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浄土真宗本願寺派


住職の池田行信です。
カテゴリ:聖教講読( 229 )    
正信偈講読[230]     2016年 08月 28日
 補遺[182] 「已能破」と「雖破」 ②

 正信偈講読[19](2013年7月15日)、正信偈講読[168](2016年1月7日)を補足します。

 「無明」とは、梵語アヴィディヤー(avidya)の漢訳で愚痴・無知の意です。
 月筌は「『起信』の説に依るに無明に本末の別あり、其根本とは無始の不覚なり、微細一相にして能所分かたず、即ち頼耶位に属して摂す、枝末とは即ち六麤なり」(『勦説』一四頁)と無明に本末を分け、「而るに今謂ふ無明闇とは不了仏智の心にして、是れ則ち疑惑無智なり、無智は謂く、痴即無明の義なり、然るに浄信の者はこの疑痴を除く、名義と相応するが故に」(『勦説』一五頁)と、いわゆる「疑無明」の釈を施しています。
 しかし、西吟においては、「疑無明」の釈は見られないようです。
 西吟は「已能雖破無明闇」の「無明闇」を、次のように釈しています。

 無明闇とは無智不覚にして而して一切善悪の事において分明ならざること、猶、暗夜のごとし。故に無明闇と云ふ。起信の疏に、無明を解するに二つ。一に無体即空の義。謂く、無明の惑、皆、衆生の妄心に依って真如に違して、而して妄境を起こす。元と空、本と有ならずが故に、無体即空の義と云ふ。二には有用成事の義。謂く、無明自体無しと雖も而して能く世間・出世間の一切の事業を成弁す。故に有用成事の義と云ふ。仏説決定義経に依るに云く。一に痴無明とは、謂く、人、愚痴暗鈍にして明了所無く、而して正法において信を生ずること能わす、唯、邪師の教えに遂て妄りに到見を執す、是を痴無明と名く。二に迷無明とは、謂く、人、昏迷不了にして五塵等の境に惑て観察すること能わざれば、其の患へ貪染の心を起こすに及ぶ。是を迷無明と名づく。三に顛無明とは、謂く、人、明了なる所無れば而して正法において邪到の見を起こす。常を無常と計し、樂を非樂と計する等の如き、是を顛無明と名づく。此の三無明を以て、当文の義を釈せば、謂く、仏願力に托して正しく信心を発して、口に唱へ、身に礼して、畢命を期と為して、念念相続する者は仏の心光を離れざるが故に、邪師の為に乱れず、邪到の見を起こさず、是の故に三か中においてはしかも一三とを除く、故に已能破と云ふ。下の句には明無闇と云ふ。然れども機情に第二在て未だ除かず故に雖破と云ふ。(『要解』巻二・四十九丁右~五十丁左)

 「破無明」ということは無明が除かれたということです。無明が除かれたにもかかわらず「常覆真実信心天」では「無明」が除かれたことにならないではないか、つまり無明が「破」せられたことにならないではないかとの問いが起こります。そこで「已能破」と「雖破」の関係が問題になります。
 西吟は「無明闇とは無智不覚にして一切善悪の事において分明ならざること」といいます。そして「起信の疏」によって「無明」には「無体即空の義」と「有用成事の義」の二義があるといい、さらに「仏説決定義経」に依って「無明」の三義を挙げ、念仏者を仏の心光は離れないので「痴無明」と「顛無明」は除かれ「已能破」であるが、「迷無明」は「機情」にあって除かれないので「雖破」であると釈しています。
by jigan-ji | 2016-08-28 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[229]     2016年 08月 27日
 補遺[181] 「已能破」と「雖破」 ①

 正信偈講読[19](2013年7月15日)、正信偈講読[168](2016年1月7日)を補足します。

 「已能雖破無明闇」の「雖」の解釈が問題になりますが、西吟は次のように釈しています。

 已能の下は略して破と未破とを示す。雖の言は意、両向を兼ぬ。謂く、能念仏の者は生仏一体にしてしかも心光を離れざるが故に、惑其の信体を碍へず。是の故に不碍の義有り。故に能破と云ふ。然れども相は是れ凡夫の故に歴縁対境して数く煩悩を起こしてしかも信心を覆ふ。故に雖破と云ふ。次の句には常覆と云ふなり。初学の者の為に重ねて約して之れを言はば、体には是れ破の義有れども、相には是れ未破の義有り。故に雖破と云ふ。体は他力を本として之を言ふ。相は機情に従て之を言ふ。(『要解』巻二・四十九丁右)

