浄土真宗本願寺派


住職の池田行信です。
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カテゴリ:聖教講読   
  • 正信偈講読[96]
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正信偈講読[96]    2015年 02月 17日

   『正信念仏偈師資發覆鈔』(真宗全書第39巻132頁)

 補遺㊽ 無称光-言語の境界に超えたる光-

 正信偈講読[11]の「無称光」を補足します。

(ⅺ)無称光(説きつくすことができず、言葉もおよばない光)
 神光、相を離れたれば、名づくべからず。ゆゑに仏をまた無称光と号けたてまつる。光によりて成仏したまへば、光赫然たり。諸仏の歎じたまふところなり。ゆゑに頂礼したてまつる。(『讃阿弥陀仏偈』七祖篇163頁)

 無称光と申すは、これも、「この不可思議光仏の功徳は説き尽くしがたし」と釈尊のたまへり。ことばもおよばずとなり。このゆゑに無称光と申すとのたまへり。しかれば、曇鸞和尚の『讃阿弥陀仏の偈』には、難思光仏と無称光仏とを合して、「南無不可思議光仏」とのたまへり。この不可思議光仏のあらはれたまふべきところを、かねて世親菩薩(天親)の(以下原本十行欠落)(『弥陀如来名号徳』註釈版731~732頁)

 ことばをもつて説くべからざれば「無称光仏」と号す。『無量寿如来会』(上)には、難思光仏をば「不可思議光」となづけ、無称光仏をば「不可称量光」といへり。(『正信偈大意』註釈版1025頁)

 『述文賛』では「無称光仏 また余乗等説くこと堪ふるところにあらざるがゆゑに。」(註釈版370頁))と釈しています。「余乗」とは仏以外の声聞・縁覚・菩薩等の教えを意味します。『顕名鈔』には「神光相をはなれてなづくべきところなし、はるかに言語の境界にこえたるがゆへなり。こころをもてはかるべからざれば難思光仏といひ、ことばをもてとくべからざれば無称光仏と号す。『無量寿如来会』には難思光仏をば「不可思議光」となづけ無称光仏をば「不可称量光」といへり」(歴代部335~336頁)と釈しています。『大経』(十二光)の「難思光」「無称光」が『如来会』(十五光)の「不可思議光」「不可称量光」に該当するというわけです。曇鸞の『讃阿弥陀仏偈』には「不可思議光に南無し、一心に帰命し稽首して礼したてまつる。」(七祖篇177頁)とあり、『如来会』には「不思議光」「不可称量光」(三経七祖部196頁)とあります。
 普門は「問。無称光の義、如何。答。無称とは言語を絶するゆえに。(中略)言語の相を出でたるなり。(中略)但し興(憬興・池田注)・浄(浄影・池田注)・玄一・共に言相を離れる義これ同じ。」(『發覆鈔』真宗全書第39巻132頁)と釈し、無称光は言語の境界に超えた光であると述べています。(中西智海『顕浄土真仏土文類講讃』50・226頁参照)
by jigan-ji | 2015-02-17 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[95]    2015年 02月 14日

 『正信念仏偈師資發覆鈔』(真宗全書第39巻88頁)

 補遺㊼ 釈尊は伝説の師・弥陀は能救の師

 正信偈講読[3]を補足します。
 親鸞は『正信念仏偈』の「偈前の文」において「仏恩の深恩なるを信知して、「正信念仏偈」を作りていはく」(註釈版202~203頁)と述べています。『念仏正信偈』(註釈版485頁)も同様です。
 普門(1636~1692、高田派の学僧)はその著『正信念仏偈師資發覆鈔』にて、この「仏恩」の仏とは釈迦か弥陀かと問い、次のように論じています。

