浄土真宗本願寺派


住職の池田行信です。
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カテゴリ:聖教講読   
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正信偈講読[91]    2015年 01月 25日

 恵空『正信念仏偈略述』(『真宗全書』第39巻所収)


 義本弘導『いつでも、どこでも、お念仏』(百華苑、平成25年度用)

 補遺㊹ 結果を先取りして言う

 正信偈講読[6]を補足します。
 恵空は「法蔵菩薩因位時」を釈して、「広く仏徳を讃す。先ず因時を明かし、次に果上を嘆ず」と述べ、『大経』の「勝因勝行勝果」の三段では「法蔵比丘」「かの比丘」「比丘」など「法蔵」を「比丘」と呼んでおり、「勝報段の初め」に至って「法蔵」を「法蔵菩薩」(註釈版27頁)と呼んでいる。にもかかわらず『正信念仏偈』では「勝因発願」を挙げる時に「法蔵菩薩因位時」と、「法蔵」を「比丘」と呼ばずに「菩薩」と呼んでいるのは「経の説相に違う」ではないかと問いを出し、二義をもって次のように答えています。

 一に謂う。これ発願時の位、凡識に非ざる故に。比丘と云わざる歟。比丘の名多く凡位下位に在る故に。二に謂う。菩薩は後の時の称なり。この菩薩、前時、比丘の時願を発すなり。後の時の号を呼んで、前の時の願を明かす。弥陀選択の本願と云うが如き云々。又菩薩の称、たとえ時を違うと雖もその人、実の大士なり。何ぞ乖くところ有る乎。(『正信念仏偈略述』7頁、『真宗全書』第39巻所収)

 第一義は「凡識に非ざる故」であるといいます。そして、第二義は「後の時の号を呼んで、前の時の願を明かす」といいます。
 『浄土和讃』「讃阿弥陀仏偈和讃」にも「弥陀成仏のこのかたは いまに十劫をへたまへり」(註釈版557頁)とあります。「成仏」とは仏になる意ですから、本来は「法蔵成仏のこのたかは」とならなければいけないわけですが、「後の時の号を呼んで、前の時の願を明かす」表現になっています。
 私たちの日常生活の中でも、本来は「水を沸かす」のですが「お湯を沸かす」と言ったり、「お米を炊く」のですが「ご飯を炊く」というように、元々のものより、結果のほうが大事だから、結果を先取りして言う言い方があります(義本弘導『いつでも、どこでも、お念仏』3~5頁、平成25年度用)。

by jigan-ji | 2015-01-25 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[90]    2015年 01月 07日

 宮崎哲弥『仏教教理問答』

 補遺㊸ 「請求」と「許諾」(その2)

 正信偈講読[89]の続きです。『仏教教理問答』(株式会社サンガ、2012年2月、第2刷)に収められた宮崎哲弥氏と釈徹宗氏の対論は、直接、「請求」(しょうぐ)と「許諾」(こだく)の問題に言及したやりとりではありませんが、関連していますので紹介します。

宮崎 「本物の念仏」と「偽物の念仏」とを分かつものは何ですか?
釈 念仏が自らの行、自らの功徳だとしている限りは偽物で、自分が称えた南無阿弥陀仏が仏の呼び声になるっていうのが本物、ですね。「南無」は、サンスクリット語のナマス、あるいはパーリ語のナモで・・・・・・。
宮崎 ヒンディー(語)の挨拶、「ナマステー」のナマスですね。
釈 そうです。ナマステの原義もたぶん、「あなたのことを信頼してます」あたりかと思うんですけれど。マナスは帰命って訳されています。平たくいうと「おまかせします」って意味ですよね。「阿弥陀」はアミターバ(限りない光)とアミターユス(限りない生命)から成る言葉です。「南無阿弥陀仏」は「この世界に満ち満ちる限りない光と限りない生命の働きにおまかせしていきます」となる。このように自らの生き方を称えるというスタイルは、おそらくかなり初期から世界各地の仏教で実践されてきたと思われます。しかし、真宗では「おまかせします」じゃなくて、「まかせてくれよ」と仏に呼ばれるという転換がなければ本物じゃないと説きます。
宮崎 主客の転倒があるか否かが要点だと。つまり、どうしようもなく主体でしかない「この私」が、弥陀に呼びかけられることで客体に転じ得るか・・・・・・。
釈 そうです。
宮崎 そこが浄土門の宗教経験の核なのですね。(以下略)(44~45頁)