 西吟は「雖」の言は破と未破を兼ね、能念仏の者は生仏一体にして心光を離れざるが故に、不碍の義があり能破というが、凡夫は煩悩を起こし信心を覆うから雖破といい未破の義がある。故に体は他力にして能破であるが、相は機情に従って雖破であるといいます。
by jigan-ji | 2016-08-27 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[228]     2016年 08月 21日
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 補遺[180] 「慈雲の往生正信偈或ひは念仏正信の言有れども、今之に依るに非ず。」

 正信偈講読[149](2015年9月19日)を補足します。

 「正信偈」という言葉の由来について、江戸時代の宗学者(慧空『略述』三頁、恵然『句義』二五五頁、隨慧『説約』三二二頁、慧琳『帯佩』四三六頁、仰誓『夏爐』八〇頁、道隠『略讃』三九七頁、道隠『甄解』二八五頁、深励『講義』三七頁)の多くは、中国の慈雲遵式(963~1032)の『依修多羅立往生正信偈』や『弥陀経正信発願偈』に依ると述べています。しかし、西吟(1605~1663、本願寺派初代能化)は、次のように述べています。

 将に此の偈を解するに六有り。一には造偈の意を明かし、二には偈の大旨を明かし、三には偈の所習を明かし、四には題号を明かし、五には撰者の徳を明かし、六には正釈なり。(中略)三には偈の所習を明かすとは(中略)若し単に名(題名・池田注)を以て之を執らば、慈雲の往生正信偈或は念仏正信の言有れども、今之に依るに非ず。学者之れを思へ。(西吟『正信念仏偈要解巻一』〔以下『要解』と略記〕一丁右~二丁左)

 西吟は「若し単に名を以て之を執らば、慈雲の往生正信偈或ひは念仏正信の言有れども、今之に依るに非ず。学者之れを思へ。」と記しています。しかし、その理由は述べていません。
 知空(1634~1718、本願寺派第二代能化)も西吟の釈に注して、「将に此の偈を解するに六あり。(中略)習う所、何れよりす故に第三来る。既に所習を知る。すべからく題目を知るべし。(中略)慈雲 寺を以て人に目く。即ち遵式なり。偈は蓮宗寶鑑第三丁五に出ず」(知空『正信念仏偈要解助講』〔以下『助講』と略記〕十三丁右・左)と注するのみです。
 しかし、龍谷大学図書館所蔵本の「今非依之(今之に依るに非ず)」の右側には、「慈雲は天台宗の故に」との書き込みがあります。推測ですが、当時、「今非依之」の理由として、「慈雲は天台宗の故に」との伝承があったのかも知れません。
 その後、若霖(1675~1753、本願寺派第三代能化)は「題号」(『正信念仏偈開首』真宗叢書第四巻所収)の解釈中で慈雲への言及はありません。しかし、法霖(1693~1741、本願寺派第四能化)は「慈雲の往生正信と言ふは猶自力偏邪に堕す」(『捕影』二頁)と釈しています。
 当時の本願寺派にあっては「今非依之」の理由として、「慈雲は天台宗の故に」「慈雲の往生正信と言ふは猶自力偏邪に堕す」と考えられていたようです。
by jigan-ji | 2016-08-21 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[227]     2016年 08月 20日
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 補遺[179] 信楽教学の私的理解(6)