 問。仏恩とは何仏や。答。一義に云ふ。二尊を指すか。既に二尊教と云ふ故に釈迦に通ず。善導云く。今釈迦仏の末法の遺跡たる弥陀の本誓願、極楽の要門に逢へり(七祖篇298頁)。又云く。釈迦仏の開悟によらずは、弥陀の名願いづれの時にか聞かん(七祖篇587頁)。矣 一義に云ふ。仏恩とは弥陀の恩なり。釈尊はこれ伝説の師、弥陀仏は能救の師故に云々。況んや下の偈文、みな弥陀一仏に約してこれを嘆ず。所列の諸高僧、亦弥陀の恩を報ず。報土に生ずる故に云々。(真宗全書第39巻88頁)

 依経段は弥陀を讃える一段と釈迦を讃える一段からなっています。その意からすれば親鸞にとって「偈前の文」における「仏恩」とは、弥陀と釈迦の「二尊」と解するのが穏当に思います。
 普門は「二尊」を「釈尊はこれ伝説の師」「弥陀仏は能救の師」と釈しています。この普門の二尊の解釈は、かつてR・ブルトマンが指摘した「史的イエス」と「宣教のキリスト」(信仰上のキリスト)の解釈を先取りするものです。江戸宗学における、「史的ブッダ」と「信仰上のアミダ」の議論の嚆矢とも言えましょうか。
 ※なお、この弥陀・釈迦二尊に関しては正信偈講読[6]も参照して下さい。
by jigan-ji | 2015-02-14 10:50 | 聖教講読
正信偈講読[94]    2015年 02月 13日

(『正信念仏偈略述』真宗全書第39巻72頁)

 補遺㊼ 説筆次第之義

 正信偈講読[38]を補足します。
 恵空は「開入本願大智海」の「開入は(傍)観念法門(七祖篇638頁)開示悟入なり。」(真宗全書第39巻70頁)と釈しています。『玄義分』には「長劫の苦因を開示し、永生の楽果に悟入せしむ。」(七祖篇300頁)とあります。
 さらに恵空は、この「悟入」について、「問。悟入は愚者の鏡に非ず、爾れば宗義に違う、如何。答。悟は深智を云ふに非ず、証知(宗祖部45頁)の証の如く、又証得往生(三経七祖部514頁)の証の如き。ただ疑惑心無きを悟と云ふ。即ち明了仏智の明了。」(真宗全書第39巻70頁)と釈しています。
 慧琳は「開入等ノ二句ヲ。略文類ニハ「入涅槃門値真心」(宗祖部450頁)ノ一句ニ頌ス。涅槃門即念仏[舟讃曰。念仏即是涅槃門(三経七祖部720頁)]ナレバ。入涅槃門ハ開入ノ句ニ同シ。値真心ハ正受ノ句ニ同シ」(真宗全書第39巻570頁)と釈しています。
 「大智海」とは、弥陀の「本願」、すなわち仏智を海に譬えて「大智海」といいます。善導の『往生礼讃』「初夜讃」には「弥陀の智願海は、深広にして涯底なし。」(七祖篇671頁)とあります。この「本願大智海」を、親鸞は『唯信鈔文意』に「仏の智願海」(註釈版700頁)と語っています。

 「慶喜一念相応後」の「相応後」とは、『玄義分』に「妙覚および等覚の、まさしく金剛心を受け、相応する一念の後、果徳涅槃のものに帰命したてまつる。」(七祖篇298頁)とあるのを転用したものです。すなわち、一念慶喜の他力の信心を得た後との意です。
 恵空はこの「相応後」の後を、「今信とは本願相応の一念に三忍を獲。実に信と倶なる時、得忍すと雖も、説筆次第の義によって後と云ふなり。」(真宗全書第39巻72頁)と釈しています。