宮崎 そこがよくわからない点なんですよね。真宗が説く絶対他力往生の思想からすると、例えば称名念仏をしたり、あるいは仏恩報謝の行をなすことに能動性は認められないのでしょうか。また逆に、もしそこに何らかの能動性を認められるとすれば、それは自力の要素が残っているとはいえないのでしょうか。
釈 皆さんに少しご説明を(笑)。もともと「仏を念ずる」という瞑想の修行だった念仏は、称名念仏(仏の名を称える)へと移行します。誰もが実践できる易行への展開です。しかし、真宗では称名念仏における主体の能動性を否定します。つまり、念仏は自分の行ではなく、仏への感謝(仏恩報謝)だとなります。こうして、徹底して他力の立場に立とうとするのは真宗という宗教の特性です。そこを宮崎さんは「何と言おうと念仏は主体的行為じゃないか」と指摘されたわけです。また、信心や念仏が救済の前提だとすれば、それは他力の仏教として不徹底ではないのか、というお話でした。でも、「自分が称えた念仏による功徳で往生する」という立場を自力念仏とするのであって、報謝の念仏は自力じゃないとなります。そして、今、宮崎さんがするどく指摘したのと同じ事態が真宗教団ではしばしば起こります。つまり、ちょっとでも自力っぽい匂いがしたら拒否反応を示す仏教なのです。それでも仏教である限り、仏道を歩むというところがなければ成立しないです。
宮崎 では先ほどの「自他の転換」というのは、あくまでも結果としてあるべき態様であって、やはり最小限の阿弥陀如来に対する働き掛け、発心(気づき)の契機は要るわけですね。
釈 そうですね。働き掛けや発心というより、出会いと言えるでしょうか。だって実際に何の縁もゆかりもないのに、とつぜん真宗の信仰に目覚めるってあえり得ないじゃないですか。何らかの、真宗の教えや阿弥陀仏との出会いがあって、そこで他力の仏教の世界が開けて、「考えてみたえらぜんぶ仏縁だった」と、もう一度読み返す。そしたら自分の力じゃなかったのがわかる。そういう文脈です。(49~51頁)

 他力信心における「自覚」「意識」の問題、さらに、他力信心における「能動性」「主体的行為」と「自力の要素」の問題は、心理的視点からは「非意業」の問題、さらに、論理的視点からは「他作自受」の問題と関連して、なかなか難しいテーマに思います。



by jigan-ji | 2015-01-07 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[89]    2015年 01月 06日

 信楽峻麿『親鸞の真宗か 蓮如の真宗か』

 補遺㊷ 「請求」と「許諾」(その1)

 正信偈講読[4]において、「なお、浄土真宗本願寺派の宗学では、この「帰命=たのむ」の釈は、祈願請求の義ではなく、信順許諾の義で理解されなければならないとされます(稲城選恵『正信偈講讃』二一三・二六九頁、『新編 安心論題綱要』等参照)。」と記しました。しかし、この請求と許諾については、次のような意見もありますので補足しておきます。

