浄土真宗本願寺派


住職の池田行信です。
入澤 崇著『ジャータカ物語』発行     2019年 01月 16日
本願寺出阪社からのご案内です。
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# by jigan-ji | 2019-01-16 01:02 | つれづれ記
真宗余聞 (39) 「報恩行」の一考察(その5)     2019年 01月 15日

 桐溪は〈信後の世俗への必然的なたちかえり〉の問題を、「還相の活動」「還相廻向」で解釈するとともに、さらに次のように述べています。

  浄土真宗の信仰生活に関する議論は、古来、助正論といわれ、行信論とともに複雑であり、論議の多い問題であります。行信論はどうして往生するかの問題であり、助正論は信後の生活の根底は何かの問題でありますから、信仰者としては、もっとも大切な問題であるから十分注意し、論議されたのであります。(中略)この問題の中心は、信後の報恩生活は、人間の理性が中心になって行われるのか、如来廻向の名号によって行われるのかという問題にしぼって考えることができるようであり、報恩生活も、人間の理性が中心になり、如来廻向の名号は、その理性を動かすにすぎないものだと考えるか、報恩生活は、ことごとく如来廻向の名号の活動であると、考えるかの問題におさまるもののようであります。(二六〇頁)


 桐渓は「信後の報恩生活」には、「人間の理性が中心になり、如来廻向の名号は、その理性を動かすにすぎない」という考えと、「ことごとく如来廻向の名号の活動である」と考える、二つの立場があるといいます。
 この「報恩行」の立場を、「報恩行」①=「如来回向の名号は、その理性を動かすにすぎない」と考える立場と、「報恩行」②=「ことごとく如来回向の名号の活動」と考える立場、との指摘は極めて重要に思います。
 極めて重要という理由には、三つの意味があります。一つには、平和問題や改憲問題の「自他の是非を定む」ためには、〈自他関係〉における「正義」や「公正」という価値判断が要請されます。しかし、この「正義」や「公正」といった価値判断は、〈生仏関係〉における「名号の活動」から演繹することは困難っであるということです。
 二つには、「報恩行」②の立場は、自内証的世界をそのまま歴史的社会状態と等置した、論理の飛躍と概念の乱用(孝橋正一『社会科学と現代仏教―仏教の社会化をめざして―』二八〇頁)に陥り易いということです。
 そして三つには、「名号の活動」が「人間の理性」をコントロール出来るか、という問題があります。
 第一の「正義」や「公正」といった価値判断は、〈生仏関係〉における「名号の活動」から演繹することは困難っであるという点について、次のような指摘があります。


  教義から演繹的に行動原理を導き出す、浄土真宗の場合、阿弥陀さまのご本願から、論理を積み重ねて具体的な私たちの行動にまで一直線の筋を通した理屈を導くというのはかなり無理があるのではないか。(中略)この世の中には深刻な課題が数限りなくあります。それをどうしようかという時に、見て見ぬふりをするか、あるいは身近なところで何とかしてみようとするか。それらは教義から命令されてすることではなくて、自分にふさわしいやり方でやっていく。そうしたことから念仏者の生き方というものが自分自身でも深められていき、また、それが他の人々への何らかの刺激にもなるのでないか。(中略)ちょっと言葉を出し忘れましたが、「悪しき二元論」ということですが、この世のこと、日常生活と往生成仏のことを全く切り離してしまって、この世は儒教倫理に従う、あるいは教育勅語に従うというようなものを「悪しき二元論」と表現しました。反対に「危ない一元論」というのは、根本真理から私たちの日常の一挙手一投足までを決めてしまうことで、これもまた危ない論理であると思います。このどちらでもないところを探し出していくのが、私たちの課題ではないかというようなことを思いました。(「宗教と現代社会との関わりについて・前門様ご提言」『宗報』二〇一八年七月号、二八頁)