 「與韋提等獲三忍」に関して、韋提の得忍をどこで語るかは重要な意味をもっています。すなわち、聖道の諸師は韋提希は『観経』の「得益分」(註釈版116頁)で「無生忍」を得たと解釈しました。しかし、善導は『玄義分』にて、『観経』では釈迦が定散の要門の教えを説き、弥陀が弘願の教えを説いたと解釈し(七祖篇300~301頁)、「安楽の能人」たる弥陀の弘願の利益である「無生忍」を、「韋提の得忍は、出でて第七観の初めにあり」(七祖篇332頁)と、第七華座観で「無生忍」を得たと解釈しました。
 恵空はこの「華座観」における韋提の見仏について、『涅槃経』を引用し、「見に二種有る。一つには眼見、二つには聞見。文 昔、韋提の眼見の益。今、我等の聞見の益なり。」(真宗全書第39巻73頁)と釈しています。
by jigan-ji | 2015-02-13 13:40 | 聖教講読
正信偈講読[93]    2015年 02月 12日

   『正信念仏偈略述』(真宗全書第39巻62頁)

 補遺㊻ 礼菩薩・註解論

 正信偈講読[31][32]を補足します。
 恵空は「曇鸞讃」の「常向鸞処菩薩礼」の「菩薩礼」と「天親菩薩論註解」の「論註解」について、次のように釈しています。

 菩薩礼とは、迦才の云く。梁国の天子蕭王、恒に北に向かって曇鸞菩薩と礼す文。爾レハ、今、礼の字、菩薩の上にあるへし。但し義に違い無し。喩えば遊戯園林と云ふべきと雖も、而して園林遊戯地門と云ふが如し。亦大悲伝普化と云ふが如し。知るへし。但しまた礼菩薩と云ふ。(『正信念仏偈略述』真宗全書第39巻62頁)

 論註解とは、或ひは註解の二字、句頭にあるへし。字法前に云ふ如し。又直に釈題名と為す。此の時ハシテトヨマズ。論註解ニトヨムヘシ。(『正信念仏偈略述』真宗全書第39巻63頁)

by jigan-ji | 2015-02-12 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[92]    2015年 02月 08日
 補遺㊺ 大哲学者としての龍樹


 J、ネルー『インドの発見 上』(岩波書店、昭和44年、第14刷)


 カール・ヤスパース『佛陀と龍樹』(理想社、1978年、第11刷)

 正信偈講読[24]を補足します。
 インドの初代首相はジャワーハルラール・ネルーです。ネルーは独立運動にかかわり何度も投獄され、投獄生活は通算10年に及びますが、アフマッドナガル要塞の監獄で、1944年4月から9月にかけての5カ月の間に執筆したのが『インドの発見』です。
 同著にて「いかにしてヒンドゥー教はインドにおいて佛教を吸収したか」など興味深い議論をしていますが、「佛教哲学」の項では龍樹を高く評価し、次のように述べています。

 初期佛教の最も偉大な思想家中のあるものは霊魂の存在に関して佛教の執った不可知論的態度から離れ、それを完全に否定した。傑れた知性に輝く一団の人々の中にあって、ナーガールジュナ(龍樹)はインドが生んだ最大の人物の一人としてぬきんでている。彼は西紀の初めころ、カニシカ王の治下に生存し、大乗仏教の教義の組織的説述は、主として彼の力に依ったものである。(以下略) (『インドの発見 上』223頁)

 さらにドイツの実存哲学者カール・ヤスパースはその著『大哲学者たち』(1957年)にて佛陀と龍樹を取り上げています。その翻訳本が峰島旭雄訳『佛陀と龍樹』(ヤスパース選集5、1960年、理想社)です。
 ヤスパースは同著で、「仏教は、そこここで抑圧されはしたが、仏教のほうから暴力をふるったことは一度もなく、ドグマを押しつけたこともなかった。仏教の歴史に宗教戦争なく、宗教裁判なく、組織された教会の世俗的な政治もなかった。」(99~100頁)と述べています。
by jigan-ji | 2015-02-08 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[91]    2015年 01月 25日

 恵空『正信念仏偈略述』(『真宗全書』第39巻所収)


 義本弘導『いつでも、どこでも、お念仏』(百華苑、平成25年度用)

