と「一形」について、西吟は次のように釈しています。

 一生等の両句はこれ機法の勝益を明かすなり。一生造悪はこれその悪機、弘誓はこれその法なり。安養証果はこれその勝益なり。謂く。尽形造悪の者も弘誓願に値へばかの仏力を以て浄土に往生して即ち証果を得、その利益餘善に超へたり。豈勝益に非ずや。故に安楽集に云く。たとひ一形悪を造れども、ただよく心(ママ)を繋けて専精に常によく念仏すれば、一切の諸障自然に消除して、定めて往生を得。一生亦は一形と云ふなり。それ形有れば生有り。生有れば形有り。故に集の中に一形と云ひ亦一生と云ふなり。」(『要解』巻四・二十一丁左~二十二丁右)
by jigan-ji | 2016-10-01 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[240]     2016年 09月 30日
 補遺[192] 「必至無量光明土」

 正信偈講読[33](2013年8月22日)、正信偈講読[128](2015年7月12日)の、「必至無量光明土」を補足します。

 「弥陀の真土」を「無量光明土」と名づけた理由について、西吟は「無量光明土(「解に二義有り。初めは偏に光明に約して而して言ふ。後は光明を智と為し無量を理と為す。理智不二なるはこれ報仏の住處なり。もし体用相即より下は二義を会して一義と為すなり。」、知空『助講』四十丁左~四十一丁右)は報仏所居の土なり。報土とは知恵を体と為す。謂く。弥陀は因中において光明無量を誓つて願既に成ずと釈迦讃嘆して無量無辺と云ふなり。即ちこの智体所現の土なるが故に無量光明土と云ふ。また無量光明は理智の異称なり。謂く。実相は無量なれば呼んで体を無量と云ふ、用を呼んで光明と云ふ。但し今の所用に非ず。もし体用相即して而してこれを言はば則ち体既にこれ無量なれば智また無量なるが故に偏に光明の徳を呼んで無量光明と云ふ、故に無量光明土と云ふなり。」(『要解』巻四・十四丁左~十五丁右)と釈し、隨慧は「上の章に蓮華蔵と云ふ。今光明土を以て釈すとしるべし。そのゆへは蓮華蔵の名は諸仏の報土に通ず○傍三世厳と説が故弥陀別願所成の報土を無量光明土と名く。故に弥陀の蓮華蔵を無量光明土と名くとしらしむるもの乎。」(『説約』四一〇頁)と釈し、深励は、「弥陀の真報身の光明に従へて名をえて、論には尽十方無碍光如来と称し、釈には不可思議光如来と名くるなり。竜樹の易行品に、弥陀を無量光明慧とほめてある。そこで真土を又光明に従へて名づけて無量光明土と云ふ。弥陀の真仏真土ともに光明に従へて、名を得るとの玉ふときに、弥陀の浄土を無量光明土と名づけることは、吾祖不共の名目なり。他流には云はぬことなり。」(『講義』一七一頁)と述べています。つまり、深励は龍樹の『易行品』に阿弥陀仏を「無量光明慧」(七祖篇一五頁)といっているから、「弥陀の浄土」も、同じ光明の文字を以て「無量光明土」と表現したというわけです。
 なお僧鎔は性海の『正信念仏偈刊定記』に依って「無量光明土四義」について、「刊(『正信念仏偈刊定記』巻中・五十六丁左)。必とは決定の義。無量光明土の四義。一には無量智光所成の土。智に約す 二には無量は理、光明は智、理智不二の妙土。理智に約す。已上全く要解(『要解』巻四・十四丁左~十五丁右)に依る 三には無量光明仏土。大経無量寿仏の所文を引く。四には無量光明荘厳土。論文を引く云々」(『評註』二二頁)と挙げています。
by jigan-ji | 2016-09-30 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[239]     2016年 09月 28日
 補遺[191] 「証知生死即涅槃」

 正信偈講読[33](2013年8月22日)、正信偈講読[127](2015年7月11日)の、「証知生死即涅槃」を補足します。

  親鸞はなぜ「生死即涅槃」という表現をしたのかについて、『六要鈔』では問答をもうけて「□問生死すなわち涅槃の証は深悟の機に約す。惑染の凡夫はたとえ信心を発しても、いかでかその証が得られようか。したがって今の教には、無相離念の義を明かさないで、煩悩・菩提は不二の悟である。どのようにして関わるのか。□答凡夫は直にこの理を証すというわけではなく、今の名号は万徳の所帰、仏果の功徳であり、能信の信心はまた他力より起こる。さらに凡夫自力の心行ではない。したがって信を発して、その名号を称すれば、不断煩悩の悪機であっても、法の功能に依ってこの理を備わるのである。」(和訳六要鈔一三二頁、宗祖部二七一頁)と述べています。
 存覚は、凡夫は「生死即涅槃」の「理」を直に証するわけではなく、「法の功能に依ってこの理を備わるのである」といいます。
 西吟もまた「生死即涅槃」を、次のように釈しています。

