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「近日紛紜の論駁を生ずる所以」 福沢諭吉の『学問のすゝめ』中の六編(「国法の貴きを論ず」明治7年2月)、七編(「国民の職分を論ず」明治7年3月)」に対して、当時の言論界から、楠木正成(楠公)の討死が無益な死と論じたものと解釈され、激しい攻撃を浴びせられました。批判に対して福沢は、変名で『朝野新聞』に投書して反論しました(岩波文庫『学問のすゝめ』238頁)。 その反論の中で、「近日紛紜の論駁を生ずる所以」について、次のように述べています。 仮に今日、魯英の軍艦をして兵庫の港に侵入することあらしめなば、楠公は必ず湊川の一死をもって自ら快とする者に非ず。その処置は余輩の敢えて測るべきに非ざれども、別に変通(その場の状況に応じて、柔軟に対応する意・池田注)の策あること断じて知るべし。結局死は肉体の働きなり、匹夫も溝瀆(つまらない死に方の意・池田注)に経(くび)るることあり。変通は智慧の働きなり、時勢の沿革、事物の軽重を視るの力なり。楠公決して匹夫に非ず。今日に在らば、必ず事の前後に注意し、元弘正平の事に倣わずして別に挙動もあり別に死所もあるべし。概して言えば、元弘正平の事は内なり明治の事は外なり、古の事は小なり今の事は大なり。これ即ち公の働きの元弘と明治とにおいて異なるべき所以なり。故に楠公の人物を慕う者は、仮にこれを今の世に模写し出し、この英雄が明治年間に在って当になすべき働きを想像して、その働きに則らんことを勤むべし。かくの如くして始めて公の心事を知る者と言うべし。元弘正平の楠公を見て、公は数百年の後今日に至ってもなお同様の働きをなすべき者と思うは、未だ公の人物を尽さずして却ってこれを蔑視する者と言うべし。公の為に謀りて遺憾なきを得ず。結局公の誠意は千万年も同一なりと雖も、その働きは必ず同一なるべからず。楠公の楠公たる所以は、ただこの一事に在るのみ。 変通と言わば、血気の少年輩は遽(にわか)にこれを誤り認めて鄙(卑)怯なる遁辞などと思う者もあらんが、よく心を平にして考えざるべからず。弘安年中に北条時宗が元使を斬ったるは、これを義挙と言って妨げなからん。されどもこの義挙は、弘安に在って義挙なり。もし時宗をして明治年間に在らしめ、魯英の使節を斬るか、または明治の人が時宗の義挙を慕うてその義に倣うことあらば如何ん。これを狂挙と言わざるを得ず。均しく外国の使節を斬ることなるに、古はこれをもって義となし、今はこれをもって狂となすは何ぞや。時勢の沿革なり、文明の前後なり。すべて時代と場所とを考えの外に舎(お)くときは、何事にても便ならざるはなし、何物にても不便利ならざるはなし。変通の道とは正にこの辺にある者なり。 福沢氏が立論の趣意は右の如し。これに由ってこれを観れば、氏は楠公を知らざる者に非ず、これを知ること或は世の識者よりも詳らかならん。然り而して近日紛紜の論駁を生ずる所以は、未だ互いにその両端を尽さずして、論の極度をもって相接すればなり。蓋し世の新聞投書家の如きは、愛国の義気固より盛んなる者とは雖ども、その外国交際の難きを視ることが氏が如く詳らかならず、事物の軽重を謀ること氏が如く深からず、時勢の沿革を察すること氏が如く詳らかならず、事物の軽重を量ること氏が如く明らかならずして、遂に枝末近浅の争論に陥りたるものなり。思うに福沢氏は世論の喧しきを恐れずして、却って我日本国内の議論未だ高尚の域に進まずして、その近浅なること、この度の論駁の如きものあるを憂うることならん。(岩波文庫『学問のすゝめ』197~199頁) #
by jigan-ji
| 2026-01-05 00:02
| つれづれ記
慈願寺の元旦会(2026年) Oさんより、慈願寺の元旦会(午前6時より)の写真をメールで送っていただきました。ありがとうございます。 慈願寺には、除夜会・元旦会・正月の年賀挨拶者の名簿があります。2010(平成22)年1月までの元旦会には毎年二十数名の参拝者、2011(平成23)年1月から2024(令和6)年1月までは毎年十数名の参拝者、昨年(2025・令和7年)1月から一桁の参拝者数になりました。 名簿に記載された名前を見ると、両親が亡くなって、後継者が都会で居を構えておられるという、典型的な過疎の影響を受けていることがわかります。 #
by jigan-ji
| 2026-01-02 00:02
| 行事報告