  江戸宗学の理解
 ことに西本願寺では、江戸時代の末に三業惑乱という信心をめぐる騒動、事件があり、蓮如の言った「たのむ」ということも自力だと言い、論争したのです。ところが東本願寺は、そういう三業惑乱というのは、まったく経験しておりませんから、「たのむ」というのは「請求」(しょうぐ)だと言う。これは江戸宗学の理解です。
 「たのむ」とは、お願いをするということで、「たすけたまへとたのむ」というのは請求(おねがい)だと、これは仏教の読み方で「しょうぐ」と言いますが、これが東本願寺の蓮如解釈であります。
 ところが西本願寺は、請求というのは自力だというので、西本願寺の伝統教学では、「許諾」(こだく)と言います。許し承諾すると言う。「たのむ」というのは、阿弥陀仏が「たすけてやろう」、どうぞ「たすけさせてくれ」と、阿弥陀仏が私に対してそうおっしるから、それでいいでしょう、どうぞおまかせします、ということだというので、蓮如の「たのむ」とは「許諾」(まかす)だというように解釈します。「たのむ」いったら「たのむ」ということなんでしょうがね。
 それで、西本願寺は「請求」というのを嫌って「許諾」、まかせると解釈する。全部まかせるというのは、相手に責任をなすりつけることで、自分は何も責任をとらない。今日に語られている真宗信心とは、そういう無責任な理解になっている。だから、真宗念仏者における社会的な行動規範は何も語られることがないのです。(信楽峻麿『親鸞の真宗か 蓮如の真宗か』26~27頁、2014年)
by jigan-ji | 2015-01-06 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[88]    2014年 12月 30日

  恵空『正信念仏偈略述』(『真宗全書』第39巻)

 補遺㊶ 「経釈二分之偈」

 正信偈講読[50]を補足します。
 正信偈講読[50・補遺⑤]で、稲葉秀賢師の「正信念仏偈」と「念仏正信偈」の偈題の違いについて紹介しました。
 この偈題の義意について、恵空は次のように述べます。

 問。おおよそ正信偈は、選んで信心得生の文義を挙げる。ゆえに信心偈となす。今何の意あって口称の文を挙げるや。答。この義往々述べおわんぬ。また道綽の偈の下にて弁ずるが如し。況んや今次上に執心浅深を判ず。何ぞ宗義を忘れるとなす。また況んや専修専念の今家、本念仏をこととするをや。(『略述』三七頁)

 つまり源信讃にて「極重悪人唯称仏」と称名念仏を勧めるのは、浄土真宗は「念仏をこととする」からであり、そのことは道綽讃にても弁じたといいます。
 道綽讃にては、次のように述べています。

 問。上来経、および師釈の偈に依って、ただ信心の教義を挙ぐ。これ題(正信念仏偈・池田注)意を会する。今一句、何ぞ称名を勧めるの文(円満徳号勧専称・池田注)を出すや。答。総じてこの一偈、唯信の義を挙ぐといえども、また何ぞ称名大行の義を遮すや。下、源信の偈の中に唯称仏と云ふ。本行巻の偈、しかして信というは本願の名号を信ずるの信なり。信にして称せずば、則ち信の所詮無きものか。また既に本願を信じて称すゆえに、この称名はまた信を摂す。念声是一なり。今、勧めるところ専称は他力念仏、何ぞもってこれを知る。謂く上の句自力に対するゆえに。また下の句三不三信挙ぐゆえに云々。選択の二行章に引く。次に三心章来るが如し。(『略述』二八頁)

 恵空は「唯信の義」であっても「称名大行の義」を遮するものではないといいます。
さらに恵空は問いを設けて、次のように述べています。

 大意は、題下においてすべからく意味を得べし。題に念仏の言ありといえども、宗趣ただ正信を明かすあり。文々句々、しばらく弘願の信楽を顕しもって偈の本意となす。文面顕して念仏を勧めるとは、圓満徳号勧専称、極重悪人唯称仏ならくのみ。有るところの御筆に(○傍色紙文)真実信心偈と題す。六要鈔云ふ。信は疑に対す。今これ行に対す。所行の法について能信の文を挙げる。文 この意は、就行立信なり。則ち今の偈は立信の信なり。信巻の信は信の体相徳用を明かす広釈なり。偈の初め大経による、正しく就行立信なり。次に因、七祖を挙ぐ。これ就人立信の義なり。すなわち斯偈全て皆立信なり。ゆえに正信と題す。題の中の念仏、正しく就行の行なり。この行は仏恩師恩に依ってこれを得る。ゆえに経釈二分の偈来して一部において正信念仏と尽くすなり。(『略述』二~三頁)

 つまり『正信念仏偈』は依経段と依釈段から成っていますが、依経段は『大経』によって就行立信を明かし、依釈段は「七祖」によって就人立信を明かす「経釈二分之偈」であり、「斯偈全皆立信也」というわけで「正信」を題とし、「題中之念仏」は「正就行之行」であるといいます。
 さらに、『正信念仏偈』を信巻でなく行巻の最後においたのはなぜかと問いをたて、次のように述べています。