 この、「悪しき二元論」でもない、「危ない一元論」でもない、「このどちらでもないところを探し出していくのが、私たちの課題」との指摘は重要です。
 第二の「報恩行」②の自内証的世界をそのまま歴史的社会状態と等置した、論理の飛躍と概念の乱用に陥り易いについては、次のような指摘があります。


  称名報恩というのは、信心が正因であるのに対して、称名は正因ではなくて報謝行であるということをあらわします。(中略)称名は報謝行の本になりますが、報謝行は称名だけではありません。「自信教人信」も報謝行であり、信をいただいた上からは、同類の助業、すなわち阿弥陀仏の法を説く経典(浄土三部経)を読誦すること、阿弥陀仏の徳を心に思うこと、阿弥陀仏を礼拝すること、阿弥陀仏を讃嘆供養することも報謝行であります。更には異類の助業、すなわちひろくよい行いをさせていただき、わるい行いをつつしむことも、すべて報謝行となります。そのように報謝行をさせていただくことも信心の得益とされるところに他力真宗の特色があります。現生十益の中に「知恩報徳の益」(真聖全二-七二)があげられているのは、その意味であります。(灘本愛慈『やさしい安心論題の話』二四〇~二四九頁)


 「同類の助業」のみならず「異類の助業」も「信心の得益」としての「報謝行」であるといわれます。その意味から、灘本のいう「報謝行」は「報恩行」②の立場といえましょう。しかし、今、問われているのは、「報謝行」の前提として、〝なにが「よい行い」か、何が「わるい行い」か〟の判断です。
 「報恩行」②の立場は、「煩悩具足の凡夫」は「如来の御こころ」をしりとおすことは出来ないので「善悪のふたつ、総じてもつて存知せざるなり」(『歎異抄』後序・註釈版八五三頁)と〈生仏関係〉の論議に止まって、〈自他関係〉については、「真宗の正しい信仰があれば、その時代時代で、どうすることが真実の生き方であるかを、判断する智慧の眼が開かれるはずである」(神子上恵龍『真宗教学の研究』八七頁)との〈期待〉や〈願望〉に止まり、「念仏の教が、全世界に広がったとき、真の平和な世界が、実現する」(神子上恵龍『同』八一頁)と、自内証的世界をそのまま歴史的社会状態と等置した、論理の飛躍と概念の乱用に陥り易いように思います。


# by jigan-ji | 2019-01-15 01:02 | つれづれ記
真宗余聞 (38) 「報恩行」の一考察(その4)     2019年 01月 14日

 信楽峻麿は「親鸞の信心における社会的実践」とは、〈信後の世俗への必然的なたちかえり〉の問題ではなく、「自己成仏、他者作仏の自利利他の志願」の問題であると主張しました。
 それに対して、〈信後の世俗への必然的なたちかえり〉の問題として、「親鸞の信心における社会的実践」を考えるのが、宗学における「報恩行」の立場です。
 「報恩行」における〈信後の世俗への必然的なたちかえり〉については、種々の意見がありますが、桐渓順忍の教学理解にうかがってみたいと思います。
 桐渓は、その著『親鸞はなにを説いたか』にて、〈信後の世俗への必然的なたちかえり〉の問題に関して、次のように言及しています。

  隣の人、私以外の人と私との関係について二つの見方があるようであります。一つは私と同じ立場に立つ人間で、私と同類のものであり、私たちの「たち」のなかにおさまる隣人観がありましょう。これが普通の隣人の見方だといっていいでしょう。ところが、親鸞聖人の隣人観にはもうひとつの見方があるのであります。それは私一人を救うために、浄土からあらわれてくださった還相の人とみるものであります。「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとへに親鸞一人がためなりけり」といわれるものはそれであります。自分が還相の人だと、憍慢になることはつつしむべきことでありますが、隣人を還相の人とあおいで見ることは、むしろ宗教的には深いものが感じさせられるのであります。隣人を諸仏の化身とみる場合には、隣人の口からでる称名は諸仏の称名といってよいのではないでしょうか。(二〇五~二〇六頁)