謹賀新年 ―2026(令和8)年 慈願寺行事予定― 開けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申しあげます。 本年は午(うま)年。写真は小砂焼・藤田製陶所作製の干支(丙午・ひのえうま)の置物です。 1月 1日 午前6時より 元旦会 1月18日 午後1時半より 御正忌法座 2月 1日 午後1時半より 常例法座 2月11~12日 栃木北組合同研修会 2月21日 午後6時より 慈願寺仏壮総会 3月 8日 午前8時より 仏壮清掃奉仕 3月20日 午後1時半より 彼岸会法要 4月 5日 午前10時より 仏壮・仏婦お花見会 5月 3日 午後1時半より 常例法座 5月30日 栃木北組公開講座 6月22~24日 栃木北組念仏奉仕団 7月 5日 午後1時半より 常例法座 8月 2日 御前7時、午後1時 仏壮清掃、おみがき奉仕 8月16日 午後1時半より お盆会法要 9月23日 午後1時半より 彼岸会法要 10月 4日 午後1時半より 開基会 10月 8日 栃木北組「円融会」ゴルフ大会 11月 1日 午後1時半 常例法座 11月29日 午後1時半より 仏壮清掃・おみがき奉仕 12月7~8日 報恩講準備(7日・餅つき、8日・お華束つくり) 12月9~10日 慈願寺報恩講法要 12月31日 午後5時より 除夜会 ※以上は1月1日現在の予定です。行事が急遽「中止」「変更」になる場合があります。各団体よりのご連絡にご注意下さい。 #
by jigan-ji
| 2026-01-01 00:02
| 行事予定
「閉じた社会の思考様式」 嘉永6(1853)年5月、ペリー提督が軍艦4隻をひきいて浦賀に入港した時、老中阿部正弘が先例を破って京都に伺いを立て、同時に諸大名に対策を諮問し、さらに広く旗本以下庶民にも意見の具申を求めました。 丸山真男氏は、これにたいする多くの答申や建白は「井蛙管見」を露呈したものであり、ほとんどが「本能的な嫌悪と警戒、虚勢と恐怖のコンプレックス」であり、それは、およそ「閉じられた社会」が全く異質的なものに接触した際に示す反応のモデルケースといっても過言ではない、と述べています。(『忠誠と反逆』ちくま学芸文庫、205頁以下) さらに丸山氏は「閉じた社会の思考様式」について、「梁川星厳もいう、『今日外釁を除く能わず、征夷の二字これ虚称』。征夷大将軍という称号から攘夷の措置が必然的に流出するはずである! 名を実の『道具』とせずに逆に名称に本質を内在させる、閉じた社会の思考様式がここにもみごとに露呈している。」(同上213頁)と述べています。 宗門の運営は「御法義を要として、御懇念で支えられるべき」でありますが、「御法義」を「御懇念」の道具・手段とする議論に陥ったならば、「開かれた宗門」ならぬ、「閉ざされた安泰」(教書)に留まり、「閉じた社会の思考様式」に陥ってしまうでしょう。 かつて上田哲氏はいいました。「『社会党は不思議な党だ。五万人の党員で一千万の票を稼ぐのだから』。じつは、そうではなかった。永くあるべき社会党の姿を求め続けていた人々が一千万人も先にいて、それとは別に五万人の党員がいたというほうが正しい。今もまだ、五万人どころか十三万人もの党員がいるというけれど、もう、一千万人のほうが社会党に投票しなくなってしまった。」(上田哲編著『社会党への涙』1994年、8頁)。 また、『東京新聞』は書いています。「自民党との『五五年体制』の一翼を担い、首相まで世に出した老舗政党は、なぜここまで没落したのか。」、「社会党がたどった浮沈は、政党に限らず企業や組合などあらゆる組織が教訓とすべきではないか」(『東京新聞』2020年11月18日)と。 浄土真宗本願寺派は3万を越える僧侶、1万の寺院、1千万門信徒といわれます。しかし、かりに3万の僧侶が10万に増えても、宗門組織の自己変革と門信徒をはじめ不特定多数の人たちに伝わる教えを説くことを怠ったならば、宗門に対する僧侶や門信徒の支持、さらには不特定多数の人たちの支持を得ることが出来ず、人口減少社会にあって、早晩、社会党や社民党と同じ轍を踏むことになりましょう。 #
by jigan-ji
| 2025-12-30 00:02
| つれづれ記
「遠吼えの会」編集・発行『遠吼え』(vol,3)が発行されました。ご紹介します。 僧侶偏重・在家信者無視の失 公文名真 【特別寄稿】未来志向で進もう ―「新しい領解文」を取り巻いた騒動の後― ケネス田中 解放の宗教へ(3) ―ハビトゥスとしての宗学― 小川尊恵 #
by jigan-ji
| 2025-12-28 00:02
| つれづれ記
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