 専ら信を顕す偈とは、何ぞ信巻に挙げず、却って行巻に置くや。答。爾なり。先ず信、行を離れず。行、信を離れず。これ一往の義なり。しかるに今正信は、所得行を敬信の信なり。六要の釈この意なり。すでに行を信ずるゆえに、この信則ち行に属す。もって行巻に来たるか。また信巻は、正しく信体の相を明かす。広く信の徳用を集む。信巻の中において行の句有るべしといえども、その句還って信に属す。況んや行巻に顕すところの行は、凡夫口意の起行に非ず。この信すなわちこれその行なり。(中略)ゆえに行巻の中に信の偈来る、何の咎ある。かつまたこの例これあり。玄義の偈に「願入弥陀界、帰依合掌礼」と云ふ。また一義。しばらく文類(『浄土文類聚鈔』・池田注)の如し。教行信証を釈しおわる後、正信偈あり。ゆえにこの偈必ずしも行に属せず。総序の文、またこの意なり。ただに行を得た報恩の偈なり。唯正信偈非ず。教行信証。倶に報恩の作なり。この義、序の文に明らか。(『略述』三頁)

 『正信念仏偈』の「正信」は、「所得行を敬信の信」であり、「行を信ずるゆえに、この信則ち行に属す。もって行巻に来たるか。」といいます。また、「信巻は、正しく信体の相を明かす。広く信の徳用を集む。信巻の中において行の句有るべしといえども、その句還って信に属す。況んや行巻に顕すところの行は、凡夫口意の起行に非ず。この信すなわちこれその行なり。」と説明しています。「行巻に顕すところの行」は「行」といっても「凡夫口意の起行に非ず」とは、まさに「非口意業の起行」(「正信偈講読」(82)~(85)「非意業の信心について」参照されたい)ということになりましょう。
by jigan-ji | 2014-12-30 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[87]    2014年 12月 29日