 補遺㊹ 結果を先取りして言う

 正信偈講読[6]を補足します。
 恵空は「法蔵菩薩因位時」を釈して、「広く仏徳を讃す。先ず因時を明かし、次に果上を嘆ず」と述べ、『大経』の「勝因勝行勝果」の三段では「法蔵比丘」「かの比丘」「比丘」など「法蔵」を「比丘」と呼んでおり、「勝報段の初め」に至って「法蔵」を「法蔵菩薩」(註釈版27頁)と呼んでいる。にもかかわらず『正信念仏偈』では「勝因発願」を挙げる時に「法蔵菩薩因位時」と、「法蔵」を「比丘」と呼ばずに「菩薩」と呼んでいるのは「経の説相に違う」ではないかと問いを出し、二義をもって次のように答えています。

 一に謂う。これ発願時の位、凡識に非ざる故に。比丘と云わざる歟。比丘の名多く凡位下位に在る故に。二に謂う。菩薩は後の時の称なり。この菩薩、前時、比丘の時願を発すなり。後の時の号を呼んで、前の時の願を明かす。弥陀選択の本願と云うが如き云々。又菩薩の称、たとえ時を違うと雖もその人、実の大士なり。何ぞ乖くところ有る乎。(『正信念仏偈略述』7頁、『真宗全書』第39巻所収)

 第一義は「凡識に非ざる故」であるといいます。そして、第二義は「後の時の号を呼んで、前の時の願を明かす」といいます。
 『浄土和讃』「讃阿弥陀仏偈和讃」にも「弥陀成仏のこのかたは いまに十劫をへたまへり」(註釈版557頁)とあります。「成仏」とは仏になる意ですから、本来は「法蔵成仏のこのたかは」とならなければいけないわけですが、「後の時の号を呼んで、前の時の願を明かす」表現になっています。
 私たちの日常生活の中でも、本来は「水を沸かす」のですが「お湯を沸かす」と言ったり、「お米を炊く」のですが「ご飯を炊く」というように、元々のものより、結果のほうが大事だから、結果を先取りして言う言い方があります(義本弘導『いつでも、どこでも、お念仏』3~5頁、平成25年度用)。

by jigan-ji | 2015-01-25 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[90]    2015年 01月 07日

 宮崎哲弥『仏教教理問答』

 補遺㊸ 「請求」と「許諾」(その2)

 正信偈講読[89]の続きです。『仏教教理問答』(株式会社サンガ、2012年2月、第2刷)に収められた宮崎哲弥氏と釈徹宗氏の対論は、直接、「請求」(しょうぐ)と「許諾」(こだく)の問題に言及したやりとりではありませんが、関連していますので紹介します。

宮崎 「本物の念仏」と「偽物の念仏」とを分かつものは何ですか?
釈 念仏が自らの行、自らの功徳だとしている限りは偽物で、自分が称えた南無阿弥陀仏が仏の呼び声になるっていうのが本物、ですね。「南無」は、サンスクリット語のナマス、あるいはパーリ語のナモで・・・・・・。
宮崎 ヒンディー(語)の挨拶、「ナマステー」のナマスですね。
釈 そうです。ナマステの原義もたぶん、「あなたのことを信頼してます」あたりかと思うんですけれど。マナスは帰命って訳されています。平たくいうと「おまかせします」って意味ですよね。「阿弥陀」はアミターバ(限りない光)とアミターユス(限りない生命)から成る言葉です。「南無阿弥陀仏」は「この世界に満ち満ちる限りない光と限りない生命の働きにおまかせしていきます」となる。このように自らの生き方を称えるというスタイルは、おそらくかなり初期から世界各地の仏教で実践されてきたと思われます。しかし、真宗では「おまかせします」じゃなくて、「まかせてくれよ」と仏に呼ばれるという転換がなければ本物じゃないと説きます。
宮崎 主客の転倒があるか否かが要点だと。つまり、どうしようもなく主体でしかない「この私」が、弥陀に呼びかけられることで客体に転じ得るか・・・・・・。
釈 そうです。
宮崎 そこが浄土門の宗教経験の核なのですね。(以下略)(44~45頁)