 信楽峻麿の「めざめ体験」による「人格主体の確立」と戦時教学批判や教団改革運動への取り組みは、近代の宗教学の当然の帰結ともいえます。
 すなわち、近代の宗教学は、それまでの自らの属する宗派とその教義の絶対性のみを説く、「宗門」単位・「宗義」絶対の学問のあり方を批判することからスタートしました。よって、それまで伝統されてきた各宗門の「宗学」とは別に、人間の良心の呵責や自己の無力さなどの個人的心理に主眼を置き、超越者(仏や神)と人間との個人的な交わりを宗教の本質と捉えました。言い換えれば、宗教を日常的な勤行やお寺参りという実践行為よりも、経典や聖教に書かれた教義を中心とした信念体系として把握し、宗教の本質を儀礼や教団組織よりも、個人の宗教意識の深さや、人格の品性、人格の覚醒(めざめ)に認めようとしました。
 こうした近代の宗教学における「宗教」理解は、心理主義と人格主義が一体となった「宗教」理解であり、この心理主義と人格主義が一体となった「宗教」が、本来の「あるべき宗教の姿」とされました。その結果、倫理的な人格者として親鸞や道元や日蓮が顕彰されることはあっても、それは「宗祖」としてではなく、「ひとりの人間」としてでした。そして、心理主義と人格主義が一体となった「あるべき宗教の姿」から見ると、寺院での法事や葬式は儀礼中心の死者供養であり、まさに「葬式仏教」と批判されました。こうして、近代の宗教学は特定宗派の繁盛のためにあるのではなく、個人の精神に仕えるものであるという考えに依拠した「宗教」理解が広まることによって、「人間親鸞や『歎異抄』には興味があるが、宗祖としての親鸞聖人や本山や法要には関心がない」という、愛山護法や宗祖や本山や法要に無関心の「親鸞ファン」を産むことになりました。それは、特定の宗派に属さなくとも、個々の人間の内面に宗教意識が具わっているという近代の宗教学、言い換えれば、宗派単位の学問のあり方を批判した、近代の宗教学の当然の帰結ともいえます。(近代の宗教学における「宗教」理解については、磯前順一『近代日本の宗教言説とその系譜』2003年、大田俊寛『オウム真理教の精神史』2011年、参照。本稿は「つれづれ記」2013年2月20日より)
 信楽の「めざめ体験」による「人格主体の確立」は、まさに心理主義と人格主義が一体となった宗教理解、言い換えれば、近代の宗教学に依拠した真宗信心理解といえます。しかし今日、その近代の宗教学そのものが問い直されています。(了)
by jigan-ji | 2016-08-20 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[226]     2016年 08月 17日
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 補遺[178] 信楽教学の私的理解(5)

 『信楽峻麿著作集』(法蔵館)の第六巻198頁、第八巻297頁には、プロテスタント神学者のパウル・ティリッヒ(1886~1965、ユニオン神学校・ハーヴァード大学教授)の『信仰の本質と動態』(新教新書56、初版1961年。原本のDynamics of Faithは1956年刊)による「象徴」の解説がなされています。
 思うに、信楽教学における「人格主体の確立」には、このティリッヒの『信仰の本質と動態』の影響を受けているように思います。
 ティリッヒは「信仰」とは、「人格の精神的、心理的、身体的なすべての要素を規定し、統一する」「統合力」(『同』132頁)であると語っています。
 ティリッヒは「信仰」を、次のように定義しています。
 
 この神がすべての敬虔なユダヤ人の究極的な関わりであり、したがってその名によって、大いなる誡命が与えられる―「あなたは心をつくし、精神をつくし、力をつくして、あなたの神、主を愛さなければならない」(申命記六・五)、と。これが、究極的な関わり〔究極的関心、無制約的に捕えられている状態]の意味であり、この章句から「究極的な関わり」、「無制約的な関心」という語が由来する。この章句は、真の信仰の本質、すなわち究極的な関わりの対象への全的献身の要求を明瞭に示している。(『信仰の本質と動態』13頁)

 究極的な関わりとしての信仰は、全人格の活動である。それは人格的生活の中心において起こる働きであり、人格のすべての要素を含んでいる。信仰は人間精神の最も内面的な、また最も包括的な活動である。それは、人間存在全体における特定の領域の働き、特定の機能の活動ではない。それらの諸領域や諸機能は、すべて信仰活動において統一されている。といって、信仰は、それらの諸要素や諸機能の総計ではない。信仰は、それらの諸機能のどの一つをも超越し、またそれらの全体を超越していて、しかもそれらのおのおのに決定的な影響を与える。信仰は全体としての人格の活動であるから、人格的生活のすべての動態に関与している。(『同』14~15頁)