『真宗全書』第39巻

 補遺㊵ 『正信念仏偈』の名称について

 正信偈講読[2]を加筆します。

 三 『正信念仏偈』の名称
 『正信念仏偈』の名称について、存覚(一二九〇~一三七三、本願寺第三代宗主覚如の長子)による『教行信証』の最初の註釈書である『六要鈔』は、『教行信証』の「正信念仏偈」を解説するにあたって「正信偈」の義について問答し、「問。「正信偈」とは何の義か。答。「正」とは傍に対し、邪に対し、雑に対する言葉で、「信」とは疑に対するのであるが、今は行に対していうのである。所行法について、能信の名を挙げる」(和訳六要鈔一二三頁、宗祖部二六六頁)と釈しています。蓮如の『正信偈大意』(註釈版一〇二一頁)も『六要鈔』の意を承けて解説しています。
 江戸時代の宗学者・恵空(一六四四~一七二一)は、「今、斯の偈文、六十行百二十句」を解釈するに、「三に題目とは、つぶさには正信念仏偈、略して正信偈(○傍尊号真像之銘文)なり。信心偈の義、上に已に明かしおわんぬ。此の題を細かに察すれば四点ある。私記(慶秀著・池田注)両点のみ。一に正信の念仏の偈。言者、念仏にも邪見・名聞・利養等。今しからず。正信心(○傍これ依主)念仏なり。二に正信(○傍與相違釈)念仏偈。上に唯信、今信行、牛角なり。この義しからず。三に正信(○傍即持業)念仏偈。これ信心即念仏の義なり。所謂、善本徳本念仏。当流の意。弥陀を頼み念仏習い来るゆえに。実念仏は信心こそと力を入れる。この義不可なり。四には正に念仏を信ずる。信種々。一代経を信ずる等あり。今正に念仏を信ずる。行巻にただ念仏を讃嘆、称美する信なり。これ六要鈔には、正は傍に対し、邪に対し、雑に対す文この意なり。私に云く。たとえただ念仏を信ずといえども、その心自力は正信と名づくべからず。定散心雑するがゆえに。ただ文中に偈げるところは他力の信、独り正の名を得るなり。文類聚鈔の偈は念仏正信と題す。これ念仏の中の他力の信を顕すものか。」(『正信念仏偈略述』真宗全書第三十九巻四〇~四一頁)と述べています。
 江戸時代の宗学者の多くは『正信念仏偈』の名称を解釈するにあたって、悉曇(しつたん)学の六合釈(りくがつしゃく)を使った「正信念仏」の解釈をほどこしています。すなわち、①念仏即正信(持業釈)、②念仏を信ずる正信(依主釈)、③念仏を具する正信(有財釈)、④念仏と正信(相違釈)の四義の解釈です(月筌『正信念仏偈勦説』一頁、慧琳『正信念仏偈駕説帯佩記』四三五頁、深励『正信偈講義』三五頁、隈部慈明『浄土文類聚講義』三九六~三九九頁)。
 先学は六合釈による諸師の「正信念仏」解釈を示すとともに、その問題点を示し、「正信念仏偈」は「念仏を正信する〔人をたたえる〕偈」(有財釈)と読むべきであると述べています(『早島鏡正著作集7 正信偈の世界』七七~七八頁・一八三~一八八頁)。
 さらに恵空は「正信偈」という言葉の由来について、「題の例、慈雲の別集中巻に往生正信偈三十二行六十四句あり。また弥陀経正信偈(四十七句有)あり。(中略)偈は私記に慈恩伝に云ふ。旧に偈いう、梵文は略す。今正音よりよろしく伽陀と云ふべし。」(『正信念仏偈略述』真宗全書第三十九巻四一頁)と述べています。
 また道隠(一七四一~一八一三)は、「浄土の経の中に未だ正信の語あるを見ず。慈雲法師の「往生正信の法門」あり。」(『教行信証略讃』三九七頁)と述べ、また、慧琳(一七一五~一七八九)は「正信念仏偈ト題スルモノ。慈雲ノ往生正信偈七言六十四句アリ。天竺別集中二十四ニ載ス。山陰慶文法師正信法門行巻所引アリ。吾祖或ハコレラニ類例ヲ取ルカ。言同シテ義大ニ異ナリ。混同スルコト莫レ」(『帯佩』四三六頁、『深励・講義』三七頁)と述べています。
 すなわち、中国の慈雲遵式(九六三~一〇三二)の『依修多羅立往生正信偈』や『弥陀経正信発願偈』に「正信偈」という言葉があり、それが宗暁(一一五一~一二一四)の『楽邦文類』の中に「正信偈」と名づける偈文として引用されており、かつ、親鸞(一一七三~一二六三)は『楽邦文類』を読んでいたから、この遵式の偈文に影響されて「正信偈」という名の偈文を作ったと考えられないかといわれます(信楽峻麿『教行証文類講義第三巻』三二~三三頁)。『楽邦文類』巻五に「修多羅に依って往生を立つる 正信偈」(国訳一切経諸宗部七・二六八頁)とあり、さらに「弥陀経と正信発願偈とを写す」(国訳一切経諸祖部七・二七二頁)とあります(稲城選恵『正信偈講讃』一一~一三頁)。法然の専修念仏の義を、その門弟達が他力の信心と自力の信心を混同した理解をしたので、親鸞が法然の専修念仏の義は正信念仏の意であると明かしたのであるといわれます(『稲城・講讃』三七頁)。
by jigan-ji | 2014-12-29 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[86]    2014年 12月 24日