宮崎 そこがよくわからない点なんですよね。真宗が説く絶対他力往生の思想からすると、例えば称名念仏をしたり、あるいは仏恩報謝の行をなすことに能動性は認められないのでしょうか。また逆に、もしそこに何らかの能動性を認められるとすれば、それは自力の要素が残っているとはいえないのでしょうか。
釈 皆さんに少しご説明を(笑)。もともと「仏を念ずる」という瞑想の修行だった念仏は、称名念仏(仏の名を称える)へと移行します。誰もが実践できる易行への展開です。しかし、真宗では称名念仏における主体の能動性を否定します。つまり、念仏は自分の行ではなく、仏への感謝(仏恩報謝)だとなります。こうして、徹底して他力の立場に立とうとするのは真宗という宗教の特性です。そこを宮崎さんは「何と言おうと念仏は主体的行為じゃないか」と指摘されたわけです。また、信心や念仏が救済の前提だとすれば、それは他力の仏教として不徹底ではないのか、というお話でした。でも、「自分が称えた念仏による功徳で往生する」という立場を自力念仏とするのであって、報謝の念仏は自力じゃないとなります。そして、今、宮崎さんがするどく指摘したのと同じ事態が真宗教団ではしばしば起こります。つまり、ちょっとでも自力っぽい匂いがしたら拒否反応を示す仏教なのです。それでも仏教である限り、仏道を歩むというところがなければ成立しないです。
宮崎 では先ほどの「自他の転換」というのは、あくまでも結果としてあるべき態様であって、やはり最小限の阿弥陀如来に対する働き掛け、発心(気づき)の契機は要るわけですね。
釈 そうですね。働き掛けや発心というより、出会いと言えるでしょうか。だって実際に何の縁もゆかりもないのに、とつぜん真宗の信仰に目覚めるってあえり得ないじゃないですか。何らかの、真宗の教えや阿弥陀仏との出会いがあって、そこで他力の仏教の世界が開けて、「考えてみたえらぜんぶ仏縁だった」と、もう一度読み返す。そしたら自分の力じゃなかったのがわかる。そういう文脈です。(49~51頁)

 他力信心における「自覚」「意識」の問題、さらに、他力信心における「能動性」「主体的行為」と「自力の要素」の問題は、心理的視点からは「非意業」の問題、さらに、論理的視点からは「他作自受」の問題と関連して、なかなか難しいテーマに思います。



by jigan-ji | 2015-01-07 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[89]    2015年 01月 06日

 信楽峻麿『親鸞の真宗か 蓮如の真宗か』

 補遺㊷ 「請求」と「許諾」(その1)

 正信偈講読[4]において、「なお、浄土真宗本願寺派の宗学では、この「帰命=たのむ」の釈は、祈願請求の義ではなく、信順許諾の義で理解されなければならないとされます(稲城選恵『正信偈講讃』二一三・二六九頁、『新編 安心論題綱要』等参照)。」と記しました。しかし、この請求と許諾については、次のような意見もありますので補足しておきます。