 信仰と、人格の統合 上記の叙述は、人間における人格の形成にたいする信仰の意味を明らかにする。信仰は、われわれが究極的に関わるものに捕えられている状態であるから、すべての暫定的予備的な関わりは信仰に従属する。究極的な関わりは、ほかのすべての関わりに深さと方向と統一とを与え、人間を人格として基礎づける。真の人格的生活は、それ自身において全体として統一されており、この人格の全体性を生み出す力が信仰である。(中略)人格の中心は、人格的生活のすべての要素、すなわち身体的、無意識的、意識的、精神的諸要素を統一している。人間の身体のすべての神経、人間の霊魂のすべての性向、人間の精神のすべての機能が、信仰の活動に関与している。しかし身体と霊魂と精神は人間の三つの部分ではない。それは人間存在の三次元であって、たがいに内在し、また共生している。というのは、人間は一つの統一体であって、部分によって組み立てられたものではないからである。だから信仰は精神だけの事柄でもなく、霊魂だけの事柄でもなく、また生命力だけの事柄でもない。それは中心ある人格全体が究極的なものに向けられている状態である。(『同』129~131頁)

 ティリッヒは「信仰」を「究極的な関わり〔究極的関心〕」によって捕らえられている状態であると定義し、その「信仰」は「人格的生活のすべての動態に関与し」、「人間を人格として基礎づけ」、「人格の全体性を生み出す力」、言い換えれば、人間の全人的な変革をもたらす力と述べています。(続)
by jigan-ji | 2016-08-17 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[225]     2016年 08月 14日
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 補遺[177] 信楽教学の私的理解(4)

 信楽峻麿に先んじて杉紫朗が《知情意の統合》に関する問題意識を抱いていたことを窺いました。杉においては《「人格」形成》への言及はありませんでしたが、この《「人格」形成》については、遊亀教授(1908~1997、龍谷大学教授、伝道院長)が「宗教の真実性」の考究において言及しています。
 遊亀は「宗教の真実性」は、「その宗教がどのように人間そのものの生き方を規定するか、という点に求められるべきであろう」と、次のように述べています。

 宗教の真実性が問われるとすれば、その真実性は絶対者の在り方や、その神学の超越的論理に求めるべきではない。むしろその宗教がどのように人間そのものの生き方を規定するか、という点に求めるべきであろう。どんなに救済の論理が整備されても、また絶対者の全智全能が明かにされたとしても、それが人間の現実的な在り方に関係することがなかったならば、それは人間を疎外した超越的世界の論理に終るであろう。宗教は超越的世界の出来事ではなくて、人間の生そのものを根拠ずけるものでなければならぬ。宗教の論理は上からの論理ではなくて、下からのそれでなければならぬ。なによりもまず人間そのものが問われ、人間の現実的な在り方が問われて、そこから絶対者への通路がひらかれるのである。
 いま、親鸞の宗教において、とくにこの点がふかく注意され、反省されなければならぬ。親鸞自身においては、まず自己自身の人間が何よりも出発点であり、また最後の帰着点でもあつた。彼において仏教とは人間がいかに生きるかを解決するものとして受けとられた。自己の人間的現実をひっさげて仏教的法と対決し、そこに自己の生きる道を発見したのである。ところが彼の体験した真実が、やがて教権化されるにしたがって、いつの間にか彼の宗教経験は教義として受容されるようになったのである。これは外部的には浄土真宗という宗派の開祖とみなされる道をたどったのであるが、内面的には彼の宗教体験が神学として組織されるに到つたのである。もちろんこのことは親鸞の場合にかぎったことではない。今日の既成宗教はみな同じような経過をだとって、そこに宗派が形成されたのであるから、いわば歴史的必然とでもいうべきであったかも知れない。ところが、そこに実は一つの盲点がつくられたのである。生々しい宗教経験が色あせた教義となるにつれて、いつの間にか人間そのものが疎外されて、超越者の論理がものものしく表面に出てくるのである。ミネルバの梟が飛びたつときは、いつでも現実には黄昏がせまっている。(遊亀教授『仏教倫理の研究―日本仏教の倫理形成ー 』昭和36年11月20日、399~400頁)

 「宗教の真実性」は、「その宗教がどのように人間そのものの生き方を規定するか、という点に求めるべき」であり、親鸞においては「仏教とは人間がいかに生きるかを解決するものとして受けとられた」といいます。
 そして「人間の自己完成」「人間形成」と「人間愛の限界」「人間的慈悲の限界」について、次のように述べています。