 補遺㊴ 「親鸞」の名乗り

 正信偈講読[31]を補足します。
 古田武彦氏はその著『親 鸞 ―人と思想8―』(昭和45年4月15日、清水書院)にて、次のように述べています。

 親鸞という名まえの意味 このような親鸞の生涯の志は、かれの名まえの中に刻みこまれている。かれが「愚禿親鸞」という名まえを名乗りはじめたのは、流罪中のことだ。これは弟子の唯円の書いた、『歎異抄』の終わりの流罪の記録や、中心の弟子性信の編纂した『親鸞聖人血脈文集』の中に、しるされている。「禿」の字については先に述べた。「破戒僧」のことであり、それが末法の当然の姿である。したがって、支配者がこれを処罰するのは、たいへんな悪逆の行為だ。そういう主張をふくんでいるのだから、このことばは、単なるけんそんでは、けっしてないのである。「親鸞」の場合も同じだ。「天親」(天親はインド・池田注)と「曇鸞」という中国で念仏をすすめた人々の名まえからとったのである。その曇鸞について、親鸞はつぎのように書いている。「中国の、梁の国の天子だった蕭王は、いつでも、北の方、曇鸞のいる方に向かって、〝鸞菩薩〟といって、礼拝した。」親鸞は、晩年に和讃にも同じことを書き、書物(『浄土論註』)を写したあとの奥書や小冊子にも、同じ文を書いた。かれにとって、「曇鸞」の名は、このイメージと、離ちがたく結合していたのである。ところが、日本の天子はどうか。中国での曇鸞の仕事を日本で行った人、「専修念仏」として、これをさらに深めた人、その法然に対して何をしたか。ほしいままに法に背き、正義に反して、流刑・死刑の悪逆を行ったのである。流罪のまっただなかの親鸞が、その「曇鸞」の名まえをもって、自分の名まえを構成したとき、かれの心をみたしていたものは何か。日本の天子たちの非道への怒りと、抗議にほかならなかったのである。かれが流罪赦免後、九十歳の死にいたるまで、「親鸞」という名まえを変えなかった、その心は何か。それは『教行信証』の「後序」の先頭に「承元の奏状」を突き出させ、これを終生変えなかった心である。わたしは、「親鸞」という名を見るたびに、この名に刻みこまれた、「生涯の志」を思わないわけには、いかないのである。(p125~p126)

 古田氏の「親鸞」という名前に対する読み込み、言い換えれば、「『教行信証』を、何よりも「生きている住連・安楽の書」と見る視点を、『教行信証』理解の根本にすえねばならぬ。」(p125)という主張に対しては、賛否両論ありましょう。しかし、少なくとも、親鸞において生涯にわたって譲れなかった一線が、後序の内容であったことは事実です。


by jigan-ji | 2014-12-24 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[85]    2014年 11月 25日

 『親鸞の価値哲学』

 補遺㊳ 「非意業の信心」について〈4〉

 この「他力信心非意業の説」に対して、山崎教正師は『親鸞の価値哲学』(2003年6月)にて、次のように述べています。

人が起すところの信心は勿論のこと、仏より与えられる他力の信であれ、それらは広い意味での心経験-意識作用であるのに違いはないのであるから、それを非意業と断定し一切の意業を拒否する教学は真に十全なものと言えるであろうか。果たして、宗学者の中からも「在来の会通と異なれる解明がなされて然るべきではないであろうか。一箇の研究課題として学者の再検討を期待したい」(大原性実『真宗異義異安心の研究』381頁・池田注)という発言もなされているのである。(4~5頁)

真宗で説く信心は既に述べたように、名号の謂われ(本願の勅命)を無疑・無慮に聞-信して仏願に信順・全托する、いわゆる他力の信心であって、そこには自己の意識を働かせる(意業)ことがあってはならない非意業の信心であるというのが宗学の定説であるからである。従って、自己の意識を働かせた信心というのは自心建立・自力運想の自力の信心であるとして排斥せられることになる。しかし、この自己の思慮分別によって形成される自力の信心ということから、広くあらゆる意識作用をも排斥せねばならぬということは、信心という明白な意識作用そのものを否定してしまうという矛盾を露呈するものではないかという疑問も当然起りうるのである。ここは、論理的視点と心理的視点に分けて更に考察を進めるべきであろうと考える。(117頁)