  江戸宗学の理解
 ことに西本願寺では、江戸時代の末に三業惑乱という信心をめぐる騒動、事件があり、蓮如の言った「たのむ」ということも自力だと言い、論争したのです。ところが東本願寺は、そういう三業惑乱というのは、まったく経験しておりませんから、「たのむ」というのは「請求」(しょうぐ)だと言う。これは江戸宗学の理解です。
 「たのむ」とは、お願いをするということで、「たすけたまへとたのむ」というのは請求(おねがい)だと、これは仏教の読み方で「しょうぐ」と言いますが、これが東本願寺の蓮如解釈であります。
 ところが西本願寺は、請求というのは自力だというので、西本願寺の伝統教学では、「許諾」(こだく)と言います。許し承諾すると言う。「たのむ」というのは、阿弥陀仏が「たすけてやろう」、どうぞ「たすけさせてくれ」と、阿弥陀仏が私に対してそうおっしるから、それでいいでしょう、どうぞおまかせします、ということだというので、蓮如の「たのむ」とは「許諾」(まかす)だというように解釈します。「たのむ」いったら「たのむ」ということなんでしょうがね。
 それで、西本願寺は「請求」というのを嫌って「許諾」、まかせると解釈する。全部まかせるというのは、相手に責任をなすりつけることで、自分は何も責任をとらない。今日に語られている真宗信心とは、そういう無責任な理解になっている。だから、真宗念仏者における社会的な行動規範は何も語られることがないのです。(信楽峻麿『親鸞の真宗か 蓮如の真宗か』26~27頁、2014年)
by jigan-ji | 2015-01-06 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[88]    2014年 12月 30日

  恵空『正信念仏偈略述』(『真宗全書』第39巻)

 補遺㊶ 「経釈二分之偈」

 正信偈講読[50]を補足します。
 正信偈講読[50・補遺⑤]で、稲葉秀賢師の「正信念仏偈」と「念仏正信偈」の偈題の違いについて紹介しました。
 この偈題の義意について、恵空は次のように述べます。

 問。おおよそ正信偈は、選んで信心得生の文義を挙げる。ゆえに信心偈となす。今何の意あって口称の文を挙げるや。答。この義往々述べおわんぬ。また道綽の偈の下にて弁ずるが如し。況んや今次上に執心浅深を判ず。何ぞ宗義を忘れるとなす。また況んや専修専念の今家、本念仏をこととするをや。(『略述』三七頁)

 つまり源信讃にて「極重悪人唯称仏」と称名念仏を勧めるのは、浄土真宗は「念仏をこととする」からであり、そのことは道綽讃にても弁じたといいます。
 道綽讃にては、次のように述べています。

 問。上来経、および師釈の偈に依って、ただ信心の教義を挙ぐ。これ題(正信念仏偈・池田注)意を会する。今一句、何ぞ称名を勧めるの文(円満徳号勧専称・池田注)を出すや。答。総じてこの一偈、唯信の義を挙ぐといえども、また何ぞ称名大行の義を遮すや。下、源信の偈の中に唯称仏と云ふ。本行巻の偈、しかして信というは本願の名号を信ずるの信なり。信にして称せずば、則ち信の所詮無きものか。また既に本願を信じて称すゆえに、この称名はまた信を摂す。念声是一なり。今、勧めるところ専称は他力念仏、何ぞもってこれを知る。謂く上の句自力に対するゆえに。また下の句三不三信挙ぐゆえに云々。選択の二行章に引く。次に三心章来るが如し。(『略述』二八頁)

 恵空は「唯信の義」であっても「称名大行の義」を遮するものではないといいます。
さらに恵空は問いを設けて、次のように述べています。

 大意は、題下においてすべからく意味を得べし。題に念仏の言ありといえども、宗趣ただ正信を明かすあり。文々句々、しばらく弘願の信楽を顕しもって偈の本意となす。文面顕して念仏を勧めるとは、圓満徳号勧専称、極重悪人唯称仏ならくのみ。有るところの御筆に(○傍色紙文)真実信心偈と題す。六要鈔云ふ。信は疑に対す。今これ行に対す。所行の法について能信の文を挙げる。文 この意は、就行立信なり。則ち今の偈は立信の信なり。信巻の信は信の体相徳用を明かす広釈なり。偈の初め大経による、正しく就行立信なり。次に因、七祖を挙ぐ。これ就人立信の義なり。すなわち斯偈全て皆立信なり。ゆえに正信と題す。題の中の念仏、正しく就行の行なり。この行は仏恩師恩に依ってこれを得る。ゆえに経釈二分の偈来して一部において正信念仏と尽くすなり。(『略述』二~三頁)