 彼が聖道の慈悲に対して浄土の慈悲を出したことは、二つの慈悲を比較したのではなくて、前にもふれたように、聖道の慈悲という倫理的立場に対して、浄土の慈悲という超越的宗教的立場をしめしたのである。倫理の限界は倫理の立場にたつかぎり分からない。人間の自己完成はつねに無窮の道であって、そこに倫理が永遠の道として人間形成の指標となるのである。ところがその向上の道に限界をみるのは、別の次元にたつときでなくてはならない。人間関係の相対的方向が、仏―人間の超越的絶対的方向に転回されたとき、そこに「この慈悲始終なし」という人間愛の限界が知られるのである。したがってこの慈悲「始終なし」という親鸞の言葉は、聖道の慈悲、つまり人間的慈悲の有限性を、仏の大慈悲から比較していったもので、決して人間的慈悲の価値を貶下した言葉ではない。人間的慈悲は人間関係にたつかぎり、それ自身絶対的価値をもつものであり、またそれゆえにこそ、聖道的立場からは、それが自己超越の根拠とみなされるのである。成仏の根拠は、人間的慈悲の可能とその絶対価値におかれたのである。ところが親鸞が歎異抄において、聖道の慈悲と浄土の慈悲とを、並べもち出したことは、前者を否定して、後者をみとめようとしたのではなく、超越的次元にたって、人間的慈悲の限界をしめそうとしたに外ならない。(『同』413~414頁)

 「人間の自己完成はつねに無窮の道であって、そこに倫理が永遠の道として人間形成の指標となるのである」といいます。ここには「成仏」を到達点とした「人間の自己完成」「人間形成」が、「人間愛の限界」と「仏の大慈悲」との関係で語られています。
 さらに、《知情意の統合》の問題意識に関して、「絶対信」と「知性」、「他力的に生きることと、倫理的に生きること」について、次のように述べています。

 親鸞において真の宗教的世界は、倫理的世界を内に包みながら、なおそれとの超越関係にたつことであった。絶対信は知性の媒介によって把えられるのでもなく、また知性の否定によって把えられるのでもない。知性を内につつむことによって、かえってそれが絶対として知性を生かすことができるのである。絶対的世界は彼においては他力的世界であったが、その他力とは、自力の否定としての、或は自力の対極としての他力ではない。他力とは自力を内につつむものとして、それは絶対であった。それが「他力というは如来の本願力なり」という言葉で明確にしめされたのである。したがって他力的に生きることと、倫理的に生きることとは決して矛盾するものではなくて、他力的に生きることが、かえって倫理的に生きることを支え、それを力ずけることになるのである。それゆえ如来の本願力によって生きる生き方こそ、「大小聖人、重軽の悪人、みな同じく斉しく」(化身土巻)帰入できる普遍の道であり、なんぴともこの本願力を仰信すれば帰入できる「易行道」であったのである。(『同』417~418頁)

 「絶対信は知性の媒介によって把えられるのでもなく、また知性の否定によって把えられるのでもない。知性を内につつむことによって、かえってそれが絶対として知性を生かすことができるのである。」といい、「他力的に生きることと、倫理的に生きることとは決して矛盾するものではなくて、他力的に生きることが、かえって倫理的に生きることを支え、それを力ずけることになるのである。」といいます。
 また、「三願転入」を「めざめ」の体験として、次のように述べています。

 したがってかかる絶対信によって生きる人間こそ、「一乗円満の機」(愚禿鈔)であって、仏願力によって絶対の主体となることができるのである。「一乗の機を按ずるに、金剛信心絶対不二の機なり」(行巻)ともいっているように、自己超越によって絶対を奪取するのではなくて、本願力によって金剛信心の主体、絶対性そのものの主体となることができるのである。親鸞において、かかる世界こそ、自力的なものをつつみながら、それと対決することなしに、超越的に下降するものであって、それこそ横超他力といわれるものであった。
 彼(親鸞・池田注)が人間の倫理的可能をもって宗教的次元をかちとろうとする人間本来の在り方から出発しながら、倫理的なものと宗教的なものとの混同、或は媒介を否定して、ついに宗教的次元を人間存在の根底におき、そこから直ちに倫理的なものが培い育くまれることを見出したのである。かように道徳から宗教への上昇的立場から、逆に宗教から道徳への降下的立場に、宗教本来の在り方をみとめたのであるが、しかしここに到達するためには、人間の自力性に徹し、その自力性のなかから他力的地平がひらかれたのである。これを彼は「久しく万行諸善の仮門を出でて、永く双樹林下の往生を離る、善本徳本の真門に回入して、偏えに難思往生の心を発しき。然るに今、特に方便の真門を出でて、選択の願海に転入す、速やかに難思往生の心を離れて、難思議往生を遂げんと欲す。果遂の誓、良に由ある哉」(化身土巻)といっている。いわゆる三願転入といわれるものであるが、この転入の体験こそ、自力的存在が他力的世界にめざめる宗教的な自覚過程をのべたものである。(『同』418~419頁)