 さらに、山崎師は「宗学では信心を心理学的に研究するということ、仏教学の範囲内では唯識学を用いることをも避けてきた。」(21頁)と述べています。
 「如来回向の他力の大信心」を「衆生の思量分別」や「凡夫の意業分別」「自己の思慮分別」と同列に論じることは〝勿体ない〟〝おそれ多い〟という意味で、「自己の意識を働かせた信心」=「自力の信心」や「他力の大信心」=「非意業の信心」というのであれば、その「自力」や「非意業」と表現した思いは充分理解できましょう。
 しかし、「禅の脳科学的研究」や精神医療と宗教の垣根を越えた連携を目指す学会が創立され、医療と宗教の協力が求められている今日、「非意業」の名の下に、「他力の大信心」は「広い意味での心経験-意識作用」や「広くあらゆる意識作用」を「排斥」「拒否」「否定」しなければならないとしたら、現代の科学的知見との対話は困難となりましょう。
 「非意業の信心」、言い換えれば、「一切の意業を拒否する教学」に対する、大原師の「一箇の研究課題として学者の再検討を期待したい」や、山崎師の「論理的視点と心理的視点に分けて更に考察を進めるべきであろう」との指摘は、一考に値すると思います。
by jigan-ji | 2014-11-25 09:07 | 聖教講読
正信偈講読[84]    2014年 11月 24日

 『真宗大辞典』巻三

  補遺㊲ 「非意業の信心」について〈3〉

 『真宗大辞典』の解説から三業惑乱以降、「信心」は「非意業」と理解されてきたことが知られます。
 さらに『真宗大辞典』は「非意業」とする理由を、次のように解説しています。

 然らば他力の信心は意業に非ずとする理由如何と云ふに、この問題について諸学匠は種々の意見を発表せられた。大瀛の金剛錍巻上(二七丁)の説明に拠るに、三業はみな行に属するものにして皆造作の相なり、他力の信心は機の運想造作を離れたるものなるが故に、意業に非ずとする意見の如くである。又道隠の簡濫五條(前に引抄したる文意)に拠れば、他力の信心は仏智なり仏心なるが故に、衆生の意業の思量にわたるものに非ずとする如くである。又曇龍は他力の信心は仏の勅命のままを領受して深く信じたる心であつて、衆生の思量分別を容れざる心なるが故に意業に属すべきに非ずとせられたと云ふ(曇龍の孫弟たる赤松連城より聞く所に拠る)又利井鮮妙の意業非意業之論に拠るに師は非意業なる所以を説くに三の理由を以てして、一に極促の一念なるが故に、謂く信の一念は唯仏與仏の知見なる至極短かき時間なるが故に、凡夫の意業分別を容るる暇がない、二に意業は麁分別の故に、謂く信の一念は凡夫の覚知し難き程の極促幽微の一念なれば、麁き意業分別なきは当然である、三に意業なるものは浮沈存亡がある、浮沈存亡ある意業を以て信体となさば心不断とは云はれぬ、故に信一念は存没増微なき非意業なるべきであるとしてゐる。又足利義山の真宗百題啓蒙の一念両釈の題下には信一念は意業に非ざることを述て『意の字、倶舎には思量の義とし、俗典には心の所発とす、業とは造作の義なれば何れも無疑無慮無作の他力回向に適せざれば意業の名を用ゆべからず』と云て、信の一念は衆生の思量分別を離れて、ただ仏の願力を聞信するのみなれば、意業とすべきではないとしてある。石川舜台の真宗安心之根本義、宗学院論輯第九輯に出づ。(第3巻1813頁)

 以上から、「他力信心非意業の説」を要約すれば、「起行は身口意に亙る行業なれども、安心は身口意三業の外に立つもの」であり、「無疑無慮無作の他力回向」は「衆生の思量分別を離れ」ており、「意業とすべきではない」となりましょう。(次回に続く)
by jigan-ji | 2014-11-24 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[83]    2014年 11月 23日

 『真宗大辞典』

 補遺㊱ 「非意業の信心」について〈2〉

 他力の「信心」と凡夫の「自覚」「意識」の問題を考えるとき留意しておきたいのは、「他力の信心は三業中の意業に非ず」という「他力信心非意業の説」です。
 『真宗大辞典』(昭和47年11月改訂再刊)は、次のように解説しています。