 証知生死等と云ふは涅槃生死もと即ち一心なり。もしこれに迷ふならば則ち涅槃即ちこれ生死。なお水に即して波が現ずるが如し。もしこれを悟れば則ち生死即これ涅槃。なお波に即して水を現ずるが如し。あに生死涅槃それ別体有らんや。しかるに他は自心に向かつてまさしくこの理を証して見性成仏す。今家はしからず。まさしく宗門に約してこれを言はば二義有り。一には仏力に約す。謂く。仏もと凡夫往生の願有り、故に専ら心を仏地に樹て恒に念を宝海に流せば、仏力住持して自然に煩悩を転じて菩提を成じ、生死を転じて涅槃を得しむ。則ちこの密益を指して証知等と云ふなり。まさに知るべし。自己に向かつて生死即涅槃を証知せよと言ふには非ざるなり。二には信解に約す。謂く。一切衆生仏願力を聞ひて而して生死の凡夫、彼の国土に到れば即ち涅槃を得と信知する。これを証知と云ふなり。本文註論の下(七祖篇一五五頁)に出たり。云く。無礙とは生死即ちこれ涅槃なりと証知する等と。ただし文はこれを写すといえども義亦およばざるなり。(『要解』巻四・十三丁左~十四丁右)

 西吟は「密益を指して証知等と云ふ」のであり、「自己に向かつて生死即涅槃を証知せよと言ふには非ざるなり」といいます。
 さらに若霖は「然るに是の如きの教理は聖道の極則なり、今偈に何ぞ取りて此に用ふることを為すや、宗致と相関はらざるに似たり。謹んで祖意を按ずるに、弘願の宗旨にして、方に是の如きの不二法門を語るべし、聖道は即ち是教ありて即ち是証なきが故に」(『文軌』六五頁)と述べています。
 この「生死即涅槃」は聖道門の教理のように思われます。先学も「中観哲学的、四論の学匠的表現」(豊原大成『迎法憧』五四三頁)と述べています。
 隨慧は「文類偈に云ふ。「信心開発すればすなはち忍を獲、生死すなはち涅槃なりと証知す」(註釈版四八八頁)忍とは無生法忍なり。無生法に於ひて安忍するを無生法忍と名く。無生の法とは生死即涅槃なり。此の法小智の安忍するところに非ず。信心の智慧にいりてこそ、無上涅槃を期する身とはなるなれ。凡夫の境界にあらざる。無上涅槃をうべしと信知するを無生忍と云ふ。是を証知生死即涅槃と云ふ。すなはち獲忍の相なり。」(『説約』四〇八頁)と、「証知生死即涅槃」は「獲忍の相なり」と釈しています。
by jigan-ji | 2016-09-28 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[238]     2016年 09月 27日
 補遺[190] 「報土因果顕誓願」

 正信偈講読[32](2013年8月21日)、正信偈講読[126](2015年7月8日)の、「報土因果顕誓願」を補足します。

 「報土因果」の四字については、報土と因果の二つと見るか、報土の因と報土の果と見るか等々の問題があります(僧鎔『評註』二〇頁以下、浜田耕生『正信念仏偈の研究』八八頁以下)。今は、衆生が浄土に往生する因と果の意で解釈するのが良いと思います。
 西吟は「因果顕誓願とは解するに二義有り。一には謂く。報土の因と云ふはこれ何ぞ、法蔵菩薩の願心修行のいまだ成ぜざるところなり。報土の果と云ふはこれ何ぞ、法蔵菩薩願心修行即ち尅成するところ。故に因果共に一願心に在り。これを以て彼の註論に仏土荘厳を釈する時、上(『論註』上・池田注)には仏の因位に約してこれを説き、下(『論註』下・池田注)にはその果体に約してこれを釈す。故に註解因果顕誓願と云ふなり。二には謂く。衆生得生の因は第十八の願より起こる。又衆生得生の果は第十一の願より発る。故に鸞師の註論に信仏の因縁を土因と為るは、これ第十八の願にもとづく。又正定涅槃を土果と為るは、これ第十一の願に依る、故に註解報土因果顕誓願と云ふなり。これを以て下に二種の廻向を明かす中に往相はこれ報土所入の因相なり。還相はこれ報土生後の果相なり。故にここに在って下の二回向の意を総標するなり。」(『要解』巻四・十丁左~十一丁左)と釈しています。
 また、普門は「因果は二義有り。一に報土について因果を論ず。二に衆生得生の因果についてこれを論ず。初めの報土の因果は、因はこれ法蔵願心、浄仏国土の行因なり。果は法蔵願心の剋果なり。故に因果共に一願心に在るゆゑなり。論註、仏土の荘厳を釈する時、上、仏の因位に約してこれを説く、下、その果体に約してこれを釈す。故に因果顕誓願と云ふなり。(中略)次に衆生得生の因果についてこれを論ずとは、それ衆生往生の因は、これ第十八願なり。又衆生得生の果は、第十一願ゆゑなり。論註に云く、おほよそこれかの浄土に生ずると、およびかの菩薩・人・天の所起の諸行とは、みな阿弥陀如来の本願力によるがゆゑなり。いま的(アキ)らかに三願を取りて義の意を証せん云々。この三願は上に述べる。十八・十一・二十二 しかれば則ち生因これ本願なり。得果本願力なり。」(『發覆』二〇四~二〇六頁、仰誓『夏爐』一五三頁、道隠『甄解』三二八頁、観道『慶嘆』三九七頁)と釈しています。
by jigan-ji | 2016-09-27 01:02 | 聖教講読