 つまり『正信念仏偈』は依経段と依釈段から成っていますが、依経段は『大経』によって就行立信を明かし、依釈段は「七祖」によって就人立信を明かす「経釈二分之偈」であり、「斯偈全皆立信也」というわけで「正信」を題とし、「題中之念仏」は「正就行之行」であるといいます。
 さらに、『正信念仏偈』を信巻でなく行巻の最後においたのはなぜかと問いをたて、次のように述べています。

 専ら信を顕す偈とは、何ぞ信巻に挙げず、却って行巻に置くや。答。爾なり。先ず信、行を離れず。行、信を離れず。これ一往の義なり。しかるに今正信は、所得行を敬信の信なり。六要の釈この意なり。すでに行を信ずるゆえに、この信則ち行に属す。もって行巻に来たるか。また信巻は、正しく信体の相を明かす。広く信の徳用を集む。信巻の中において行の句有るべしといえども、その句還って信に属す。況んや行巻に顕すところの行は、凡夫口意の起行に非ず。この信すなわちこれその行なり。(中略)ゆえに行巻の中に信の偈来る、何の咎ある。かつまたこの例これあり。玄義の偈に「願入弥陀界、帰依合掌礼」と云ふ。また一義。しばらく文類(『浄土文類聚鈔』・池田注)の如し。教行信証を釈しおわる後、正信偈あり。ゆえにこの偈必ずしも行に属せず。総序の文、またこの意なり。ただに行を得た報恩の偈なり。唯正信偈非ず。教行信証。倶に報恩の作なり。この義、序の文に明らか。(『略述』三頁)

 『正信念仏偈』の「正信」は、「所得行を敬信の信」であり、「行を信ずるゆえに、この信則ち行に属す。もって行巻に来たるか。」といいます。また、「信巻は、正しく信体の相を明かす。広く信の徳用を集む。信巻の中において行の句有るべしといえども、その句還って信に属す。況んや行巻に顕すところの行は、凡夫口意の起行に非ず。この信すなわちこれその行なり。」と説明しています。「行巻に顕すところの行」は「行」といっても「凡夫口意の起行に非ず」とは、まさに「非口意業の起行」(「正信偈講読」(82)~(85)「非意業の信心について」参照されたい)ということになりましょう。
by jigan-ji | 2014-12-30 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[87]    2014年 12月 29日