 非意業の信心  他力の信心は三業中の意業に非ずとするを云ふ。顧るにこの非意業説は寛政年中已後、真宗学界に於て創唱せられたものである。蓋し寛政年中に至つて本派の学林に於る謂ゆる三業帰命の安心が盛んに唱へられ、吾人の意業に於て後生たすけ給へと願ふを安心なりとしたるを以て之に反抗したる一派は正統の安心を闡明せんが為に、他力の信心は意業に非ずと主張するに至つたのである。故にそれ已前に於ては信心は意業なりや非意業なりやの議論はなかつたようである。大瀛の十六問尋通釈之弁には『たのむといふは意業にもあらず三業にもあらざること見るべし』(真宗全書七二の九九頁)とある。又同師の子三月書上安心書細説には『安心起行作業と申事、安心は次の文に顯はされ候通、信心歓喜乃至一念にて御座候。起行と申は行者身口意のはたらきにかけて修行するを申候。作業は其上の行作を申事に御座候。然れば起行作業に対して唯心に信ずる歓喜の一念を安心と名けられ候。安心と申す事は曾て三業の勤にわたり申さざる旨、此文明白に御座候』(真宗全書七一の二九六頁)と云ひて、起行は身口意に亙る行業なれども、安心は身口意三業の外に立つものとしてゐた。同師の横超直道金剛錍巻中及び宗極論にも同様の意味を記載してある。又大瀛と同時の学匠たりし道隠は三業安心と正統安心との相濫ずる点五箇條を列挙して、其の差別を鮮明せられたる簡濫五條には信と意業と相濫ずる事の一條を設け、信心は意業に非ざることを説明して『凡そ性相の定むる處は、意は業には非れども意は身口の業を発するが故に意思業と名けて、三業は一具にして作業にわたること倶舎唯識等に明すが如し。又独意業と云ふことあれどもこれは律家の所談なり。然れば意業と云ふは三業一具の発業にあり、信心とは信の心所と談じて意思業と信の心所と差別すること性相の通判すらかくの如し。況んや如来回向の他力の大信心豈凡夫の意思業に同じからんや。今家相承するところ三業は仏恩報謝の行門に在て之を談じ、信一念は行者の意業をしも論ぜんや、三業にかかはるべきに非ず(中略)明に知ぬ信楽開発の一念帰命は意業に非ず、仏智の名号のいはれを信念執持するのみ。然ればその信心とはすなはち仏智なり、仏心なり、行者三業相応の意業にあらざる事知るべし』とある。されば他力信心非意業の説は大瀛道隠の始て明かに唱へしものであると云ふべし。(第3巻1812頁) (次回に続く)

by jigan-ji | 2014-11-23 01:02 | 聖教講読
正信偈講読[82]    2014年 11月 19日


 『曽我量深選集』第5巻

 補遺㉟ 「非意業の信心」について〈1〉

 かつて金子大栄師、曽我量深師は異安心と批判されました。
 金子師は、その問題とされた『浄土の観念』(大正14年2月刊行)にて「夫で之からの話の順序は、大体今申した事を言葉をまとめて申しますれば、浄土といふものは我々個人の自覚にとってどういう意味を持って居るかといふ方面を先づ第一に簡単にお話しようと思ひます。」(4頁)と述べています。
 また、曽我師は問題とされた「如来表現の範疇としての三心観」(昭和2年5月刊行、『曽我量深選集』第5巻所収)にて「それでお話する標準といふものはどこに置くのか、詰まり自分に置くのであります。(中略)詰まり愚な自分が首肯くまで自分に話して聞かせて、そうして愚な自分が成る程と受け取って呉れる迄話をしたいと思ふのであります。」(155頁)と言い、「私は『唯識』の阿頼耶識といふのは、即ち『大無量寿経』に説いてある所の弥陀の因位としての法蔵菩薩であると思ふ。」(157頁)、「自分は愚直であるものだからして、其の法蔵菩薩といふものゝ正態を、どうしても自分の意識に求めて行かないといふと満足出来ない。」(158頁)と述べています。
 金子、曽我両師は、因位としての法蔵と、果位としての浄土を、「個人の自覚」(金子)、「自分の意識」(曽我)の上に確認しようとして、異安心との批判を受けたのでした。
 では他力の「信心」と凡夫の「自覚」「意識」の関係は、どのように考えたらよいのでしょうか。 (次回に続く)

by jigan-ji | 2014-11-19 01:02 | 聖教講読