補遺(229) 「僧宝」としての「正信念仏」の僧伽のイメージ
了祥は「一偈のあらましを科文を知りて心得べきなり」といい、『正信念仏偈』の科文を「佛法僧の三宝に分けてみる見方」を取り上げ、次のように評しています。
この偈を佛法僧の三宝に分けてみる見方がある。その見方は初めから一切群生蒙光照までが佛宝なり。本願名号以下難中至難無過斯までが法宝なり。印度西天以下が僧宝なり。吾祖佛法僧の三宝と挙げてそれに御帰依なされる偈文であるとみる見解は智空の説(『正信念仏偈要解助講』・濱田耕生補註より。『助講』二〇丁左~二一丁右・池田注)、そのもとは善導大師の道俗時衆等の帰三宝偈のこころから思いついたもの。これはとんだこじつけで、『正信念仏偈』と念仏を信ずるが当たり前の偈を三宝に帰敬なされるとみては御製作の御意がとんだことになる。(『聞①』三二~三三頁)
了祥は知空の『正信念仏偈要解助講』の「佛法僧の三宝に分けてみる見方」は「これはとんだこじつけ」と手厳しく評しますが、宗信もまた「三宝」に分けて、次のように釈しています。
偈の中に分かつて三帰と為す。初め帰命(帰命無量寿如来・池田注)より成就(必至滅度願成就・池田注)至つては正信仏寶。次に如来所(如来所為興出世・池田注)より無過斯(難中之難無過斯・池田注)に至るは正信法寶。三に印度(印度西天之論家・池田注)より僧説(唯可信斯高僧説・池田注)に至るは正信僧寶なり。三分と為する所以は、即ち大聖の真言に帰し(法寶)、大祖の解釈を閲し(僧寶)、仏恩の深遠なるを信知して(仏寶)、正信念仏の偈を作るの語にもとづく。亦、大経の恭敬三寶、小本の念仏念法念僧、涅槃の信仏不思議、信法不思議、信奉清浄僧、起信の四信等に根すものなり。(化身土の末に法界次第を引きて曰く。一つには仏に帰依す。経にのたまはく。仏に帰依せんもの、つひにまたその余のもろもろの外天神に帰依せざれと。またのたまはく、仏に帰依せんもの、つひに悪趣に堕ちずといへり。二つには法に帰依す。いはく、大聖の所説、もしは教もしは理、帰依し修習せよとあり。三つには僧に帰依す。いはく、心、家を出でたる三乗正行の伴に帰するがゆゑにと。経にのたまはく、永くまた更つて、その余のもろもろの外道に帰依せざるなりと)已上」(『皆摂』巻一・三丁左~四丁右)
知空と宗信の科文には若干の相違がありますが、宗信にとっての「僧寶」とは単に「大祖の解釈」や「三国七高僧」を指すだけでなく、『法界次第』の引文の内容からも、具体的な僧伽をイメージしていたように思われます。
宗信は、次のように述べています。
次に印度(印度西天之論家・池田注)より僧説(唯可信斯高僧説・池田注)に至つては正信念仏修行の人なり。しかれば則ち中間に一字として正信念仏と名づくべきこと無し。しかるにかくのごとしと雖も、若し人この偈の一句を聞きて一念帰命の心を発せば、正信念仏厳然として顕る。顕現の功は信に在る。此の偈撰述の微妙なり。蓮宗寶鑑にいはく。一念興つて万霊知る。信心生じて諸仏現ずと。誠なる哉。」(『皆摂』巻一・一二丁左~一三丁右)
いわゆる依釈段には「正信念仏」の語はありません。しかし、宗信は「若し人この偈の一句を聞きて一念帰命の心を発せば、正信念仏厳然として顕る」といい、廬山慧遠の念仏宗の復興と称する白蓮宗の宗典『蓮宗寶鑑』を引用して、「一念興つて万霊知る。信心生じて諸仏現ずと」述べています。
宗信は「僧宝」としての「正信念仏」の僧伽を、歴史上の「白蓮社」をもってイメージしていたのではないでしょうか。