  親鸞聖人は、一面では称名念仏の往生といいながらも、一面では称名報恩を説かれたのであります。(中略)報恩の第一は如来の意志にしたがい、かなうことであり、如来のお喜びになるようにすることが、もっとも報恩の義にかなっているのではないでしょうか。(二一〇~二一一頁)


  三仏三随順というのは、釈尊の仏教に随順し、諸仏の証成の仏意に随順し、阿弥陀如来の仏願に随順するから、釈迦、諸仏、弥陀の三仏の仏教、仏意、仏願に三随順するから三仏三随順といい、このひとを真仏弟子というのであります。信心の行者は、弥陀の本願を信じているから、釈尊の教えにしたがい、諸仏の証成(まちがいないと証明する)の意志にもしたがうものであるから、真の仏弟子であるといわれたのであります。(二四九頁)


  凡夫が衆生を救う活動(利他行)を還相廻向ということには、注意しなければならないものがあります。それは他の人のうえに還相の活動をみとめ、隣の人が衆生救済の活動をしているのを還相の活動とし、還相廻向だというには、問題もあるが、それは許されてよいでしょう。しかし、自分のうえに、還相廻向の活動をみとめることは、許されないことでありましょう。(中略)如来の活動が私を通じて動いてくださるという思想であれば許されるかも知れぬが、私の活動が還相廻向だとは考えられないのであります。他の人のうえの問題は、のちにふれるところがありますが、私のものとしてはいってはならないものであります。(二五七頁)


 桐渓は「隣人を還相の人」「諸仏の化身」とみる見方があるといい、また、「如来の意志にしたがい、かなう」こと、それが「報恩の義」にかなっているといいます。さらに、「信心の行者は、弥陀の本願を信じているから、釈尊の教えにしたがい、諸仏の証成(まちがいないと証明する)の意志にもしたがうものであるから、真の仏弟子である」ともいいます。そして、「隣の人が衆生救済の活動をしているのを還相の活動とし、還相廻向だというには、問題もあるが、それは許されてよいでしょう。」と述べています。
 桐渓の「隣人を還相の人」「諸仏の化身」との見方は、親鸞の師法然に対する尊崇の念をイメージして語られているものと思います。この「隣の人が衆生救済の活動をしているのを還相の活動とし、還相廻向だというには、問題もあるが、それは許されてよいでしょう。」との意見は、「問題もあるが」との条件付きとはいえ、〈真宗者のボランティア活動〉の意義付けという視点から留意すべきに思います。


# by jigan-ji | 2019-01-14 01:02 | つれづれ記
お坊さんと考えよう~お坊さんと一緒に〝愛〟について考える~     2019年 01月 13日
東京教区仏教青年連盟からのご案内です。
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# by jigan-ji | 2019-01-13 01:02 | つれづれ記
真宗余聞 (37) 「報恩行」の一考察(その3)     2019年 01月 12日

 さらに信楽は「親鸞における信心の社会思想史的意義」とは、「支配者に対峙するところの底辺下層の民衆を自己の立場とする」ものであると、次のように述べています。


  親鸞における信心とは、屠沽の下類、悪人と賤称されるものとして、そしてまた、石、瓦、礫の如き無名の人間として、支配者に対峙するところの底辺下層の民衆を自己の立場とするものであり、しかもまた、そのようなわれらでありながら、本願を信知するところに、たとえ非人と蔑視され、賤称されるものであろうとも、まことの是人、よき人となりうるのであって、信心なきものは、如何に高貴の地位にあろうとも非人でしかないとして、世俗的価値体系、支配体制秩序を逆転せしめ、それを克服して生きる道を示したのである。すなわち、信心による世俗価値支配の超克として、新たなる信心主体の確立を語り、その信心による自立的世界を開示したのである。(『親鸞大系 第十二巻』一八七頁)