 「絶対信によって生きる人間こそ(中略)仏願力によって絶対の主体となることができる」といい、いわゆる「三願転入」の体験こそ、「自力的存在が他力的世界にめざめる宗教的な自覚過程をのべたものである」といいます。
 以上の遊亀の「宗教の真実性」の考究に、信楽峻麿のいう「めざめ体験」による「人格主体の確立」を読みとることも可能に思います。(続)
by jigan-ji | 2016-08-14 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[224]     2016年 08月 13日
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 補遺[176] 信楽教学の私的理解(3)

 信楽教学は《知情意の統合→「人格」形成》という宗教論に依拠していると申しましたが、信楽峻麿よりも以前に、すでに杉紫朗(1880~1947、龍谷大学教授・勧学)が《知情意の統合》に関して「真宗の真理性」についての考究のなかで、次のように述べています。以下、杉の主張を要約します。

 宗学は信を先に立てて学ぶ、聖教遵奉の学であり、聖教の註釈を出なかった。真宗学は人間の理智をもって窺い得る、真宗の真理性の探究である。真宗を俎上にあげて、それが真理なるか否かを批判する。理性ある現実は、宗教的表現に向かっても分別を下さずしては承知できないのである。
 そもそも宗教の第一義は信仰の樹立にある。それ以外の小智妄分別は無用である。しかし、人間は自己の備えた智情意の性能から窺うとし止まない。小智妄分別は信前においては批判の道具に備え、信後においては讃仰の用に供する。
 信の世界にも学は作用している。且つ人間心理の作用が智情意が分離して居らぬ限り単独には作用せないで、如何なる場合にも智性は動く道理々屈も必ず要求する。その要求がどうにか充たされて信が受取られるのであるまいか。信の受取られる因縁となり、根拠素地となるもの、即ち宿善宿因をなすのではあるまいか。尤もそれは信の場合には、ふり捨てられて頂くものは如来の仏智のみであるが、それまで導く役目をするものといわねばならぬ。この道理から考えて見ると、やはり智性の作用を認むべきであろう。事実や道理がこうであると、人間にこの教法を施すには、こういう方面も必要である。そうなると学によって真理性の探究をするということが必要である。
 如来が凡夫人を済度したまうに必要なものは成就し与えられるであろう。故に学がその為においても許されてあるであろう。そうしてこの学は新しいものを創造するのでなく、成就されたる如来の本願の由来を理論的に理性において領解するのである。如来の本願はこの道理によりて、この構造によりて我等凡夫を救いたまうのである。人類がこの本願に帰せねばならぬいわれ、聖道を捨てて方便を去りて、真実一道に帰せねばならぬ所以、この道理にありて知らしめられるのである。信への作用をなす学とし、学の成立があり、学の効用があって、それは凡夫にも許されてあると考えられよう。それで大に真理性の探究をなしうるといわれようと思う。(『無題録』昭和23年7月10日、58~71頁)