『真宗全書』第39巻

 補遺㊵ 『正信念仏偈』の名称について

 正信偈講読[2]を加筆します。

 三 『正信念仏偈』の名称
 『正信念仏偈』の名称について、存覚(一二九〇~一三七三、本願寺第三代宗主覚如の長子)による『教行信証』の最初の註釈書である『六要鈔』は、『教行信証』の「正信念仏偈」を解説するにあたって「正信偈」の義について問答し、「問。「正信偈」とは何の義か。答。「正」とは傍に対し、邪に対し、雑に対する言葉で、「信」とは疑に対するのであるが、今は行に対していうのである。所行法について、能信の名を挙げる」(和訳六要鈔一二三頁、宗祖部二六六頁)と釈しています。蓮如の『正信偈大意』(註釈版一〇二一頁)も『六要鈔』の意を承けて解説しています。
 江戸時代の宗学者・恵空(一六四四~一七二一)は、「今、斯の偈文、六十行百二十句」を解釈するに、「三に題目とは、つぶさには正信念仏偈、略して正信偈(○傍尊号真像之銘文)なり。信心偈の義、上に已に明かしおわんぬ。此の題を細かに察すれば四点ある。私記(慶秀著・池田注)両点のみ。一に正信の念仏の偈。言者、念仏にも邪見・名聞・利養等。今しからず。正信心(○傍これ依主)念仏なり。二に正信(○傍與相違釈)念仏偈。上に唯信、今信行、牛角なり。この義しからず。三に正信(○傍即持業)念仏偈。これ信心即念仏の義なり。所謂、善本徳本念仏。当流の意。弥陀を頼み念仏習い来るゆえに。実念仏は信心こそと力を入れる。この義不可なり。四には正に念仏を信ずる。信種々。一代経を信ずる等あり。今正に念仏を信ずる。行巻にただ念仏を讃嘆、称美する信なり。これ六要鈔には、正は傍に対し、邪に対し、雑に対す文この意なり。私に云く。たとえただ念仏を信ずといえども、その心自力は正信と名づくべからず。定散心雑するがゆえに。ただ文中に偈げるところは他力の信、独り正の名を得るなり。文類聚鈔の偈は念仏正信と題す。これ念仏の中の他力の信を顕すものか。」(『正信念仏偈略述』真宗全書第三十九巻四〇~四一頁)と述べています。
 江戸時代の宗学者の多くは『正信念仏偈』の名称を解釈するにあたって、悉曇(しつたん)学の六合釈(りくがつしゃく)を使った「正信念仏」の解釈をほどこしています。すなわち、①念仏即正信(持業釈)、②念仏を信ずる正信(依主釈)、③念仏を具する正信(有財釈)、④念仏と正信(相違釈)の四義の解釈です(月筌『正信念仏偈勦説』一頁、慧琳『正信念仏偈駕説帯佩記』四三五頁、深励『正信偈講義』三五頁、隈部慈明『浄土文類聚講義』三九六~三九九頁)。
 先学は六合釈による諸師の「正信念仏」解釈を示すとともに、その問題点を示し、「正信念仏偈」は「念仏を正信する〔人をたたえる〕偈」(有財釈)と読むべきであると述べています(『早島鏡正著作集7 正信偈の世界』七七~七八頁・一八三~一八八頁)。
 さらに恵空は「正信偈」という言葉の由来について、「題の例、慈雲の別集中巻に往生正信偈三十二行六十四句あり。また弥陀経正信偈(四十七句有)あり。(中略)偈は私記に慈恩伝に云ふ。旧に偈いう、梵文は略す。今正音よりよろしく伽陀と云ふべし。」(『正信念仏偈略述』真宗全書第三十九巻四一頁)と述べています。
 また道隠(一七四一~一八一三)は、「浄土の経の中に未だ正信の語あるを見ず。慈雲法師の「往生正信の法門」あり。」(『教行信証略讃』三九七頁)と述べ、また、慧琳(一七一五~一七八九)は「正信念仏偈ト題スルモノ。慈雲ノ往生正信偈七言六十四句アリ。天竺別集中二十四ニ載ス。山陰慶文法師正信法門行巻所引アリ。吾祖或ハコレラニ類例ヲ取ルカ。言同シテ義大ニ異ナリ。混同スルコト莫レ」(『帯佩』四三六頁、『深励・講義』三七頁)と述べています。
 すなわち、中国の慈雲遵式(九六三~一〇三二)の『依修多羅立往生正信偈』や『弥陀経正信発願偈』に「正信偈」という言葉があり、それが宗暁(一一五一~一二一四)の『楽邦文類』の中に「正信偈」と名づける偈文として引用されており、かつ、親鸞(一一七三~一二六三)は『楽邦文類』を読んでいたから、この遵式の偈文に影響されて「正信偈」という名の偈文を作ったと考えられないかといわれます(信楽峻麿『教行証文類講義第三巻』三二~三三頁)。『楽邦文類』巻五に「修多羅に依って往生を立つる 正信偈」(国訳一切経諸宗部七・二六八頁)とあり、さらに「弥陀経と正信発願偈とを写す」(国訳一切経諸祖部七・二七二頁)とあります(稲城選恵『正信偈講讃』一一~一三頁)。法然の専修念仏の義を、その門弟達が他力の信心と自力の信心を混同した理解をしたので、親鸞が法然の専修念仏の義は正信念仏の意であると明かしたのであるといわれます(『稲城・講讃』三七頁)。
by jigan-ji | 2014-12-29 01:02 | 聖教講読