 そして「親鸞における社会的実践の方向性」について、次のように述べています。


  かくして親鸞における社会的実践とは、基本的には、その信心における世俗の体制規範、価値体系に対するきびしい拒否、ないしはそれへの批判の姿勢において、しかもまた、その故にこそ、上に見た如く、被支配者としての社会の底辺下層の民衆を、自己の立脚点とする姿勢において生まれてくるものであったわけである。そしてまたそのことは、その信心が度衆生心であり、それがひとえに衆生済度を目標とする浄土を願求して生きるということにおいて、その衆生利益、念仏勧化の行為の現実的拡がりとしての、「世の中安穏なれ仏法ひろまれ」という「世のいのり」に根ざしつつ、自らを取りまく現実の歴史的社会的諸情況のただ中で、自らの信心主体をかけて意志的に選びとってゆく行為、その実践を意味するものであったのである。すなわち、それは自己がひたすらに浄土を願求して生きてゆくということの中で、ことには度衆生心、「よろずの衆生を仏になさんと思ふ心」の現実的拡がりとして、「世の中安穏なれ、仏法ひろまれ」という「世のいのり」に支えられ、その歴史的社会的な諸情況のただ中で、それとの切りむすびにもとづいて、決断し、選択し、行為してゆくところの実践をいうわけである。(『親鸞大系 第十二巻』一九五頁)

 以上、信楽の加藤、久松に対する反論を通して、信楽の「親鸞における信と社会的実践」の理解をうかがいました。
 従来の浄土真宗の社会的実践論は、阿弥陀仏という「絶対者に帰依した宗教感情を基盤として、社会生活を為す」(神子上恵龍『真宗教学の研究』九〇頁)テーマとして理解されてきました。そして、この「宗教感情」と「社会生活」の橋渡しが、「流出説」や「薫発説」という「信後の必然的なたちかえり」で語られました。しかし、「たちかえり」後の「新しい倫理的価値」「現世における当人の行為はどうあるべきか」(加藤周一『親鸞体系 第十二巻一七七頁)の具体的内容については、何も語られませんでした。
 それに対して信楽は、「信心の社会思想史的意義」「社会的実践の方向性」を問題とし、「自己成仏、他者作仏の自利利他の志願、一切の衆生とともに仏にならんという志願」に生きる「自己の立場」「自己の立脚点」は、「支配者に対峙するところの底辺下層の民衆を自己の立場とする」、「被支配者としての社会の底辺下層の民衆を、自己の立脚点とする」ものであり、その立場に立脚した「信心」「浄土往生」理解からは、「世俗の体制規範、価値体系に対するきびしい拒否、ないしはそれへの批判の姿勢」に帰結すると、真宗者における社会的実践のシナリオを提示しました。まさに、この「世をいとふ」立場とは、「世俗の体制規範、価値体系」に対する「拒否」「批判」を真宗者の生きる姿勢とする立場といえましょう。
 しかし、「支配者」と「被支配者」(「底辺下層の民衆」)との間に線引きをし、後者のために尽力するという「左派やリベラルの正義」と「社会の正義」とが、今日ズレはじめ、こうした線引きや批判軸が機能しなくなりつつあります(井出英策『幸福の増税論―財政はだれのために』六〇、七四頁)。
 また、この「世をいとふ」立場は、真宗者が個人としての自己責任を前提とした選択肢としては可能ですが、宗派の維持・存続と運営のために、「定足数」や「議決数」が定められている宗会をはじめ、「合議制」で運営されている勧学寮のような護教団的な宗門組織においては、「合意形成」や「意思決定」の面からも、 この「世をいとふ」立場に依拠しにくいことは明らかです。従って、護教団的な選択肢として、「信後の必然的なたちかえり」としての「報恩行」「報謝行」が採用されてきたと思考されます。



# by jigan-ji | 2019-01-12 01:02 | つれづれ記