 宗学は信を先に立てた聖教遵奉の学であり、聖教の註釈を出なかった。それに対して、真宗学は人間の理智をもって学ぶ、真宗の真理性の探究であるといいます。故に、信の世界にも知性・理性に依拠した学は作用するといい、それは信の受け取られる因縁や如来の本願を理論的に理性において領解することだといいます。しかし、杉は自らの真宗学を振り返り、「智情意の衆生に与へられた教法は必ず智的展開の可能が許されてあると信じて事に従うたのであつたが、而も専念を欠き放逸に過ぎて今日に至り、かくの如き繰返し談るの愚に止るのみに終つたのである。これを今深く愧ぢ、同志諸兄の努力を切に希ふ。」(『無題録』74頁)と記さねばなりませんでした。
 今日、巷間において〝おおよそ宗教的真理は科学的な法則や真理と異なるものであって、人間の知性で把握できない、「信」以外には方法はない〟と主張されます。その意味からすれば、杉の「真宗の真理性」についての考究において、「信の受取られる因縁」や「如来の本願の由来を理論的に理性において領解」する「信への作用をなす学」として「真宗学」を成立させようとしたことは驚嘆に値します。杉には、《「人格」形成》への言及はありませんが、《知情意の統合》に関する問題意識があったことは明らかです。
 しかし、杉自身、「自己の研学を顧みて」「失敗に終る」(『無題録』6頁)と記しているように、真宗学における《智情意の統合》に関する問題意識は、「同志諸兄の努力を切に希ふ」と後輩に託さねばなりませんでした。(続)
by jigan-ji | 2016-08-13 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[223]     2016年 08月 09日
 補遺[175] 信楽教学の私的理解(2)

 信楽峻麿は、真宗教団とその教学者の戦争責任について、生涯、問い続けました。この問いも、信楽の真宗信心理解、すなわち、《知情意の統合→「人格」形成》という宗教論から必然するものでした。
 信楽は、「戦争中には、阿弥陀仏と天皇は同じだといいつのり、国のために死んだら神となる。神となるなら仏にもなれると主唱した教学者は、その後も自分の過去をすべて棚あげして、いろいろとまことしやかに、親鸞を語っていますが、当人は何らの自己矛盾を自覚しないのか。驚くべき二重人格、三百代言というほかありません。」(『親鸞はどこにいるのか』49頁)と厳しく批判します。
 さらに、「しかしながら、このような戦時教学について問うたものは、東西本願寺教団の中では、私ただ一人だけで、誰も口を閉ざして何ら問うことなく黙過しました。かくて、そのことから、西本願寺教団は、私を異端者として、徹底して弾圧し排除して、いまに至っております。その点、私はただ一人して、いまなお孤塁を守りつづけているところです。やがて私が命終したら、もはや誰一人として、この戦争責任を問うものはいなくなることでしょう。かくしてこのような戦時教学は、なんらの瑕瑾もなく、また変革もなくして、そのままこれからの伝統教学に移行していくのでしょうか。自らの誤ちを何ら問うことなく、その錯誤について、徹底して反省し、精算しないかぎ、再び、同じ轍を踏むであろうことは、過去の歴史が証明するところです。」(『同』48~49頁)と述べています。
 《知情意の統合→「人格」形成》という真宗信心理解からすれば、戦時教学を主唱しておきながら、戦後、何らの自己批判もなく、自分の過去を棚あげしてしまう教学者は、「驚くべき二重人格」ということになります。しかし信楽にとって当然の批判も、宗門人の多くには「伝統の教学を悪く言う」、「思想史教理史的立場ですべてを解釈し、従来の宗学研鑽の迹を看過する」としか映じなかったようです。(続)
by jigan-ji | 2016-08-09 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[222]     2016年 08月 08日
 補遺[174] 信楽教学の私的理解(1)

 信楽峻麿の教学理解の特徴は、二点あるように思います。
 その一つは「信心」とは「めざめ体験」であり、その「めざめ体験」による、「人格主体の確立」という真宗信心理解です。この「人格主体の確立」は、二葉憲香の「普遍主体の確立」に通ずる発想に思います。そして、その二つは「阿弥陀仏は私の心に宿っている」という阿弥陀仏理解です。
 すなわち、「めざめ体験」における「人格主体の確立」という真宗信心理解であり、当然、その阿弥陀仏理解も〈仏と私〉という二元論ではなく、「主客一元論」となります。(信楽峻麿『親鸞はどこにいるのか』2015年参照)
 こうした信楽峻麿の真宗信心・阿弥陀仏理解の特徴は、碧海寿広の指摘を私的に単純化していえば、《知情意の統合→「人格」形成》という宗教論に依拠したものであるといえましょう。
すなわち、碧海は姉崎正治(1873~1949)の宗教論における「人格と宗教」に関する姉崎の『宗教学概論』の一文を引用し、その内容を、「知性と情緒と意志という三つの側面をもち、それぞれがしばしば矛盾をきたす人間の心が、完全に統合された「人格」となり満ち足りている状態が宗教的意識にほかならず、そしてその状態の達成を求めて人が同一化しようとする至高の存在が、すなわち「神」である。宗教における超越性とは、「人格」の統合という心的安定を希求する人間の衝動の向かう先に感得される、「最高無限の理想」なのである。」(碧海寿広『近代仏教のなかの真宗』2014年、126~127頁)と解説しました。同著での碧海の指摘を、私的に単純化して、《知情意の統合→「人格」形成》という宗教論と把握することも可能に思います。
 碧海の指摘によれば、こうした「人格」概念に依拠した《知情意の統合→「人格」形成》という宗教論は、加藤玄智(1873~1965)、姉崎正治(1873~1949)、西田幾多郎(1870~1945)の宗教論にうかがわれるそうです。
 さらに碧海は、この「人格」というキーワードが宗教論から仏教史学に取り入れられて、村上専精(1851~1929)の「大乗非仏説」の主張になると指摘しています。
 すなわち、「釈尊は人間だ。村上はそう断言する。だが普通の人間ではない。彼はその「人格」において凡人をはるかに越えている。」(同133頁)というわけです。
 事実、村上は『仏教統一論 第一編大綱論』(明治34年7月27日)の「余論」「仏身に対する鄙見」にて、「孰れにしても、各仏陀論は理想論の開展にあらざれば、人格論の開展ならん、故に事実の仏陀は釈迦一人にして、其他の諸仏諸菩薩は理想の抽象的形容なるのみ(中略)釈迦を論じて人間なりとし、又仏身を論じて此釈迦以外に具体的なるものあることなし、所謂報身仏なるものは、畢竟理想界の抽象的形容に過ぎざるものと断定せり」(454~456頁)と述べています。そして「凡例―明治34年10月再版の日―」に、「教理眼を離れ、歴史眼を以て見る(中略)余は非仏説と言ふも非仏意と言ふ者にあらず」(4頁)と記しています。
 信楽峻麿の真宗信心理解は《知情意の統合→「人格」形成》という宗教論に依拠するものであり、その阿弥陀仏理解も、いわば曽我量深の「法蔵菩薩阿頼耶識」論に通じる「主客一元論」であるといえましょう。(続)
by jigan-ji | 2016-08-08 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[221]     2016年 08月 03日
 補遺[173] 三家七部

 僧鎔は『正信念仏偈評註』(『評註』一頁)にて、「六要・要解・助講・刊定・勦説・文軌・蹄涔」を「七部」と数えています。
 すなわち「七部」とは、①存覚『六要鈔』、②西吟『正信念仏偈要解』、③知空『正信念仏偈要解助講』、④西吟撰・性海記『正信念仏偈要解刊定記』、⑤月筌『正信念仏偈勦説』、⑥若霖『正信念仏偈文軌』、⑦法霖『文類聚鈔蹄涔記』の七部を指します。
 さらに慧雲は『正信念仏偈呉江録』(『呉江』二六頁)にて、「旧解」に「要・刊・勦の三家」と註しています。
 すなわち①『正信念仏偈要解』の西吟、②『正信念仏偈要解刊定記』の性海、③『正信念仏偈勦説』の月筌の三家を指します。
 また観道は『正信念仏偈慶嘆録』(『慶嘆』三五〇頁)に、「諸家の註疏数十部これあり。されどおほむねうたた祖述せるのみ。ただ要解・刊定・勦説・文軌・蹄涔の五部のみぞ。をのをの文義たくみなりける。」と記しています。
 すなわち「五部」とは、①西吟『要解』、②西吟撰・性海記『刊定』、③月筌『勦説』、④若霖『文軌』、⑤法霖『蹄涔』です。
 以上の三家七部のなか、月筌『勦説』、若霖『文軌』は『真宗叢書』第四巻に所収、法霖『蹄涔』も2015年に翻刻されましたので一般にも読むことは可能ですが、西吟『要解』と知空『助講』、西吟撰・性海記『刊定』は龍谷大学図書館所蔵で禁帯出・貸出不可です。
by jigan-ji | 2016-08-03 01:02 | 聖教講読